香水沼に浸かったので語りたい

ー······街ですれ違ったいい香りの女の人。
ふと思い出す昔好きだった男の香り。
日曜の朝の柔軟剤の匂い。
春の陽射しと緑の混ざった匂い。
香水屋で混ざり合う無数の複雑な香り。

世界は香りで溢れていて、香水は無限に生み出されるけれど、自分の肌に乗せた時に「自分の香り」になるものは極わずか。

そんな際限なく深い沼に、ただいまズブズブとハマっております。深さで言えばここ数ヶ月で膝上くらい。

元々香りものは好きだった。
パトリック・ジュースキントが書いた「香水」という小説は何度も読み返し香りの世界に浸った。柔軟剤は新商品は欠かさず買った。それから、香りのあるハンドクリーム、練り香水etc…
けれどメゾンフレグランスはなかなか手が出せなくて、主な理由としては、敷居が高いイメージ、そしてコレクター気質から「手を出したら破産する!」という謎の危機感があったからだ。

ある日、ずっとずっと憧れ続けていたDiorのプワゾンが安く手に入った。某フリマアプリに感謝しかない。
プワゾンは、社会人になった最初の夏のボーナスを握りしめて向かった新宿のドンキで一目惚れ(一嗅ぎ惚れ?)した香水だった。哀しきかな、ドンキとはいえ入社すぐのボーナスでパッと買える値段ではなく諦めたけれど、数年間「いつかほしい物リスト」の上位にあった香水だった。

手に入れたプワゾン、あたしの初めての香水。
チューベローズの甘く苦しい、この香り。
嬉しくて暫く眺めては、時折蓋を開けてそって匂いを嗅いだ。

プワゾンを手に入れた同時期に、汐留で開催されていた香水瓶博物館に足を運んだ。
職人が端正に手作りした壜の一つひとつは芸術だった。
香りは勿論、壜、名前、それからその香水が作られた背景まで追い始めたらキリがなかった。

他に世界にはどんな香りがあるんだろう。
どんな物語と想いがこの小瓶の中に閉じ込められているんだろう······?

久々に体験したトキメキは、あたしを伊勢丹フレグランスコーナーへ、そしてニッチフレグランス専門店へ導いた。

夜な夜な新宿を徘徊してはムエットを持ち帰る日々。
「是非お試し下さい」と店員さんが微笑みかけてくれるのをいい事に、乞食のように香りをつまみ食いした。
つまんでもつまんでも減らない香水の山を前に、自分の好きな香りと苦手な香り、好みも分かってきた。
SNSで人気の「人類ウケ」「彼氏ウケ」すると紹介されている香水は得意では無いこと。いい香りだと思っても肌に乗せたら体臭と調和せず、しっくり来ないものも多いということ。サンダルウッドは好きだけどシダーウッドは苦手だということ。苦手な香りでもアコードによって素晴らしい香りになること。
お気に入りは、Diorのプワゾン、CHANELのココヌワール、トムフォードのロストチェリー。ニナリッチのニナ、それからナーゾマットの魅惑のヴィーナス。
どれも癖の強い甘さを放つものたちで、低体温のあたしの肌の上で程よく香ってくれた。
あっという間に「いつか欲しいものリスト」は溢れ、メモ帳のタイトルは「手に入れる香水リスト」に書き換えられた。撤回しよう。沼に沈んだあたしに某フリマアプリは毒だった。感謝できるかどうかは微妙なところだ。

服を着替えるように、香りを着替える。
毎日同じ香りではないけれど、どれも紛れもなく「自分」で居れられる香りだ。
朝にワンプッシュ、それだけでその日1日のモチベーションは変化する。

世界は今日も香りで満ちている。

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