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Hangman's Tale 〜アダム・ペイジの物語〜

"ハングマン" アダム・ペイジ

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日本のプロレスを中心に見ている方にとっては、ケニー・オメガ時代のBullet Clubの一員、そしてその内部ユニットにしてAEW旗揚げ中心メンバーであるThe Eliteとして馴染みがあると思う。

AEWを追っていない方にとってその印象は『才能あるいち若手レスラー』といったところではないだろうか。ずっと私もそうだった。

来たる11月13日(日本時間14日AM10:00)、彼はAEW秋のPPV『Full Gear』においてAEW世界王座に挑戦する。その王座に君臨するのはかつての親友、The Eliteを率いる絶対王者ケニー・オメガ。

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実は現在ペイジはThe Eliteの一員ではない。その言葉のとおりエリートではなくなった。しかし決して一人きりで闘っているわけではない。暗闇で出会ったソウルメイトのため、天国から見守るExalted One(高貴なお方)のため、己の誇りと心の安寧を掴むため、彼は今レスラー人生最大の闘いに向かおうとしている。

この記事では、これまでAEWをあまり追って来てなかった、あるいは最近見始めてor気になるけどストーリーがよくわからないという方に向けて、『何故ペイジはThe Eliteを脱退する事になったのか』、『如何にして怪奇派ユニット"ダークオーダー"と友情を築いて来たのか』、そして『何故ペイジはケニーに立ち向かい、勝たなければいけないのか』これらに焦点を当てて紹介していきたい。

これは2019年のAEW旗揚げから今回の王座戦に至るまで三年弱かけて積み上げられた物語。『不安げなミレニアル世代のカウボーイ』が生み出す熱狂を一人でも多くの方に届けたい。その思いからなるべく噛み砕くことを心がけたが、なにせ団体とレスラー達が歳月を掛け丁寧に積み上げてきたストーリーである。私自身、この物語に心を鷲掴みにされており熱を帯びて相当な文字数になってしまった。

何故これほどまでに心を打たれ大量の文字をぶつけるのか。
プロレスという非常に曖昧な手法を以てしか描けない繊細な心理描写、人間模様が詰まっているから。それを紡ぐ彼らの姿を多くの人に見てほしいから。こんな世の中でも誰かと手を取り合いたいから。つまりただひたすらにプロレスへの愛から。

この記事をせっかく開いてくれたあなたには『Full Gear』が始まるその瞬間までに少しずつも読み進めていただければ本当に嬉しい。

前置きが長くなってしまったが最後にもう一つ。この物語は王者ケニーの視点から語れど心震えるものになると私は知っている。だがそれは日本にも既に沢山いる熱いケニーファンに任せよう。

私は『Dark Order "24"』として、全てを手に入れし者に闘いを挑む立場で、Hangman's Tale(ハングマンの物語)をここに置いていく。

そして読み終えた暁には、あなたがアダム・ペイジとダークオーダーに寄り添っていただけることを願ってやまない。

あなたにもダークオーダーがもたらされんことを。

AEW旗揚げ(2019年1月~)

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2019年初頭、コーディ・ローデス、ケニー・オメガ、ヤングバックスをはじめとするThe Eliteの面々は、新日本プロレス及びROHを離脱後、兼ねてから噂されていた新団体”All Elite Wrestling”、AEWの設立を発表。ペイジは旗揚げメンバーとして同団体に参加する。

5月に行われた旗揚げ大会『Double Or Nothing』にて彼はカジノバトルロイヤルを勝ち抜き、第二弾PPV大会『ALL OUT』で行われる初代AEW世界王者決定戦への挑戦権を獲得。

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早速やってきた大一番の対戦相手は『DON』のメインにてケニー・オメガから完全勝利したプロレス界の重鎮クリス・ジェリコ。名実共にプロレス界トップの選手とAEW世界王座を賭けた対戦が決まった。
ペイジは"ALL ELITE"を標榜する団体において、出だしから予想以上、期待以上のエリート街道を突き進んでいた。

迎えたALL OUTのメインイベント。後に『指先まで引っかかったのに失敗した』と本人が語るように、激戦ではありながらも最後にはジェリコに格の差を見せつけられ新必殺技ジューダス・エフェクトに撃沈。惜しくも初代王者になり損ねた。

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この一世一代の大一番を控え彼は意気込みをこう語っている。

