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傑作音楽映画『情欲の悪魔』

本作でのドリス・デイに対するジェームズ・キャグニーのことを指しているんでしょうけれど「情欲」の「悪魔」というのはいかにも煽情的で、この作品の邦題としてはいかがなものかと思いますが。原題はジャズのスタンダードにもなっている「ラブ・ミー・オア・リーヴ・ミー」です。直訳すると「愛してくれないならほっといて」といったところですかね。美空ひばりが「愛さないなら棄てて」の曲名で歌っています。わたしが一番好きなのはニーナ・シモンのバージョンです。

それはさておき、『情欲の悪魔』ですが、わたしは音楽映画として素晴らしい構成で、ドリス・デイ主演映画としては『知りすぎていた男』と並ぶ傑作だと思います。


あれほど日本でも愛されたのにドリス・デイの映画はほとんどDVD化されてないですね。復刻シネマライブラリーでも、発売できたのは『ミンクの手ざわり』だけでした。先にこちらの話をすると、ドリス・デイの勤めている会社の社員食堂のシーンがケッサクで、もちろんケーリー・グラントとの絡みも大変楽しいのですが、この時代のオフィスを垣間見ることができて、とってもお気に入りの1本です。

『情欲の悪魔』はミュージカルではありません。しかしドリス・デイはしっかりと歌ってくれます。ドラマが主体で、ギャングのボスのキャグニーがドリスの才能に惚れこみ、彼女をハリウッドに売り出そうとします。ついでに自分の女にしたいのですが、なかなかドリスはそう簡単にはいかず、この時代に自分の生き方・目指す道をしっかりと持った自立した女性として描かれています。ただのメロドラマならギャングの情婦になりつつ、歌手を続けて・・・みたいなところ、キャグニーとドリスの間には常に一種の緊張感があり、ドラマとして大変見ごたえのある恋愛映画になっています。そのうえでドリス・デイの歌が途切れることなく1曲1曲しっかりと聴けるのですから、さすが御大チャールズ・ヴィダー監督、わかっているじゃないと嬉しくなる1本です。
例によってわたしの作ったジャケット用のあらすじでご紹介します。
1920年代シカゴ。客相手の踊り子ルース・エッティング(D・デイ)は、客の一人に無礼をしたかどで解雇された。その様子を見ていたマーティン・スナイダー(J・キャグニー)は彼女に援助を申し出た。表向きはナイトクラブ向けのリネン業を営んでいるが、スナイダーはシカゴ一帯を縄張りに持つ顔役だった。ルースは歌手として舞台に立つことを望んでいた。それを知ってスナイダーはピアノ弾きのジョニー(C・ミッチェル)を雇い、ルースにレッスンを受けさせ、少しずつ舞台に立たせた。やがてルースはスナイダーの強力な後押しで、ショウビジネス界の中心になっていく。恵まれた才能とスナイダーの援助で高名を得たルースだったが、スナイダーの度を超えた支配欲と恩義との板挟みの中で苦悩しはじめる。
音楽パートのうち作曲をパーシー・フェイスが担当しているんですね。それもさておき、この映画をわたしが「ミュージカルではない」と考えているのは、ドリス・デイが歌う場面はすべてドラマの中で、「上演中」「レッスン中」など、必然的に歌う場面においてのみ歌っているからです。その上、1曲ちゃんと聴かせてくれます。例えば、ジャケットのキーアートになっている青いドレスでドリスが踊りながら歌う「Shaking the Blues Away」の場面は舞台で観客に披露する形で歌われます。

この曲もそう、ステージ上で歌われる「Ten Cents a Dance」

この曲「I'll Never Stop Loving You」もピアノ弾きジョニーとのレッスンの形で歌われます。

まあ、なんて洒落ていて、ミュージカル特有の「いきなり歌いだす」とか「セリフが歌」という演出がない、観る者を選ばないスタイルなんでしょう。そして、これはちょっとネタバレになってしまいますが、タイトルの「Love Me Or Leave Me」を歌う名場面があります。この場面は本当に何回観ても痺れます。もちろんドリスの歌は最高ですよ。その上で、チャールズ・ヴィダー監督はドリスを映さないんです。キャグニーを映すんです。

バーカウンターでキャグニーの横にいる渋い男がロバート・キース。大好きです。後にドン・シーゲル監督の『殺人捜査線』(未公開)にも出ていますが、この二人、並ぶと本当にかっこいい。

それはさておき。この名シーンでのキャグニーの演技がもう本当に素晴らしいです。惚れた女がどうしても思い通りにならない、こんなに近くにいて、こんなに深い関係なのに、この女は俺の手の中に存在しない。いいですねえ、このキャグニー。もっとキャグニー作品を復刻したかった。

以下、無用のことながら。

以前書きましたようにわたしは、今ではミュージカルや音楽映画が大好きになって、子どもの頃に聴いただけの映画音楽や主題歌が聴ける作品を復刻しようと調査や検討を繰り返していました。そのほとんどが結局復刻できなかったのですが・・・。ダイアナ・ロスが主演した『ビリー・ホリデイ物語』と『マホガニー物語』。「マホガニーのテーマ」はポール・モーリアが吹き込んでいて、これで育ちました。

本作ではダイアナ・ロスは歌っていないらしいのですが、主題歌はかかるはずだと思って探していました。が、ワーナーアーカイヴは日本の権利なし。『ビリー・ホリデイ物語』も同様。それからシャルル・アズナブールが歌った「愛のために死す」、この曲がわたしの好きなアニー・ジラルド主演の同名映画の主題歌とばかり思っていたのですが、実は映画に感動したアズナブールが、公開後にオマージュで歌った作品だったそうで、本編では流れないということを、権利元から取り寄せたサンプルを観て知りました。フランスでは国民的映画のようですが、日本では全然話題にもなっていません。わたしはレイモン・ルフェーブルの演奏が大好きで、これが主題歌だったらなあ・・・。これも断念しました。

一番復刻したかったのは『ベニスの愛』。これはもうステルヴィオ・チプリアーニの主題曲が素晴らしく、わたし自身はポール・モーリア盤で知ったのですが、これほど旅情を掻き立てられる名曲はそんな多くはないです。この曲が流れる『ベニスの愛』は、音楽映画と言ってよさそうなドラマで、観たいなあとずっと思っていました。

で、この曲には映画ファンに有名なエピソードがあって、この作品の後に『ある愛の詩』が公開されるのですが、フランシス・レイが作曲したこちらの曲とチプリアーニの『ベニスの愛』が似ているというので、チプリアーニが委託しているイタリアのレコード会社の大手CAMの弁護士が、チプリアーニに対してフランシス・レイを盗作で訴えることを提案します。で、チプリアーニは弁護士と一緒にレイのフランスにあるオフィスに会いに行くのですが・・・。
わたしは「チプリアーニが盗作で訴え、それをフランシス・レイが認めた」という風に覚えていましたが、実際には会って二人は意気投合。二人とも出身はイタリアで、同郷の者同士、それも同業者が争うのは良くないということで、レイは慰謝料代わりに『栗色のマッドレー』の著作権を放棄し、チプリアーニに権利を移譲したのでした。つまり二人は全く争っていないし、訴訟にもなってなかったのです。後にチプリアーニは『ベニスの愛』はホ長調、『ある愛の詩』はト長調という違いがあり、その上イタリアの著作権法上4小節までは盗作と認められないと語っています。それを言うならなんで弁護士と会いに行ったのか謎が残りますが、いやな話にならずに済んでよかったです。
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