見出し画像

りんごの花を咲かせたい

「りんごを接木して、ミャンマーで焼け野原になった畑を再生させるプロジェクトをしたい、知恵はありませんか?」そういう内容のメッセージを受けました。冗談で言っているのではありません。村ごと焼き尽くされてしまい、国内外の別地へ移住を余儀なくされている人々のことを知らされ続けたこの2年以上もの間を振り返れば、こんな声を聞くことは自然でもあり、また不自然でもありました。でもこのメッセージにはなんとか生き続けていきたいという切なる願いと希望、そして訴えがあると思います。田畑の世話をすることができなくなり、収入も無くなるだけではなく、田畑も荒れます。
人間が人間を殺すことが、地上に対する攻撃でもあると教えてもらいました。個人を殺しているつもりでも、それは地上にあるあらゆるものの調和を崩し、殺す力は、自分の足元をも血で染めてしまうということです。
人はこの地上の草花、木と繋がっているのです。その綱が断たれるときを私たちは生きていて、私はこの断絶の力が渦巻く中でキリスト教神学の言葉で話しかけているということを改めて知らされました。

勝る頼みもしないこと

田畑が焼かれ、村から人々が追い出されていくことなど、誰も頼みもしていないとんでもないことです。深い苦しみでは

ここから先は

3,352字
この記事のみ ¥ 200

サポートいただけるととっても嬉しいです。ありがとうございます。活動資金として大切に使わせていただきます。感謝。