見出し画像

【連載】大山峻護のポジティブ対談 第6回 矢野燿大さん

画像1

大山峻護のポジティブ対談
~コロナ禍を乗り越える為のメッセージ〜
第6回 矢野燿大さん

『行動してこそ夢、行動しないのは幻』


この対談は『ビジネスエリートがやっているファイトネス』の著者・大山峻護が各界で元気に輝きを放ち活躍しているこれはと思う人達をゲストに迎え、コロナ禍の今だからこそ必要なポジティブメソッドをみなさんにお届けするもの。第6回は第34代阪神タイガース監督としてチームを引っ張り続ける矢野燿大さん。どんなに後ろ向きでもいい。言葉を大事にし、小さな一歩を踏み出すことから始めよう……。そんなお話です。


■野球のやり方よりも心のあり方

大山(峻護、以下大山) シーズンも始まろうという大変な時期にありがとうございます。僕は矢野監督とお会いすると監督というより先生というか、選手に近い存在だなといつも思うんですね。選手のためを思っての行動や言動が、でっかい人だなーなんて。

矢野(燿大、以下矢野) そんなことはないですよ(笑) ただ、そう思ってもらえるのは、現役を引退して、解説のお仕事をやらせてもらう中で、いろんなアスリートの方やビジネスの世界の方々とお話したことが大きかったと思います。
そうしていろんな人の話を聞いていると、なんというか、だんだんと「野球だからこうだ」という世界に疑問に感じてきたんです。
もちろん、自分も選手時代苦労してきたほうなので、根性や苦労は否定しません。というか大好きなほうです。でも、選手のモチベーションを上げるにしても、心がやられたら体も動かない。だからこそ選手の気持ちをわかることが大切。そう思っていろいろとメンタル面の勉強をし始めました。
そう考えると引退して一回野球を外から見られた経験は自分の中で貴重な時間だったと思います。

大山 僕は矢野監督の共感力がいつもスゴイと思うんですね。選手の気持ちになれるというか……。それはやっぱり、たくさん転んで、たくさん挫折してきたからできる部分なのかなと思っているんですが、その点はいかがでしょうか?

矢野 そうですね。中学時代はバスケ部でしたし、高校に入っても通算3本しかホームランを打っていない。東北福祉大に入ったのも、野球をやろうと思って受けた東京六大学を全部落ちたからで、もちろん推薦なんてなくて一般入試でした。
こうして自分の野球人生を振り替えってみても、プロ野球選手になれるなんて思ってもみませんでした。なので僕は、夢を描いてプロ野球選手になれたというよりは、コツコツやっていたら夢が近づいてきたと言ったほうが近いかなと思っています。

大山 プロ(中日ドラゴンズ)に入ってからはどうだったんですか?。

矢野 周りとのあまりの力の差に愕然としたのを思えています。「この世界でやっていくのはちょっとむりやな」と。まさに挫折ですね。
結果、中日では7年間目立った成績も残すことができず阪神(タイガース)にトレードで出されてしまい、またそこで挫折です(笑)
ただそれがターニングポイントになったというか、当時中日の監督は僕の恩師である星野(仙一)さんだったんですが、「くっそー、星野監督を見返してやる」というのが僕のパワーになって、30歳を過ぎて阪神でレギュラーを取ることになったんです。
そういう意味でいうとあまり活躍できた期間は多くないんですが、僕でもできたんだから、今見ている選手たちも「めっちゃ可能性を持っている」「もっとできる」、今は辛いかもしれないけど「ここで諦めるのはもったいない」と思ってしまうんです。だからこそ選手に(野球の)やり方よりも(心の)あり方について感じてもらえる部分を大切に指導をしています。

大山 選手にとって心のあり方は本当に大事ですよね。

矢野 もっと言えば、「ここで諦めてしまったら第二の人生でもきっと諦めてしまう」そんなふうに思うんですね。
例えば、よく「練習は嘘をつかない」といいますけど、僕は「練習は嘘をつくこともある」と思うんですよ。やっても、やっても結果が出ないことはある。実際自分もそうでしたし……。
でも、そこを選手が引退したときに次の人生の「励み」とか「糧」にできたら、やっぱり「練習は嘘をつかなかった」ということにできるんです。
いってみれば、嘘をつかないようにするのは「自分自身」。まさに心のあり方なんですね。そういったことを僕は「絶対的に選手たちに伝えていきたい」、そう思っています。

大山 いやー、ホントに矢野監督の下で戦える選手は幸せだなと思いますよ。今だけじゃなくて、先の人生までを考えて、言葉を掛けてもらえたり、考えてもらえたりする指導者ってそういないですから。
またそういうところで育った選手って目の前の快楽ではなく、先のことに目を向けられるようになるので、人生を大きく見ることができますよね。素晴らしいと思います。まさに先生ですね。すばらしい。

■言葉を大事にする

矢野 選手にあり方を伝えるという意味で言うと、言葉は本当に大事だと思っています。これはひすいこたろうさんの言葉だったと思いますが、僕は練習のときに「言葉は大事、夢は叶う、比べるのは昨日の自分」というのを選手との合言葉にしているんですね。
僕が「言葉は?」というと、選手が「大事」、「夢は?」というと「叶う」、「比べるのは?」というと「昨日の自分」を答えるみたいな感じです。
そうすることで選手たちが言葉を大事にしてくれて、周りと自分を比べるのではなくて、「昨日の自分を超えられるように今日の練習を頑張ろう」「いろんなことにチャレンジしていこう」と思ってくれたら嬉しいなと思っています。

大山 「比べるのは昨日の自分」、いいですね。人と比べだしたらきりがないですものね。他には何かありますか?