『ジェリコはこの王座が”欲しい”と言った。俺には”必要”なんだ。』

The Eliteのメンバーで唯一団体最高王座戴冠歴、あるいはエースとして団体を率いた実績がないペイジにとって、その肩にべったりと張り付いた「エリート」の文字に相応しい実績を必要としていたんだろう。証明するには初代王者に名を刻むしかない、と。

また、試合に臨むにあたってヤングバックスの二人には『ケニーが大一番に臨むよう時の様にリングサイドで俺のそばにいてくれないか』とその不安な心中を吐露している。しかし彼らは同日にルチャブラザーズ(ペンタ・エル・セロ・ミエド&レイ・フェニックス)とのラダーマッチがあることを理由に辞退。

目に見える形での親友達のバックアップを得られず、単身臨んだキャリア初の最高王座戦。地元バージニアから応援に駆け付けた両親と最愛の妻の目の前での敗戦。

ここから彼のキャリアは静かに、ただし確実に深い暗闇へと飲み込まれていく。

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心の焦りは身体の鈍りを生む。初代AEW王者になり損ねて以降シングル戦線でなかなか結果がでない。同時期にAEWは全米で放送されるウィークリー番組”Dynamite”を開始しており、連敗の極めつけとして百万人が視聴する前でPACに締め落とされてしまった。

この頃、ペイジはThe Eliteのメンバーに対して幾度か脱退を申し出ていた。『俺はもうエリートじゃない。ここにいるべきじゃない』と。

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全てを賭けた王座戦で敗戦し、連敗続きにも関わらず『エリート』を名乗る自身の立ち位置にずっと違和感を覚えていた。少し考える時間が欲しいとその心中を吐露するペイジにEliteの面々は軽い口調でこう答える。

『俺たちはエリートだ。ファミリーだ。気にするな。』

一度敗れた者がまた再び失敗する事への恐怖。彼は逃げても逃げても影のように忍び寄る不安を口にすることも、あるいは一人静かに向き合うことも許されず。そんな胸中に想像も及ばないエリート達と常に過ごさなければいけない時間が流れる。

そしてペイジは王者になった。

AEWタッグ王座戴冠(2020年1月~)

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世界王者ではなくタッグ王者に。

パートナーは同じThe Eliteのケニー・オメガ。初代タッグ王者フランキー・カザリアン&クリストファー・ダニエルズのSo-Cal Uncensored(SCU)から王座を獲得する。

旗揚げ戦にて一躍エース候補に躍り出るもそれに成り損ねたペイジと、旗揚げからエースとしての活躍を期待されながらもシングル戦線大一番で連敗を喫し、タッグ戦線に活路を見出したケニー。

出鼻は挫かれた二人であったが流石はエリートといったところか、数々の挑戦者を相手取り王座戦で素晴らしい試合を残しながら退けタッグチームとしての名声を獲得していく・・・はずなのだがそれでもペイジの悩みは尽きない。

『世界最高のタッグチームはヤングバックス』

たとえタッグ王者になったとしても誰かのその声は頭からこびりついて離れない。また、彼にとってもう一つの不幸は、傍に立つパートナーが『世界最高のレスラー』と呼ばれるケニー・オメガだったことだ。

『俺を無視するな、負け犬の様に扱うんじゃない。』

自らの存在を証明するため、あるいは自身を鼓舞するように大声で主張するものの下され続ける評価。直接誰かに言われたわけではない。それが内なる声であると自覚していても。ゆっくりと心は蝕まれていく。

王座を掴めど心の安寧は訪れず。彼がたどり着いた答えはアルコールによる救済だった。

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vs ヤングバックス(2020年2月~)

一方のヤングバックスも旗揚げ以降決して期待に添った活躍を見せることはできていなかった。タッグ王座決定トーナメントに敗れて早々に王座戦線からはじき出されるなど、彼らもまた躓いていたのだ。挙句、自身らが低空飛行を続けている間にタッグ部門のランキングを駆け上がっていったのは同じThe Eliteのケニーとペイジ。しかも彼らが先に王座を手にしてしまった。

とはいえバックスの二人もさすがはエリート。2020年に入ると一転好調をキープし、遂にケニーとペイジが持つタッグ王座への王座挑戦権を獲得するまでに至る。

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世界最高のタッグ戦線。AEWでタッグ王者になるということ、その場所で世界最高のタッグチームであると叫ぶこと、すなわちヤングバックスを倒さなければいけないということ。約束された対戦が訪れたのだ。

