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第二の仕事人生の始まり『激しい季節』②

 それにしても『激しい季節』レベルの人気のあるヨーロッパ映画がいまだになぜリリースされていないのか、そこは気になるところでした。実はこの作品は2つの会社が権利を持っており、この権利調整が壁となってリリースを阻んでいました。それを配給のTomorrow Filmsさんが大変根気のいるお仕事をしてくださって、権利元2社の調整、契約をまとめてくださいました。
 これでようやく国内の権利を獲得し、マスターを待つだけになりましたが、送られてきたマスターはいわゆる「国際版」というもので、「オリジナル版」には存在する、「ある重要なシーン」がないのです。ここからその「重要なシーン」を取り寄せるまでの流れはいずれ公開するとして、このシーンを映像特典として加えることで解決した、と考えて、いよいよリリースに向けて動き始めました。
 そして実はこの時、同じヴァレリオ・ズルリーニ監督の代表作の1つであるクラウディア・カルディナーレ主演の『鞄を持った女』(60)の権利も手に入れることができたのです。この作品についてはまた別の機会に書くとして、この2本のブルーレイ特典に解説リーフレットを付けたいと考えました。問題はどなたに解説を書いていただくか、です。
 実は心に決めていた方がいらっしゃいました。川本三郎さんです。
 この頃、川本さんはオンデマンドで古い映画を発売しているわが社(今は吸収合併して存在しませんが、ディスクロードという名前でした)のことをお知りになり、たくさんDVDをお買い求めになられていました。キネマ旬報の編集長を通じてだったか、それとも代官山蔦屋書店の映画おやじこと吉川コンシェルジュの紹介だったか、もう記憶があいまいなのですが、川本さんと顔を合わせてお話しができるようになりました。川本さんはわが社のラインナップを大変褒めてくださいました。そしてズルリーニ監督2作品の解説を快く引き受けてくださいました。会社に送られてきた初校のFAXを受け取った時の感動をいまでも覚えています。
 少しだけ『激しい季節』の内容についても触れておきたいと思います。
 1943年戦時下のイタリアが舞台。昭和18年ですから、わたしの父が7歳の頃の時代の話。ムッソリーニ政権が失脚するというイタリアでは歴史的な大異変が起きた時代です。主人公のカルロ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は父親がファシストの高官ということもあり、戦争に駆り出されることなく、高級避暑地のリッチョーネに疎開してきます。ここでロッサーナという若くて美しい娘(ジャクリーヌ・ササール)と知り合い、親しい間柄となります。この2人はここにいる時点で親が裕福か、ファシストか、とにかく世間とはかけ離れた暮らしをしている階層にいるわけです。ある日、さんさんと日差しが降り注ぐビーチに突然ドイツ軍の戦闘機が現れ低空飛行で威嚇してきます。大混乱の中で、カルロは一人の幼い娘を助け、そのことで彼女の母親で未亡人のロベルタ(エレオノラ・ロッシ=ドラゴ)と出会います。カルロとロベルタは急速に惹かれあって深い関係となっていきます。
 『激しい季節』でわたしの好きなシーンは、このロベルタを招いたカルロたち若者のパーティでのひとこま。このシーンでかかるマリオ・ナシンベーネ楽団のなんともいえないサックスの鳴らせ方が際立っていました。その主題曲の前にビング・クロスビーがヒットさせた「テンプテーション」のレコードがかかります。別の学生がロベルタを誘ってこの曲をバックにダンスを踊ります。その時、カルロはロッサーナとチークを踊っているのですが、カルロとロベルタはお互い別のパートナーと踊りながら、目線を合わせ、からませます。この間セリフはなし。「映像で表現する」という言葉がありますが、まさにこの場面は映像で二人の「激しい感情」を表現しています。トランティニャンとドラゴの目線の演技も素晴らしく、最近はこういう「絵」になかなかお目にかかれていないなと思います。ダンスの二人が回転して、トランティニャンの目線からササールの目線へ変わった時、彼女の「視線」と、ドラゴの「視線」の違いがはっきりと感じ取れてズルリーニ監督の演出の凄みを思い知らされました。
 ちなみにバックで流れていた「テンプテーション」。実はビング・クロスビーのものではなく、そっくりなトーンのイタリアの歌手テディ・レーノの吹き込みでした。いやー、この場面の演出は本当にすごい!
 ここまで書くといわゆる「戦時下のメロドラマ」なのですが、公開当時10代20代だった男子映画ファンは一生消えることのない衝撃をこの映画から受けたのです。そしてその重要なシーンが国際版からは消えてしまっていたのでした。この背景はリーフレットに詳しく書きましたがいずれ公開したいと思います。
 勝手にオリジナル版に編集することは許されませんでしたが、特典映像として復元したのはいい仕事ができたと思っています。そして川本さんの解説が素晴らしく、人生の宝物になりました。もちろん父も喜んでくれました。
 この発売から「往年の映画ファンが待ち望んでいる作品をできうる限り発売していこう」という目標が生まれたのです。
 自分のためではなく、映画ファン、とりわけ先輩映画ファンに喜んでもらえる商品発売をやろう。わたしはそれまでに培ったスキルをフル稼働させて本格的にクラシック名画の復刻に乗り出しました。わたしの第二の仕事人生が始まりを告げた時でした。

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