矢野 そうですね。今年のタイガースのスローガン「挑・超・頂 -挑む 超える 頂へ-」も当然ですがそれぞれに言葉への思いがあります。
まず挑=挑戦ですよね。僕は自分が苦労してきたこともあって、失敗することからしか成長できないと思っているので、「まずは挑戦することが大事だろ」ということ常に伝えるようにしています。
次に超=超える。これは数字や相手チームを超えるということもありますが、それよりも「自分超え」というのが僕の中では「超える」だと思っているので、スローガンの中でもこれを一番大事にしていきたいなと思っています。
これらのことが選手もスタッフも自然とできていけば頂(いただき)=頂点にいくだろうし、そういう気持ちで「トップを狙っていこうぜ」という思いも込めての今年のスローガンなんです。

大山 それでチームの雰囲気は変わってきましたか?

矢野 僕の中では変わってきた手ごたえはあります。それに加えて今年は選手に「オレらかっこよくなろうぜ」というのを伝えていきたいとも思っています。

大山 「かっこよくなろうぜ」ですか?

矢野 はい。1年目(2019年シーズン)は矢野ガッツじゃないですけど、チームの一体感を出すために、「ヒットを打ったらガッツポーズをしてくれよ」みたいにやってもらっていたんです。でも、この2年間チームを見てきて、当然そこにギャップというか疑問を持っている選手もいるんですね。
だとしたら、チームの一体感を出すにはどうしたらいいのか? 
最終的に選手自身が納得して楽しんでいるというのはどういう状態なのか?
そう考えたときに「それぞれのかっこよさを出せばいいんじゃないか」と思ったんです。

「黙々と日々何かをやり続けることがかっこいい」という価値観を持っているやつは、それを貫けばいい。その中から「かっこよさ」が湧き出てくれば、最後はそれを楽しんでいるふうにもなると思うんです。もちろん、大きなパフォーマンスが「かっこいい」と思っているやつはそれでもいいし、そんなことを選手やスタッフが感じてくれたらなと思っています。

大山 それぞれのよさが出ているチームって、試合を見るだけでもなんか楽しみですね。

矢野 ありがとうございます。もちろん今いったように、それぞれのキャラが「かっこいい」のもありますが、かっこ悪い時でもかっこよくできる、例えばヒットやホームランを打てば誰でもかっこよく見えますけど、三振しても、一塁まで一生懸命に走ってアウトになってもかっこよく見える、もっと言えば負けて悔しがる姿すらかっこいいと思ってもらえるようなチームになると、そこにチームとしてのすごみがでてくると思うんですよね。

大山さんもどんな相手にも立ち向かっていく、ビビっていないその姿が僕はかっこいいと思っていたし、皆さんもそう思っていたと思いますよ。今度は、僕から質問ですが、大山さんはどうやったらあんなにビビらずに大きな男たちに立ち向かっていけたんですか?

大山 ありがとうございます。僕はPRIDEのデビュー戦で網膜剥離をやって、そこからの復帰戦でグレイシー一族のヘンゾ・グレイシーと戦った事があって、その時は、勝つことがみんなへの恩返しだと思って、戦略的に戦ってなんとか判定で勝利したんです。
でも、実際に試合が終わってみると、ファンやマスコミから「あんな勝ち方をしている大山は許せない!」なんて、ものすごいバッシングを浴びてしまったんですね。
僕は、もともと格闘技ファンで選手たちからものすごい感動をもらって、僕もみんなに感動を与えたいと思って格闘家になったのに、「全く真逆の感情をファンに与えてしまった」と、その時すごく落ち込みました。でも、そこで気づいたんです。
ファンは「勝つことじゃなくて、(選手の)生きざまを見ているんだ」と。
それから、僕はリスキーではあるんですけど、真っ向勝負の戦い方に変えたんです。それこそあの時は心療内科に行くほど悩みました。でも、悩んで、悩んで、戦い方を変えたからこそ今の自分があるんだと、やっと最近ですが思えるようになりました(笑)

矢野 そうなんですよね。あの時はやだと思っていたけど、結果を見ると全部意味があるんですよね。たから選手たちには「諦めないでほしい」と思うんですよね。

■無理にポジティブに変えなくてもいい

大山 こうして、矢野監督のお話を聞いていると、監督ってずっと諦めない選択をしてきた人ではないかと思うんですね。でもいまコロナ禍で矢野監督のように壁があっても「諦めずチャレンジする人」と「諦めて思考停止してしまう人」の二極化しているところがあると感じていて……。先程のトレードの話でも監督はマイナスをプラスの材料にして前に進み結果を残したわけですよね。これってすごく大事なことなのかなと思うのですが。

矢野 そうですね……。ただ、本当は僕は気が小さくて「ビビリ」で「怖がり」なんです。だからプラス思考で前に進むというよりも、どちらかというと「怖いからじっとしていられない」というか、「じっとしていると怖さがどんどん膨らんでいくんで前に進む」というところもあるんだと自分では考えています。

大山 どういうことでしょう?

