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『友情ある説得』ウィリアム・ワイラー監督の傑作ドラマ

恥ずかしながら『友情ある説得』を観たのは復刻シネマライブラリーの仕事を始めた頃でした。ウィリアム・ワイラー監督と聞けば映画ファンはまずどの作品を想像するでしょうか。まず、映画ファンの8割はこの作品を挙げるでしょう。1953年の『ローマの休日』。傑作には違いありません。ダルトン・トランボの脚本がまず優れているし、映画のテーマも良い(未熟者の通過儀礼)。キャスティングも言うことなし。日本人の多くに愛された作品を監督したのがワイラーです。

この7月1日で生誕122周年


 では、その次は?ここで映画ファンは意見が散らばるのではないでしょうか。
 当時のアカデミー賞最多記録の9部門に輝いた1946年の『我等の生涯の最良の年』?
 いやいや、その記録を塗り替え、アカデミー賞11部門受賞した1959年のスペクタクル映画の金字塔『ベン・ハー』!?
 若いファンなら1965年のサイコスリラーの元祖『コレクター』かな?
 今の時代にこそ見直したい『噂の二人』?
 西部劇ファンなら1958年の、ワイラー西部劇の集大成とも言える『大いなる西部』を挙げるでしょうか。
 こういうディスカッションは楽しいし、これこれこういう理由でわたしはこれだと思う、と意見を言うのも面白いものです。その人の映画ファンとしての思い入れが感じられるし、「そういえばその映画観てなかったなあ!」と、興味が沸くきっかけにもあるでしょう。
 わたしは「その次」と聞かれたら絶対に『友情ある説得』を挙げます。

 わたしが復刻シネマライブラリーの仕事に就いた時にはすでに発売済でした。
 御存じない方のために、復刻シネマライブラリーからリリースしたジャケットのあらすじをご紹介します。

 敬虔なクエーカー教徒でありながら、教会への道中、親友のサムと馬車で競争するなど負けず嫌いの側面も持つジェス(G・クーパー)。妻のイライザ(D・マクガイア)、長男のジョシュ(A・パーキンス)、娘のマティ、そして末っ子のリトル・ジョシュと平和に暮らしていたが、南北戦争が佳境に入り、イライザが牧師を務める教会にも北軍の少佐がやってきて、クエーカー教徒たちに家族に危険が迫っても戦わないのか、と問いかける。
 サムの息子、ガードは北軍の兵士だったが負傷して、故郷で義勇軍を編成していた。南軍による略奪や焼き討ちを目の当たりにしたジョシュは、父と母の説得にも関わらず、義勇軍に参加することを決意する。川を越えようとした南軍に対してジョシュは逡巡しながらも、銃を向ける。家にジョシュを乗せた馬が戻り、銃を手にしたジェスは、サムを殺した南軍の兵士を前に葛藤する。
 わたしはこの映画で初めてクエーカー教徒というものを知りました。「平和主義」「誠実」「平等」「質素」という伝統的かつ一貫した考えを持つということが本作でも描かれていますが、この「平和主義」=非暴力という概念が映画の重要なテーマになっています。
 夫のゲイリー・クーパーと長男のアンソニー・パーキンスが不在の時に南軍の一行がドロシー・マクガイアの家にたどり着く場面は、サスペンス性が頂点に達するところです。この危機をどう切り抜けるか、そして非暴力というテーマがどのように描かれるか、この場面は今も忘れられません。
 凛としたマクガイアの演技は、多くの女優さんに観て頂きたいものです。

女性が素晴らしい映画は名作が多い

 ワイラー監督の演出は、俳優の生き生きとした演技を引きだし、特に未成熟な青年を演じたアンソニー・パーキンスのデリケートな危うさ・繊細さなど、実に丁寧に描かれています。いぶし銀のクーパーの存在感もいいですね。クーパーが一本調子の「クーパー主演」ではなく、役者が皆しっかり描かれているところが本作を傑作と言わしめる理由の一つであると思います。
 本作は1957年のカンヌ国際映画祭でパルムドールに輝きました。

以下、無用のことながら。

 この映画はウィリアム・ワイラー監督作品ですが、リリース当時あることに気づいたのを憶えています。
 「この作品って、そのままキャストを変えればジョン・フォードが撮ったと言っても誰も疑わないな」
 またこんなことを書くと先輩映画ファンに叱られそうですが。
 でも想像してみてください。クーパーをジョン・ウェインに、マクガイアをモーリン・オハラにキャスティングし直すとどうでしょう。
 冒頭の負けず嫌いのデュークが、ヴィクター・マクラグレンと馬車の競争するシーンから始まって、本当は銃の名手だけど非暴力を貫く無骨な男を、オハラが暴力に非暴力で立ち向かう凛としたアイルランド女性を演じるなんていうことになれば、これもう立派なフォード作品です。
 南軍の兵隊の中にベン・ジョンソンやハリー・ケリー・ジュニアを入れて、村の教会の牧師はワード・ボンド。こんな感じです。
 あとこの邦題『友情ある説得』というのは、他に候補がなかったんでしょうか。原題は「Friendly Persuasion」で、「友好的な説得」ですが、あまり映画のタイトルとしては魅力的ではないですね。
 まず「説得」という単語が映画的な感じがしません。これを使うなら『友情と説得』ですね。『○○と○○』なら、『短剣と外套』とか『王様と私』とか、2つの単語に関係性があってもなくても成り立つと思います。
 もう一つは『○○の○』ですね。あとの○には「男」「女」「人」といった人物を入れることでドラマ性を高めます。クーパーには『西部の人』があるので、そのまま『信念の人』(これはあっさり過ぎる)とか『非暴力の家』(何か違和感が残るなあ・・・「防犯協力の家」みたいな)とか。
 最後は本作のドラマティック性を表現するため、叫びや呼びかけなんてどうでしょう。そう、映画で良く使われる「走れ!」とか「歌え!」などの表現を取り入れるのはどうでしょう。
 『ジェス!銃を捨てて』とか『その手に銃《ガン》を構えるな!』みたいな。
 こういうのを考えている時間が一番楽しいです。

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