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素晴らしき60年代映画音楽『いそしぎ』と字幕

わたしのような60年代生まれは、親が映画好きであればたいてい映画音楽をよく聴いて育ったはずです。60年代の映画音楽は実に素晴らしく、50年代のクラシカルな濃厚さを受け継ぎながら、ポピュラー音楽としての側面を持ち始めましたね。同時にレコード界ではフランスの天才ポール・モーリアや、レイモン・ルフェーブルが映画音楽を演奏するようになり、アメリカではヘンリー・マンシーニ、ラロ・シフリンといった人がラテンやジャズのフィーリングを、バート・バカラックがポップスの親しみやすさを映画音楽に持ち込みました。わたしは今も彼らの音楽が大好きでしょっちゅう聴いています。「よく飽きないね」と言われながら・・・。まさに「映画音楽」という言葉が定着し市民権を得た時代でした。いまも我が家のレコード棚には当時のLPがずらりと並んでいますし、最近でも聴くことがあります。そうした音楽を分家とすれば、本家の映画本編の方は、たいていの映画音楽が有名な作品は今も簡単に観ることができるのですが、いつまでたってもなかなかDVD化されない作品もありました。

 その代表格が『いそしぎ』(65)です。一言で言うと「音楽は素晴らしいが内容はいまひとつ」というのが映画ファンの通説です。ヴィンセント・ミネリ監督、主演はリズ・テイラーと、旦那のリチャード・バートンという甘いカップル。対する共演はチャールズ・ブロンソンとロバート・ウェバーという殺し屋カップル(笑)。

 そしてこの作品の映画音楽がジョニー・マンデルの『ザ・シャドウ・オブ・ユア・スマイル』。これは邦題はそのまま『いそしぎ』で通っていますね。ジャジーなのでそのままジャズボーカルでたくさんの歌手が歌っていますし、ボサノヴァにもなっています。わたしがよく聴いたのはアンディ・ウイリアムスとフランク・シナトラで、ボサノヴァはやっぱりアストラッド・ジルベルト。大学の頃にはサラ・ヴォーンも聴きました。まあ、映画音楽は映画音楽でも『アラビアのロレンス』や『太陽がいっぱい』『ひまわり』と違って作品が凡作もしくはよくわからないという評価ですから、名画座にかかることもなく、大人になっても観れず仕舞いで、それでも「映画の内容はともかく、そのオリジナルサウンドトラックをDVDで持っていたいじゃないか」ということで「復刻シネマライブラリー」で早くから発売を決意していました。

ところが発売前にいろいろ調べているうちに、この作品の脚本にあのダルトン・トランボが参加していることに気づきました。トランボは自身の伝記映画でも有名になりましたが、通過儀礼の名作『ローマの休日』や、わたしの大好きな現代風西部劇『脱獄』、恐怖映画『ジョニーは戦場へ行った』、赤狩りに苦しめられていたところを自由人カーク・ダグラスがひっぱりあげた『スパルタカス』、その赤狩り時代の名作『黒い牡牛』と、名作の枚挙に暇がない名脚本家ですよね。俄然ますます興味の湧く所となり、最優先で復刻しようという思いになりました。ヴィンセント・ミネリ監督についてはまた別の作品でお話ししたいことがあります。

 この『いそしぎ』の冒頭に提示されるのは「体制派」対「反体制派」の構図で、トランボの好きそうな出だしです。「体制派」がリチャード・バートンで寄宿舎の校長です。エヴァー・マリー・セイントの奥さんがいます。「反体制派」がシングルマザーのリズで、子どもがいますが学校に通わせていません。行かせる必要がなく勉学は自分が教えているとリズは主張しますが、判事が許しません。これは面白くなりそうだぞと感じるのですが・・・ハリウッドを代表する女優のリズが反体制派、しかも対立するはずの相手が結婚したばかりのバートンとくればもうキャスティングの話題性だけを求めたものであって、作品にマッチしたものではないですよね。そして不倫の話なのか、当初の体制批判なのか、何を見せられているのかだんだんとわからなくなり、リズの濃厚な美しさに頭がぼーっとなり・・・。当時のエリザベス・テイラーの影響力・支配力の大きさを考えると、トランボの骨組みだけを残して好き勝手に変更されたような気配もあり、トランボ側もそれを容認していたフシがあるんですね。

 ブラックリスト時代の盟友マイケル・ウィルソンとの共同脚本で二人がどのようにシナリオ制作を進めていったか、リズの介入はどのようなものだったかは想像するしかなく、またその推理が映画ファンとしては面白い冒険ではあるのですが、この作品はやはりジョニー・マンデルという作曲家に光を当てるために存在すると言っていいと思います。仕事でいちゃいちゃして大金を貰ったリズ夫婦も、製作者たちもみんな儲かりましたし。そういえば「映画音楽は傑作、映画は凡作」って他にもあったなあ。でもそういう作品になぜかわたしは惹かれてしまうんですよね。

 以下無用の話ですが。

本作の仮ミックスが仕上がって字幕のチェックを行っていますと、エンドクレジットでコーラスによる「ザ・シャドウ・オブ・ユア・スマイル」が情感たっぷりに流れて終わるのですが、その主題歌に字幕がついていないではありませんか!「これに字幕がないのは日本版として不完全だ」と考えましたが字幕を戻している時間がありません。そこで急遽、なんとわたくしが字幕をつけたのでした。少しお恥ずかしいのではありますが、ここにPaul Francis Websterによる歌詞と、わたしの映画音楽ファンとしての思い入れを込めた日本語訳を掲載させて頂いて、秋の夜長、映画の余韻に浸っていただければと思います。

The shadow of a smile
When you are gone
Will color all my dreams
And light the dawn
Now when I remember spring
All the joy that love can bring
I will be remembering
The shadow of your smile

君去りし後も その面影は
わが夢を染め 夜明けへ誘う
いま思い出す あの春の日々
愛に溢れた 歓びの日々
忘れはしない
君の微笑み その面影を

まあDVD製作販売者の道楽とお許しください。

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