住んでる賃貸が事故物件(物理)だった話④

あたしはただ黙って見ていた。
キッチンがどかされ、床と壁がくり抜かれていく様を眺めていた。
土曜午前8時半。外はいい天気だった。

「いやぁ、災難でしたねえ。水が使えないのって大変でしょ」
光る頭にタオルを巻き、いかにも大工ですと行った容貌のおっちゃんは元気よく話しかけてきた。
「そうですね、軽く災害ですもんねぇ。直りそうですか?」
「見た感じ壁側のここだね、ほら、水出てるでしょう。これを取り替えてしまえば大丈夫、もう少し壁切るね」

管理会社が全員海外の方達なので、きちんと日本語が通じる人が来てくれたことに安堵を覚えた。記事では普通の会話のようにしているが、実は何度も聞き返し聞き返され、誤解された言葉の意味を訂正した上での要約だったりする。
この断水事件の中で初めて信頼出来る人に出会えた。良かった。

家というのは案外簡易的なものなんだな、というのも実感した。
備え付きのキッチンは男性一人で持ち上がる軽さだし、その下の床や壁だってカッターで傷をつけて、少し工具で抉ればどんどん崩れる。
刑務所物の映画で、壁や床に穴を開けて脱獄してるのを、そんな馬鹿なと思いながら見ていたけれど、フィクションじゃないのかもしれない。

「最近の24時間対応しますって業者なんかは奥の奥まで見てくれないでしょう。ちょっと水道の部品交換したりするだけじゃあ、その場しのぎさね。本当は大元から直さなきゃいけねぇ場合が多いんだ。俺の息子なんかもそうだけどよぉ、最近の若いのは……」
めちゃくちゃ喋るなこのおっちゃん。
こういう話を聞いているのは嫌いではない。大工一筋で若い頃からやってきたのだろう。手に刻み込まれた深い皺が物語っていた。

途中、適合部品が見つからず取り寄せたりしたものの、工事はお昼頃に無事終了した。
切り取った壁をテープで補修し、くり抜いた床はそのまま嵌め込み、キッチンを元の位置に置き直す。
家って簡易的だ(2回目)
いくらインスタで映えるような雑貨を置こうが、オシャレな家具で揃えようが、所詮木の骨組みとコンクリの塊だ。
人間だって同じ。いくら表面を取り繕うが、中身は血と骨と肉なんだ。虚飾に塗れた世界なんだ。

帰り際、おっちゃんは「これから下のおばさんの所に行かなくちゃならないんだけど怖いんだよな、何故か俺が怒られるんだ、俺悪くないのにな…」と本音を漏らしていた。
その通り、管理会社から委託された大工のおっちゃんは何も悪くない。辛いな、人生。

些細なことだが、置き直したキッチンは微妙に嵌ってないのか、作業中に部品が取れたのか分からないが、建付けが悪くなり、シンク下の扉が閉まらなくなった。今も微妙に開きっ放しである。

おっちゃんが帰ったあと、あたしは洗濯機を回し、トイレとお風呂に入りボディケアをしっかりした。1週間放置し、汚れが乾燥しきっていた食器たちも洗い桶に浸した。幸せだった。
健康で文化的な最低限度の生活は衣食住とライフラインが揃って初めて実現されることなんだな、と実感した。
尚、食器の汚れを落とすことにはかなりの労力を要した。

さて、ここでふと気がついた。
1週間で利用したコインランドリーやコインシャワー代は管理会社に請求できるのか?セルフサービスなので領収書はない。領収書のないお金を貰えるのだろうか?
お詫びとして、管理会社から菓子折を戴いてはいたものの、賞味期限の近いどら焼き4個で一連の騒ぎを片付けられてはたまらない。
がめつい人間だと思われるかもしれないが、流石に迷惑料として払ってもらうのが筋では?そういえば、下のおばさんもお金はきっちり貰いなさいと言っていたな…など、考えた末、少しだけ向こうの出方を待つことにした。下のおばさんの天井修理も全て終わったあと、なにかお詫びの連絡があったらいいな、という希望的観測だ。

結果、2週間が経過した。

ダメだ、このままではあたしの苦労がどら焼き4個で流されてしまう…!
そもそも、こういう時の菓子折は日持ちのする焼き菓子を選ぶのがベターではないのか。海外ではあまり気にしないのだろうか。

翌日、領収書がないが、コインランドリーやシャワー代を頂きたい旨を管理会社に連絡した。
本当はコンビニで買ったミネラルウォーター代も貰いたかったが、これはうっかりレシートを捨ててしまい明らかにこちらの過失なので諦めた。

数時間後、来月の家賃と相殺するということで話が纏まった。
完全勝利。
言うべきことは言っておいた方がいいし、貰えるものは貰っておく。良い教訓となった。

また、今回学んだこととして
・携帯用の色々(シャワーシート、マウスウォッシュ、シャンプーなど)は準備しておいて損は無い。
・ミネラルウォーターや非常食も家に置いておく。
・家財保険は入っておく(うちは大丈夫だったが、下のおば様は大変だったと思う。明日は我が身の気持ちで保険類はしっかりしよう)
・人間、話せば分かる。言ってみればどうにかなる。そんなことも多いので泣き寝入りはしちゃダメ。
・引越しの時、管理会社や大家が本当に信頼出来るかどうかというのは大事。入居前に顔合わせる機会があったら見極めておこう。
・入居直前のガス、水道、備え付けのものの設備は要確認。実際に軽く使わせて貰えたらGood
私はここを流されるままによく確認せず入居してしまったのが失敗だった。結果、当日から水漏れしてたので。

皆さんには、引越しの時は色んなポイントをよく見て、当たり物件を引いて欲しい。切に願う。

以上!

なお、今現在、うちの洗面台はまた水漏れをしている。
もうダメだ、この家。

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