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メロドラマの最高峰『母の旅路』との出会い

 わたしの世代はティーンエイジを70年代で過ごし、80年代半ばに大学、90年代から仕事を始めています。当然のように若いころは自分が生まれるより前の作品にはあまり興味が湧くことなく、常に「最新の映画」「観ておかなければならない名作」の2つを基準に映画館と名画座をまわっていました。名画座は、人気のある作品、有名な作品、時流に合う作品、興行主の趣味で好きな作品が上映されるわけで、こうした内容に当てはまらない作品は永い眠りにつくしかなく、その存在が時と共に忘れられていきました。特に60年代後半からのアメリカン・ニューシネマ旋風は名画座にも吹き荒れ、その洗礼を受けた私は古いハリウッド映画なんて、と考えるようになり、若い時期はMGMミュージカルやスターシステムの作品を毛嫌いするようになり、作家主義の自由な、そして体制に反抗するような作品を好むようになりました。
 しかし年を重ねるともうそんなこだわりはどうでもよくなり、新しい映画への興味は薄れてしまって、生まれる前と幼年期の50年代60年代の映画を掘り起こすことに生き甲斐を感じるようになりました。同世代や若い映画ファンと話をするよりも、先輩や、父の世代の映画ファンと話をする方が勉強になり、また先輩から見ると若い私が古い映画に明るいのが面白く、会話がとても弾むのです。いずれ書くつもりですが、わたしが今大好きなジャンル、いや、あらゆる映画の中で最も素晴らしいジャンルはミュージカル、音楽映画だと思うようになりました。そしてもう一つ、若いころはばかにしていたジャンルがありました。それがメロドラマです。
 復刻シネマライブラリーを初めて、商業主義的傾向はしばらく続き、あまり売れないドラマは後回しにしてアクションや西部劇、サスペンスを真っ先に復刻していましたが、大スターが出演している、あるいは名監督が手掛けているにもかかわらず未発売の作品が多く存在することに気づきました。こんな勿体ない話がありますか。個人的には若い頃の反動で、アクションもいいんだけれど、濃厚な人間ドラマが欲しくなっていたわたしは、ドラマ系の復刻に少しずつ着手し始めました。先輩映画ファンのリクエストを見てみますと、まぁ初めて目にするようなタイトルが多かったのですが、調べてみると監督はエリア・カザン、ヴィンセント・ミネリ、ジョージ・シートンと巨匠ばかり。わたしがやらずして誰が復刻するか!という意気込みでリストアップを始めたのです。
 『母の旅路』という作品を偶然に知ったのは、Blu-rayの解説をお願いした映画評論家のなかざわひでゆきさんのblogでした。確か別の作品の情報収集のうちに偶然見つけたのだと思います。
 わたしが避けて通ってきたメロドラマにして、典型的なご都合主義。それどころか、主演女優ラナ・ターナーのスキャンダルを利用したと思われる企画でもあり、いわば、商業映画の極みのような作品が『母の旅路』でした。にもかかわらず、この映画はわたしの心をガッチリ掴んでくれるのです。

 裕福な外交官のもとに嫁いだ未亡人ラナ・ターナーが、子どもも出来て何不自由なく暮らしていましたが、姑からは好意的でない視線を送られています。留守がちな夫に対するさびしい気持ちを埋めるために、ラナはパーティで知り合ったプレイボーイと関係を持ってしまいますが、過ちに気づいて関係を清算しようと言い争いになり、その時男は誤って階段の上から落下し、当たり所が悪く死んでしまいます。その場で姑に助けを求める連絡をすると、後始末はしてやるからお前は姿を消し、二度と家族の前に現れてはならないし、名乗ってもならないと命令され、そのままヨーロッパへ追放されます。

 こうして愛する家族と離ればなれになってしまったラナの受難の日々が始まります。一度は裕福な医者に見初められ、求愛されますが身元を明らかにできず、また残してきた家族を想って関係を断ち切ります。そして流れ流れて、酒におぼれ、昔の美しさは見る影もなくなり、やがて胡散臭い詐欺師のバージェス・メレディスと知り合います。彼女がアメリカの外交官の妻であることを知ったメレディスは、スキャンダルをネタに恐喝を企てますが、それを阻止しようとしたラナはメレディスを射殺、そして逮捕され、裁判にかけられますが、自分の名を明かさないので被告人は「マダムX」と仮名をつけられます。これがこの映画のオリジナルタイトルです。そして、初公判の日、彼女の国選弁護人に選ばれていたのは立派に成長して弁護士となったラナの息子ケア・デュリアでした・・・。

 まあこういう調子で都合の良い展開が怒涛のように続くのですが、クライマックスでラナが息子に気づく場面があります。この場面だけは本当に観る価値があります。どんな映画もそうですが、別れ別れになった者同士が再会する場面(それが本作のように一方が身元を隠していたとしても)には、やはり感動させられます。もう涙なくしては観られないシーンです。確かに映画史的には取るに足らない、ハリウッドが凋落していた時代、アメリカン・ニューシネマの夜明け前に制作された通俗的作品という評価は間違っていないかもしれません。それでもこれだけコテコテのストーリーを隙間ない構成で作りこんだ映画職人たちの手腕には脱帽するしかありません。プロデューサーのロス・ハンターはダグラス・サーク監督に同じラナ・ターナー主演で名作『悲しみは空の彼方に』を撮らせています。『大空港』もロス・ハンターの製作です。本作の監督デヴィッド・ローウェル・リッチは確かTV畑の人でした。そういえばリクエストがかなりあったサンドラ・ディー主演の『タミーとドクター』もロス・ハンターでした。というわけで、『母の旅路』でメロドラマに目覚めたわたしは、ダグラス・サーク監督の傑作『愛する時と死する時』を発売することになります。これはまた別の機会に。

以下、無用のことながら。

 『母の旅路』で困ったのはキーアートでした。ユニバーサルから支給されたのがこれです。

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 でもわたしがやりたかったのはこれ。

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 しかし、素材がどうしても見つかりません。それで困った時には川喜多記念映画文化財団。何度かお世話になっているので連絡を入れて素材がないか、千代田区の事務所に出向き、探させてもらいました。するとたった1枚チラシが出てきました。ようやく素材は入手できたのですが、そのチラシは表面が現在のDVDジャケットのデザインのもので、希望するものではありませんでした。ただ、そのチラシを読んでわかったのですが本作は当時文部省推薦を受けていたんですね。不倫はするわ、人は2人も死ぬわという内容でよく推薦取れたなあ。

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