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ある映画スター2人の自伝『脱獄』発売の頃

 何本かは本当に価値のある復刻ができたと思っている作品があり、その一つがダルトン・トランボが脚本を書き、カーク・ダグラスが制作、主演した『脱獄』です。これは『ローマの休日』『黒い牡牛』『ジョニーは戦場へ行った』と並んでトランボの傑作だと思います。

 権利元はユニバーサルでしたが、どうしてこの傑作を今の今まで発売しなかったんだろうと思います。
 では、いつものようにわたしがジャケット用に書いた『脱獄』のあらすじをご紹介します。

 現代に生きるカウボーイ、ジャック・バーンズ(カーク・ダグラス)は、自由奔放に生きる男で束縛されることが何よりも嫌いだった。彼は愛馬のウイスキーに跨りニューメキシコの町にやってきた。目的は親友のポール(マイク・ケイン)を助けるためだった。ポールは持ち前の義侠心から不法移民を匿って助けてやったかどで刑務所に入れられていた。バーンズはポールの妻ジェリー(ジーナ・ローランズ)のもとを訪れた。そして刑務所からポールを脱獄させる計画を打ち明けるが・・・。
 ダルトン・トランボがエドワード・アビーの原作「勇敢なカウボーイ」を脚色、カーク・ダグラスが誇り高きカウボーイを演じた現代版西部劇の傑作。ニューメキシコ州のアルバカーキに近いサンディア山脈にロケした迫力満点の映像に加え、トランボによる考え抜かれた台詞と人物描写が見事。アメリカン・ニューシネマのような趣を持った珠玉の作品である。

 ブルーレイ版にはわたしが書いたライナーノーツを封入特典にしました。いつかまた有料版で公開したいです。執筆にあたり、改めてカーク・ダグラスの自伝「くず屋の息子」上下巻を買い込み読みふけりました。この本がすこぶる面白い!50年代から70年代頃までのハリウッド映画がお好きな方には絶対にお薦めしたい。どのエピソードも面白く、「よくまあ、これだけあからさまに書くなあ」というくらい、赤裸々に映画人生を語っています。

 残念なことにかなり高値のつくプレミア本になってしまって、この値段ではちょっと手が出ないですね。早川書房が文庫本を復刻してくれたらいいのに。

 この著書の中で、デビューから80年代の出演作に至るまでの作品の制作秘話を語りながら、映画作りにかける情熱や、数々の女優との情事、息子マイケルのこと(もうマイケルもおじいちゃんになってしまった!)などを書いています。特にゲーリー・クーパーと当時不倫関係にあって心を痛めていたパトリシア・ニールとの関係に触れた章は、ダグラスの複雑な心情や、パトリシアに対する優しさがよくわかりました。ちょっとだけその部分を引用してみましょう。(以下「くず屋の息子」上巻8章「スター」より引用)

 パトリシア・ニールとはわずかのあいだデートした。エレガントで知性があり、美貌だった。私の方は大好きだった。彼女も好意をもってくれた。ただし、向こうはゲーリー・クーパーに首ったけだった。ふたりは『摩天楼』('49)で共演したばかりで、熱烈なロマンスを繰り広げていた。クーパーは妻と別れる一歩手前までいった。パット(パトリシアの愛称)が私に近づいたのは、クーパーへの想いを断ち切ろうとしてのことだったのではないだろうか。しかしこれは断ち切れなかった。私といて、ときたまお互いの気持ちが高まってくると、彼女は泣き出した。クーパーを裏切るように感じたのだ。哀れな気がした。『摩天楼』のプレミアには私が同伴した。かわいそうなパトリシア。ゲーリーと一緒に行くこともできずに。

『摩天楼』のクーパーとパトリシア


 パトリシア・ニールはワーナー・アーカイブの『群衆の中の一つの顔』を復刻したので知っていました。この作品が一時期引退同然だったパトリシアが映画界に復帰した作品でした。もう売ってませんが・・・。

 当時パトリシアはダグラスとクーパーのことをどう思っていたのかもっと知りたいと思い、今度はパトリシアの自伝「真実」を購入して読んでみました。

 「真実」でもちゃんとダグラスとのデートについては書かれていました。ただカークについて書かれているのは半ページほどもなく、章の大半はクーパーへの思いについて「熱烈に」書き綴られていました。パトリシアは当時のことをこう書いています。ダグラスの自伝から引用した部分に重なるところをご紹介しましょう。(以下、「真実」第二部「誇りを捨て、しかし、後悔もせず」より引用)