The Elite同士のこの対戦を控え、両者は『ベストを尽くすだけだ。どちらが最高か証明しよう。』と互いを尊重し、アスリートとしての矜持を胸に誓い闘う姿勢を見せる。

アダム・ペイジただ一人を除いて。

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『もうお前らの後ろに立ちながらうなずくだけの男じゃない』
『いつまで格下扱いするんだ』
『おい見ろよこのネームプレート。俺の名前が刻まれてるぜ』
『まさか俺がお前らより先にタッグ王者になるなんて思った?』

グラスを片手に無神経な発言を連発するペイジ。酒を嗜まずストレートエッジなケニーやヤングバックスには、呑んだくれと化したペイジの行動、自信喪失から立ち直れない現状を理解できない。

当初彼らも手を差し伸べていたが、徐々にその横柄で身勝手な態度に愛想を尽かしつつあった。

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特にケニーの心中には複雑な思いが横たわっていたのだろう。無二の親友であるヤングバックスと闘うことへの思い。ましてやタッグ戦で彼らと向かい合うということの意味。袂を分かった遠い島国の愛するもう一人の親友とその身をもって体験している。

いったいどれほどまでに心身を削らなければならないか。と。

ところがどうだ。今現在、手を取り合わなければいけない男はほとんど常に酔っ払っている有様だ。

The Elite内、特にペイジとヤングバックスの間に大きなズレが生じ始める中、試合を控えた対面式のインタビューでマットとニックがこう口走る。

『お前をバレットクラブに加入させてROHのジョバー役から拾ってやったのを忘れたのか』

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迎えた2020年2月のPPV大会『Revolution』にて死力を尽くした両者のこの試合は、史上最高のタッグマッチと呼ばれるほどの激戦となった。

戦前にバックスからかけられた言葉のためか、四人の中で最も格下と見なされ続けたフラストレーションによるものか。ペイジは試合を通してヤングバックスに敵意剥き出しで向かって行く。売り言葉に買い言葉。激しい攻撃で応戦するマット。困惑するケニーとニック。

六通りに絡み合う複雑な人間模様が描かれたこの試合は、ペイジがマット、ニックの両方に必殺のバックショット・ラリアットを炸裂させた末、マットからフォールを奪い王座防衛となった。

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試合後。リングの中には本来あるべき同門対決による清々しさは一切存在しない。困惑、怒り、諦め、赦し。渦巻くないまぜの感情はその解決を見ないまま、世界はパンデミックに襲われた。

vs Inner Circle(~2020年5月)

世界中がシャットダウンされるという未曾有の事態。それはプロレスという非日常空間にも侵食。ペイジは長期間番組に出演できない状態に陥ってしまう。ところがこれが図らずもペイジとThe Eliteをもう一度結束させる冷却期間となった。

ジェリコ率いるインナーサークルとのユニット間抗争にて苦戦を強いられていたThe Elite。相変わらずその手にはグラスが握られてはいたものの、決着戦の舞台でペイジは帰還しThe Eliteの勝利に貢献。

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『もういいんだ。このままやっていくよ。俺はThe Eliteを愛してる。でもお前ら(ヤングバックス)は好きじゃない。お前らもそうだってわかってる』『学生時代のイヤーブックを開いたら裏表紙に「良い夏を!」って書いてるだろ。今の俺たちってたぶんそんな感じなんだと思う。』

ヤングバックスから勝利を収めた後も防衛を重ねてはいたが、The Eliteのメンバーとはただ一緒にいるというだけという雰囲気で心は一つになっていない。ただひたすら無機質に並み居る挑戦者を下すだけとなっていた。

ペイジは相変わらずひたすら一人で飲みまくる。いつまでたっても評価を得られない。認められない。恐らく世界でたった一人、彼だけが自分を評価していない。そんな心中を察することはついぞできず、もはや手の施しようのないと放任するThe Eliteの面々。

vs FTR そして The Elite追放(2020年9月)

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ここで登場するのがFTR。かつてWWEではリバイバルとして鳴らし、当時からネット上で論争を繰り広げ、ヤングバックスをはじめThe Eliteとも因縁深いタッグチームだ(いわゆるFxxk The Revival騒動)。彼らもまた世界最高のタッグチームと呼ばれる。

元々隣州出身であるペイジとFTRの二人は酒を交わしながら意気投合、確執なんぞどこ吹く風でThe Eliteとの共闘の意思を示していた。

しかし世の中そんなに甘くはない。全てFTRの策略であった。分裂寸前の王者組の隙を百戦錬磨の彼らが見逃すはずもなかった。近寄ってきた二人は酒を酌み交わしながらペイジの耳元で何度も何度もこう囁く。

