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外れビジネスホテルも出張の楽しみ

記憶に残るのは外れホテル

 最近は経費削減のあおりでだいぶ減ったけれど、一時期はツキイチで日本のどこかに出張していた。スケジュールが詰まっているときは毎週だったり、自宅に戻ることなく、次の仕事先へ移動することもあった。プライベートでは出不精のくせに、出張は大好き。行く前まではグズグズしているくせに、旅先では誰よりもはしゃぐという面倒くさいタイプである。

 出張の楽しみの一つは、ビジネスホテルだ。私が泊まるホテルの相場は、経費の関係で1万円以下。ネット予約が当たり前の今は、ホテルの様子が写真で分かるので、そうそう外れることはないけれど、それでもたまに外れに当たるので楽しい。泊まった当日は「部屋が臭い」「寒い(暑い)」「隣の音がダダ漏れ」とか、顔をしかめながら寝るのだが、のちのちまで話のネタにはなる。

外れホテルベスト(ワースト)3

 今まで忘れられないホテルを3つ挙げると、まずは3年ほど前に浜名湖周辺で泊まったホテル。金属製のそっけないドアを開けて入ってみたら、細長い部屋にシングルベッドが押し込められ、カニ歩きしないと歩き回れない。収納棚の上には回線の切れた緑色のダイヤル式電話が置かれている。冷蔵庫はなく、トイレは共同。風呂は大浴場を利用する前提なので部屋にはないのだが、洗面台は昭和テイスト満載の小さくて蛇口から水しか出ないタイプ。

 チラ見した通路を挟んだファミリー向けの和室は、広々として浜名湖が一望できるのに、私の部屋の窓は磨りガラスで外側に柵ががっちりとはまっていた。柵がデザインされた外観のホテルで、その柵がちょうど窓を覆う構造だったのだ。まるで監獄の趣である。宿泊施設を管轄するお役所にバレたら、絶対にまずい従業員用の宿泊部屋を貸し出していたのだろう。「訳ありプラン」とあった理由に納得したのだった。

 2つめは、真冬に泊まった函館朝市そばのホテル。ロビーからして古く、部屋のドアは木製だ。広さはあり、ベッドもそれなりだったが、夜はドアの下から隙間風が吹き込んで、ものすごく寒かった。暖房も効かず、あれだけ震えて寝たホテルは他に記憶がない。雰囲気から想像するに、修学旅行などの団体ツアー客が中心のホテルだったのではないだろうか。函館を再訪したとき、近くを通ったら立派な外観に変わっていた。私が泊まった1カ月後にリニューアルされたらしい。

 3つめは私の出張ベスト(ワースト)ワンのホテル。ネット予約もない20年以上前の話。切符とホテルをまとめて予約するには旅行代理店が便利だったので、私はもっぱらJTBを利用していた。当時は観光ホテルはパンフレットで紹介されるが、ビジネスユースは情報が少なく、ほぼホテルギャンブル。同じ宿泊費でも雲泥の差があった。大手旅行代理店と契約しているのだから、それなりのレベルだろうと思って頼んでいたのだが、このホテルに限っては、ものの見事に裏切られた。

 場所は大阪。仕事を終えて向かうと、ホテルは、ネオンが輝く風俗街のど真ん中にあった。隣はソープランドだ。じつはこの時、大阪で学会があり、梅田の常宿が取れず、そのホテルしか予約できなかったのだ。全国規模の学会とジャニーズのコンサートは、常宿がないフリー出張族の鬼門である。

 そのホテルは全国展開しているチェーン系列で、他の地域には高級タイプもあるのに、大阪は昭和30年代に建てられたんじゃないかと思うくらい古かった。ドアは木製。鍵もすぐに開けられそうなチャチさだ。周囲が歓楽街だけに、すぐに蹴破られそうなドアにはちょっとした恐怖を感じた。「ツインにしておきました」とフロントは自慢げに言っていたけれど、暗い灯りの部屋いっぱいに2つのベッドが締めていて、歩くのもやっとの狭さ。風呂は大浴場だ。

 今でこそ大浴場を売りにするビジネスホテルが増えているけれど、当時は部屋にバスユニットがあるのが普通。大浴場はむしろ古さを感じさせる存在だった。さすがに男女は別だったけれど(ビジネスホテルのなかには、大浴場が1つしかなく、時間帯で男女の入浴時間を分けているところもある)。タイル貼りの風呂に入りにいくと、私と同じように部屋に唖然としたらしい女性が1人。湯船に浸かりながら、しみじみ「すごいホテルですよね〜」「学会で部屋が取れなくて」などと世間話をしたのだった。後日、ネタとして人に話したら、「連れ込み宿だったんじゃないの?」と言われたこともあるが、ホテルのチェーン名を考えると、それはなかったと思う。

怖いのは死んだ人より生きてる人

 そんなふうに全国のビジネスホテルに泊まっているけれど、今のところ、幽霊に遭ったことはない。出張のときのほうが、東京にいるときより仕事に追われることなく、ゆっくり眠れるからかもしれないし、「怖いのは死んだ人より生きてる人」と思っているからかもしれない。

 最近は、インバウンド需要のおかげでビジネスユースに使いやすいホテルが増えた。女性客を意識したサービスも増え、快適に泊まれるほうが多い。困るのは、ホテルの数より、宿泊費の高騰や外国人観光客の増加で予約が取れるかどうかのほうだ。それでも、地方の小さな町に行くと、個性的なホテルに遭遇する機会はまだある。当たり外れも含めて、ホテルに泊まるのはやっぱり楽しいのだ。

仕事に関するもの、仕事に関係ないものあれこれ思いついたことを書いています。フリーランスとして働く厳しさが増すなかでの悩みも。毎日の積み重ねと言うけれど、積み重ねより継続することの大切さとすぐに忘れる自分のポンコツっぷりを痛感する日々です。