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【一人暮らしの徒然】580円のカットわかめ(30g入)が高いかどうかわからない

 帰り道、職場からすぐ近くの農産物直売所で、乾燥わかめ(30g入)を580円で買った。高い……のかどうかが結衣子にはわからない。でも、三陸産って書いてある。いいものだ。きっといいものだ。
 結衣子はその乾燥わかめがどうしても今日中に欲しかった。そして、それがもっと安価に売っていそうなスーパーへの寄り道はもうしたくなかった。なので、580円で買った。高いな。……高いんだろうな、多分。百均にも売っていそうだしな。
 結衣子は一人暮らしを始めたばかりで、まだ物価に疎い。独立を機に車も手放したので徒歩通勤、もっと安く売っていそうな店をはしごするわけにもいかない。仕事帰りに寄る店はせいぜい一つか二つだ。
 黄昏時も間近、もうすぐ18時。立春を越えた頃から、少しずつ日が伸びてきている実感がある。いい季節だ、と結衣子は思う。一日に明るい時間が増えるだけでそう思う。帰り道の買い物もしやすい。
 こうして日々色々なものの物価を見て目を養う。生活に必要なあらゆるものの値段をおおよそ把握しておきたい。そして――また日が短くなる季節には、と結衣子は算段する。冬の暗い時間に寄り道せずに済むよう、休みのうちに食料や生活必需品を買い溜めておくのだ。春に冬のことを考えて、そんなシミュレーションをしている。夜道を女一人で歩くのは防犯上心許ないと言うもっともな理由もありつつ、先々のことを考えるのは楽しかった。新しい生活は始まったばかりだ。
 帰って、リビングの棚の上の定位置に玄関の鍵を置こうとしたら、ほんの弾みで結衣子の手の中から鍵が飛んでいき、手前のゴミ箱にジャストミートした。そんなバナナ、という誰が発案したかも知らない昔のギャグを呆然と口にしてゴミ箱に手を突っ込む。帰宅してからの着替え、買い物の整理、夕飯の準備……といった細々としたルーティンに頭がいっていて、手元が疎かになったのだ。ごめんよ、と呟いて、ゴミ箱から回収した鍵を払うように叩いた。
 さて、と結衣子は改めて鍵を定位置に置いて、職場の制服から着替え、今日の買い物を今から使うものとあとに使うものに分けて整理した。これから、味噌汁の素をまとめて作る。
 引越し直後は何かとせわしいだろうとインスタントの味噌汁を買ったのだが、それもそろそろ無くなりそうなので。少しまとまった量の生味噌に顆粒だしや炒めた白ネギ、そして乾燥わかめを混ぜて、お湯を注ぐだけで味噌汁になる即席の味噌汁の素だ。それがどうしても今日作りたくて、乾燥わかめを買った。
 結衣子は思い出したようにスマートフォンで検索した。通販で、200g入で540円のカットわかめもある。……やっぱりこれは高級品なのだ、と買ってきた30g入の袋をまじまじ見つめる。これは580円だ。――まあ、三陸産だし、高くてもきっと美味しい。気にしない、と結衣子はあえて口に出して、台所に立って腕を捲った。次は、百均で買えばいい。

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