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マーダーミステリーは、体験する物語である。

フィネガンズ ウェイク

マーダーミステリーというゲームでは、物語の登場人物になって、他の登場人物と話すことが求められる。その行為はシナリオから想像する「セリフ」を生きたものにし、人生がもとより「演じる」ものであること、そして誰もが「主役」であることを思い出せてくれる。

小説や脚本を書くとき、作家はそれぞれの人物になりきって、どんな気持ちになるのかを「想像」することが求められるが、このゲームでは、プレイヤーがその状況の気持ちを「体験」し、どんな行動をするのかを「実際に決め」ていく。葛藤も笑いや涙も、そしてそれらの意味も、もれなくプレイヤーによって「体験」される。
文字通り、すべてが「あなたの物語」なのだ。
そしてマーダーミステリーは、一度体験すると、二度とプレイできない。楽しかった、面白かった、悲しかった、すごかった何かは、永久に過ぎ去っていく。

脚本術の金字塔「ストーリー」を書いたロバート・マッキーによれば、われわれの経験は生々しすぎるので、それが意味をもつのは振り返ったときだが、芸術は経験したその瞬間に意味をもつという。

そういうわけで、マーダーミステリーは芸術でもある。

いまのところ、マーダーミステリーは「殺人」ありの「ミステリー」という枠組みに収まっているが、この体験は人間にとって根源的なので、ポテンシャルはこんなものでは全くない。だから予言めいたことを言っておく。

マーダーミステリー、流行ります。笑

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