今日みたく雨なら、きっと泣けてた③

車を運転しながら、父は旦那のことを心配していた。
「職場で体調不良の人が出たから念の為」ということで欠席にしたから、旦那の体調に異変がないか気にかけているのだろう。当の旦那はそんなこと知りもせずゲームをして過ごしていると思う。

予約していた和食屋に着くと、母と弟が待っていた。やはり、口々に旦那の具合を聞かれるので、適当に濁す。席に着くと、ほどなくして料理が運ばれてきた。食欲のない中、とびっ子の乗った海鮮丼を咀嚼しても罪悪感の味しかしなかった。

式場に着いてからは香典をあげたり、顔も名前も知らぬ遠縁と挨拶をしたり、時は慌だしく過ぎた。
近しい親族たちからは、「旦那さんは?」と次々に聞かれた。当然だ。
あたしはコロナの危険があるので自粛したことを説明し「結婚祝を頂いたのにも関わらず、きちんとご挨拶出来なくてすみません」と頭を下げる。磨かれた式場の床を見つめながら、どうしてあたしが頭を下げているんだろう·····と疑問に思った。
「コロナじゃ、仕方ないわよねぇ。世の中にはさ、親しくない親族の冠婚葬祭は行きません!なんていう非常識な人もいるらしいじゃない?そういう人じゃないなら安心したわ」
悪気はないであろう叔母の言葉が突き刺さる。本当は‘’そういう人‘’なんです、と言葉が喉に詰まって苦しい。窒息死しそうだ。このまま頭を下げすぎて土下座すれば真実を口から吐き出せるだろうか。

「久しぶり!」

足下が抜け落ちそうな感覚に陥っているあたしに元気よく声をかけてくれたのは従叔母だった。
「結婚したんだって?旦那様は?」
今日何回目か分からない説明を繰り返す。最早あたしは謝罪マシンのようだった。
「それは残念ね。でも、コロナ落ち着いたら結婚式、新婚旅行、楽しいことが沢山待ってるわよ!」
従叔母は遠方なので会う機会は少ないけれど、小さい頃から何かとあたしのことを気にかけてくれていた。今は海外を主に取り扱うメディア関係の仕事をしている。海外でのウェディングならいつでも相談して!と華やかに笑う彼女に、あたしは曖昧に笑うことしか出来なかった。葬儀にまともに出席できない人が結婚式を計画できるわけが無い。結婚指輪を買うお金もないのに、海外に新婚旅行なんて行けるわけが無い。

色んな人の善意による言葉があたしを切りつけてくる。何よりも、今のあたしをおばあちゃんが見てるとしたらどんな顔するだろう。
ー·····嗚呼、恥ずかしさと惨めさと申し訳なさで消えてしまいたい。
式の最中、黒い額縁の中で微笑むおばあちゃんをまともに見ることが出来なかった。
こんな気持ちで葬儀に参列したこと、旦那は生涯知ることはないのだろう。

手向け花に彩られたおばあちゃんは生前の時のように綺麗にお化粧が施されていて、穏やかな表情で眠っていた。苦しみの末の死ではないこと、それを救いに思う。
その一時間後、おばあちゃんは煙になって空に昇って行った。煙の先は真っ青な空で、自然とCoccoのRainingという歌が脳内で再生される。
そう、あれもお葬式を彷彿とさせる歌詞だった。

あなたが もういなくて
そこにはなにもなくて
太陽 眩しかった
それはとても 晴れた日で
泣くことさえ できなくて あまりにも
大地は果てしなく
全ては美しく
白い服で遠くから
行列に並べずに 少し歌ってた
(引用   Cocco/Raining )

涙が空に吸収されたみたいに、あたしはその日、一度も泣けなかった。








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?