矢野 先程、「選手には諦めないでほしい」といったことと矛盾しているようにも聞こえると思うんですが、僕が東京六大学を受験したのは、実は「(野球を)諦めよう」と思ったからなんです。自分が高校の時に完全燃焼できていなかったので、レベルの高い東京に行って「自分が通用しない」ことで野球を諦められると思ったんです。結局、六大学には入れず、これまた強い東北福祉大で諦めようと思って野球をやっていたらプロに入ってしまった。

大山 へー、面白いですね。

矢野 でも僕がプロに入って3年目のときに同じ大学からプロに入った選手が戦力外になるのを見たとき、「メニューをただこなすだけの自分」「やらされている自分」に対して「明日は我が身やな」と思ったんです。そして、「そうだったらやれるだけやってみよう」と心に決めました。

大山 ポジティブのようにも思えますが……。

矢野 いや、これも実は僕の中では諦めるための準備のようなもので、やめたときに「オレ頑張ったよな」「こんだけやったよな」と言い訳するために「やろう」ということを選択しただけなんです。

大山 「やり残したことをなくそう」というような感じですか?

矢野 そうですね。それは努力でできるじゃないですか。
「これだけやったけどあいつには勝てんかったわ」というのは努力でできる。ただ、そうしてコツコツと努力しているうちに僕は結果がついてきて、今に至るわけですが、その時の選択は決してポジティブなものではなく、どちらかというと「自分の怖さを減らしたいがために努力した」ような部分が大きかったように思います。後から考えると結局それが「諦めないことになっていた」みたいな部分があるのかなと。

大山 今は監督として未来像をイメージしてワクワクしながら選手を引っ張っていくという感じですが、選手時代はそんな感じだったんですね。でも、自分を無理にポジティブに変えようとするのではなく、そんな後ろ向きに思えるような思考でも目の前のことにコツコツと取り組んでいけばいいと思えると心はずいぶん楽になりますね。

矢野 特に今は(コロナ禍で)動けなくなうような大変な状況でもあるので前を向けとは言い難いし、頑張れという言葉を使うのも難しいので、そんな考えもあってもいいのかなと思います。

■まずは小さな一歩から

大山 いやー、今日も本当にいい話をお聞きできました。ありがとうございます。最後にこれを読んでいる皆さんに一言お願いできますでしょうか?

矢野 そうですね。「行動してこそ夢、行動しないのは幻」。これはこの間書き留めた言葉で、メンタルダウンしている人にはちょっと重い言葉かもしれません。
しかし、ほんの小さな一歩でもいいので、コツコツと歩みをすすめる。それが、You Tubeで面白い動画を見て笑うだけでもいいので、まずは自分を喜ばす一歩を踏み出し、それができた自分を認めてあげるようなことも今は大事なのかと思います。
もし今、コロナ禍で心が折れそうになっている人がいるのならば、憧れる人のSNSをワンクリックすることからでもいいので、ぜひ小さな一歩を踏み出し、そうして行動した自分を認めて上げることから始めてほしい、そう思っています。

大山 「行動してこそ夢、行動しないのは幻」。すごくいい言葉をいただきました。
今、大人も子どもも自己肯定感が低くなっている人が多いと言われるので、この話は大事ですね。現役時代の僕は自己嫌悪の塊みたいな人間だったので、自分を認めてあげるような気持ちを少しでも持っていたら、また違った選手生活を送っていたかもしれないです。
今日はいろいろとお話いただき、本当にありがとうございます。矢野監督のやっていることは野球界を超えていますよね。今年の阪神タイガースが楽しみです。

矢野 ありがとうございます。僕も楽しみにしていますし、みなさんに元気を与えられる戦いができたらと思います。

-終わり-

画像2

矢野燿大(やの・あきひろ)
1990年、ドラフト2位で中日ドラゴンズに入団。入団後は控え捕手でありながら打撃を買われ、外野手でもスタメンに名を連ねる。球界のみな1997年オフ、2対2の大型トレードで阪神タイガースに移籍。移籍後、正捕手となった。1999年には初の三割を達成し、2004年には36歳で全試合出場を達成するなど、長年にわたりタイガースの司令塔として活躍。
ベストナイン、ゴールデングラブの常連で球界を代表する捕手として、球界のみならず全国のファンからも大きな支持を得る。また社会貢献活動として筋ジストロフィー基金を作るなど、その人柄は大きな評価を得る。2010年、右ひじの故障が原因で引退を決意。2016年に阪神タイガースのコーチに就任し、2018年に二軍監督。2019年からは一軍監督に就任し今季で3年目を迎える。

矢野燿大オフィシャルサイト
http://yano39-88.jp/

阪神タイガース公式サイト
https://hanshintigers.jp/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?