『またエリート同士でやる必要なんかないだろ』
『バックスがお前に言ったことを忘れたのか。あれはひどいよな。』
『わかるよ。お前は才能に溢れているのに、何であいつらはお前を無視するんだろうな』

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二人に唆されたペイジはなんと挑戦権を賭けたヤングバックスの試合に介入。必殺のメルツァードライバーを敢行しようとエプロンサイドに立ったニックの足を掴んだことで、その隙にマットがフォールを奪われる。ヤングバックスを敗退に追い込んでしまったのだ。

いくら喧嘩中とは言え、まさか同じEliteの親友が王座への道を邪魔するほどの行動を取るとは。困惑と怒りに満ちたバックスを尻目に挑戦者決定ガントレットマッチを勝ち進んだのはFTR。

試合後またもや一人バーにいたペイジを見つけたマットとニックはこう捲し立てる。
『いつまでジョバーと呼んだことを根に持ってんだ』
『また俺たちと闘うのが怖いだけだろ』
『お前は酔っ払い以外の何者でもない。追放だ。』

※この50秒程度のスキットでペイジはその口をほとんど開きませんが目の動きだけで見事なストーリーテリングを見せます。泳ぐ目、動揺、割れる鏡。必見です。

最終的にはFTRにも突き放される。

『俺たちじゃない。「お前が」、「自分の意志で」、バックスを敗退に追いやったんだ。ほら、自分で言ってみやがれ。』

迎えた『ALL OUT』でのFTRとのAEWタッグ王座戦。一度解れた糸を縫い合わせる事は出来ない。ケニーとペイジは老獪な二人の前に奮闘するも敢えなく敗戦。
当時の最長記録となる228日間続いた政権は、その華々しい記録とは裏腹にあっけなくその終焉を迎えた。試合後フォールを奪われ前後不覚状態のペイジが無意識の内にケニーの胸に倒れ込む。

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アダム・ペイジは一人ぼっちとなった。


シングル戦線へ(2020年9月~)

タッグ王座を失ったが立ち止まってはいられない。居場所も自身も失った今、自らの手で成功を手繰り寄せなければならない。ペイジはAEW王者ジョン・モクスリーへの挑戦権を賭けたトーナメントに参加する。そして順調に勝ち進んだ決勝戦の相手はケニー・オメガ。両者は『Full Gear 2020』で激突することとなった。

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追放はされたものの特段大きくいがみ合っているわけではない。『お前の手は読めてるぜ。』まるでそう主張しあうかのように元タッグパートナーならではの噛み合いを見せ、スピード感にあふれる名勝負を展開。

最後は肩の上でもがくペイジをケニーが片翼の天使で封殺。ベストバウトマシーンの本領発揮といったところか、旗揚げ以来長らく王者の姿を待ち望まれたケニーが遂にAEW王座への挑戦権を獲得する。さらに同大会ではヤングバックスが因縁のFTRを下して新AEWタッグ王者となった。

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遂に頂点を掴んだバックス。あと一歩のところまで来たケニー。
歓喜にあふれるThe Eliteの輪をドアの外から見つめるペイジ。

『悪かった』のたった一言で良い。身勝手な行動を省み、赦しを請うには今しかない。

居場所も、自信も、最後にしがみつこうとした称号すらも…失ったものばかりにしか目がいかず、手元に残ったのは空のグラスのみ。ペイジは静かにその場から立ち去るのであった。

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JOIN THE DARK ORDER

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"1" イービル・ウノ 中央のマスクマン
"2" ステュ・グレイソン 坊主頭+ペイント
"3" アレックス・レイノルズ 前列長髪イケメン
"4" ジョン・シルバー 坊主頭+ヒゲ
"5" アラン・エンジェルス 後列マスクマン
"8" コルト・カバナ 画像にいないけど皆さんご存知
"10" プレストン・ヴァンス 後列筋骨隆々のマスクマン
"99" アナ・ジェイ 天使


彼らの名はDark Order(ダークオーダー)。2019年のAEW旗揚げより正体不明の『Exalted One(高貴なお方)』を教祖とするカルト集団であり、メンバー全員に番号が振られている。初期の頃はウノ&ステュがタッグ戦線のヒールとして活躍してきたユニットであった。