 そのころ、若くてハンサムなカーク・ダグラスにデートに誘われるようになった。カークは『チャンピオン』で大成功を収めたばかりで、『摩天楼』のプレミア・ショーでわたしをエスコートしてくれた。(中略)
 カークとの付き合いはつづいた。彼はゲーリーのことをなにも知らずにわたしを追い回した。ときには一緒にアパートに帰ってきて、お酒を飲むこともあったが、彼との間にはさよならのキス以外には何もなかった。ところがある夜のことだった。わたしはひどく落ち込んでいた。お酒も少し入っていた。そして、たしかに、カークはとても魅力的だった。気づいてみるとわたしは彼の上手なキスに応えていた。しかし、そこまでだった。それ以上に進めなかった。彼が帰って行ったら、玄関のベルが鳴った。入口に立っているのはゲーリー・クーパーだった。表情に見慣れない翳りがあった「さっき窓から覗いたんだ、パット。中が丸見えだった」ほんとうは何も起きはしなかったのだ。ゲーリーらしくもない嫉妬ぶりに胸を打たれた。思わずにっこりしてしまった。
 突然、ゲーリーはわたしに平手打ちを食わせた。刺すような痛みが鼻を突き抜けた。あまりの痛さに、手で顔を覆った。掌が血だらけだった。ゲーリーの驚いた眼を覗きこんだ。不意に、彼が憎らしくなった。「なんてひどいことを」「すまない、悪かった。忘れよう」ゲーリーの声は穏やかだった。わたしたちの間の邪悪な空気が吹き払われた。そして彼は忘れてくれた。奇妙に思われるかもしれないが、この出来事についてはふたりとも二度と口にしなかった。彼が幕を下ろしたかのようだった。彼は二度と殴らなかった。


「チャンピオン」の頃のカーク・ダグラス 今でいうトム・クルーズのポジション

  どうです、3人が過ごした、ある一夜の出来事は、まさに映画を地で行くようなドラマティックなエピソードですよね!

 発売当時に読んだ2人のスターの伝記本のことを紹介しただけで『脱獄』のことについてあらすじ以外ご紹介できませんでしたが、映画ファンなら観て絶対に損はない、反骨精神にあふれた傑作です。自信を持ってお薦めします。

 以下、無用のことながら。

 『脱獄』は「時代に取り残されたカウボーイ」カーク・ダグラスが素晴らしいのですが、わたしはこの作品で若いころのジーナ・ローランズの美しさにまいってしまいました。

「脱獄」のジーナ・ローランズ、当時32歳

 わたしは『グロリア』がオールタイムベストに入るくらい好きで、ジョン・カサヴェテスとジーナ夫婦はハリウッドで最も好きなカップルです。もうこの頃から演技力は抜群で、芯の強い女性をやらせたらピカいちなのが分かります。50年代や60年代の作品を復刻していると、90年代にはもう母親役や老婆役を演じていた女優の若き日に出会えることがあります。わたしはその発見が大のお気に入りでした。

 例えば『賄賂』の頃のエヴァ・ガードナー。

「賄賂」のロバート・テイラーと ガードナーは当時27歳

 この『賄賂』はロバート・テイラーが容疑者の妻のエヴァ・ガードナーを愛してしまう刑事を演じた犯罪ドラマで、チャールズ・ロートン、ヴンセント・プライスらの悪党側のメンバーが素晴らしく、クライマックスの花火のシーンは必見のフィルムノワールです。何よりエヴァ・ガードナーってこんなに美しかったんだ、そりゃ人妻でもロバート・テイラーはいれこんじゃうよナアと思いながら字幕チェックしたのを憶えています。
 もう一人、『蜘蛛の巣』のローレン・バコール。

これは「燃えつきた欲望」の頃のバコール 一番好き どんだけ美しくかっこいいんだ


「蜘蛛の巣」の頃のバコール 31歳 やっぱりかっこいい

 残念ながら『蜘蛛の巣』は売り切れてしまったんですね・・・。この作品は精神病患者を収容し、社会復帰に向けた作業を通じて治療する施設が舞台で、リチャード・ウィドマーク、シャルル・ボワイエ、リリアン・ギッシュと共演しました。リリアン・ギッシュが珍しく嫌われ役をやっています。ウィリアム・ギブソンの原作をヴィンセント・ミネリが映画化しているのですが、人間関係が複雑でかつ重厚な、まさに「蜘蛛の巣」のような人間関係のもつれがもたらす悲劇を描いています。
 この作品のバコールはかっこいいし、それでいて善意の塊のような人物を演じていて、観ていて「この人は誰もが好きになるだろうな」と感じたものでした。ボギーとの共演もいいけれど、他のバコールも素敵。

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