彼らは組織をより強固にする人材を求め、ウェブサイトの立ち上げやCMの作成、口説き落としに実力行使。数々のレスラーを勧誘対象として抗争を繰り広げてきた。

2020年3月にExalted Oneの正体がブロディ・リーであると判明してからは、更に勢いを増し現在に至るメンバーを構成。ブロディのAEW世界王者への挑戦は失敗したものの、続けざまにAEWの顔コーディ・ローデスに挑戦。彼を完膚なきまでに叩きのめしてTNT王座獲得するなどパンデミックに見舞われる団体のメインストーリーを支え、活躍してきた。

勢力拡大をもくろむダークオーダーは番組内での活動と並行して『Being The Elite(※)』においてもその勧誘に力を入れていく。そしてこのBTEにおけるメンバー勧誘活動を通じて彼らはグループの真価を発揮する事となった。

※ケニー、ヤングバックスを中心に立ち上げられたYouTubeチャンネル。毎週月曜日に新作をアップ。新日本在籍時に開始した当初はThe Eliteの面々の旅Vlogという趣であったが、徐々に繊細な心理描写や長期的な伏線が貼られるなど、TVだけでは描き切れないAEWのストーリーの奥行き、解像度を深める番組としてファンに愛されている。

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ブロディの息子("-1")以下と評される幼稚な言動を連発するシルバー。彼に振り回され時に共にバカをする相棒レイノルズ。悪ノリの標的にされがちな末っ子"5"。ブロディの秘蔵っ子でムキムキだがドラッグ中毒の"10"。実権を持つ最高幹部かと思われていたウノは板挟みに悩む中間管理職と判明。なんならブロディより権力がありそうな紅一点アナ。彼女が近くを通る度に何故かボコられるウノの相棒ステュ。優しくまとめあげる父性の塊カバナ。
メンバー全員から心酔されてはいるものの、度重なる彼ら(主にシルバー)の失態に苛立ち、高圧的な物言いでFワードを連発するブロディ。

彼らはコメディの才能を爆発させたのである。

ユニットのコンセプトとは裏腹にそのコミカルなスキットの数々は徐々にファンからも支持を集め、ゆるやかにベビーフェイスとみなされ始めていく。

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ダークオーダーとの邂逅

ある日、部下の勧誘失敗が立て続き不機嫌なブロディの前に、少しぎこちない様子のペイジが現れる。The Elite内で他メンバーとすれ違う自らの現状に思い悩んでいた頃、ペイジは誘われるかのようにダークオーダーの勧誘サイトに辿り着いていたのだ。

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サイト内の『お悩み相談窓口』に名前や電話番号、自身の悩み事など必要事項を記入して送信していたが、待てど暮らせど全く返事がなく、やはり加入は思い直したから忘れてくれと伝えに来たのだという。

以前より孤立するペイジに目をつけていた事もあり、突然の好機に驚きながらもブロディ自らが即座に直接勧誘。結果この場では失敗するのだが、この出来事によりダークオーダーは照準を定めることとなった。

それからはリング上、バックステージ、幾度となくありとあらゆる甘言で誘いを受けるも、『俺はカルトには入らない』と頑なに態度を崩さないペイジ。平行線を辿り、大規模な抗争に至ると思われた物語は、思いもよらぬ形で急展開を迎える。


ブロディ・リー(本名:ジョン・フーバー)の逝去2020年末、プロレス界はまた一人偉大な人間を失った。

リング上の才能もさることながら、そのキャラクターとは裏腹の愛くるしい笑顔から溢れ出る人柄(※)により、バックステージリーダー的存在であったと言われるブロディ。

享年41歳。あまりにも早すぎる彼の死は、率いてきたダークオーダーのメンバーをはじめインディ時代からの友人が多く在籍するAEW関係者、ルーク・ハーパーとして在籍していたWWEに在籍する友人、CMパンク、ブライアン・ダニエルソンのAEW参戦動機に至るまで、プロレス界全体に多大なる影響を与えて行く。

(※インディ上がりのダークオーダーのメンバーが、よりTV画面で映えるようにと自腹でコスチュームを製作して買い与えた等、そのエピソードの枚挙に暇が無い)

AEWが実施したブロディ・リーの追悼番組。2020年最終放送となったこの大会で彼らは共闘することになりブロディに勝利を捧げた。そして・・・

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アダム・ペイジとダークオーダーは友達になった

ブロディが闘病生活に入った2020年10月頃より、残されたダークオーダーはリーダーの意思を引き継ぎペイジに絡みまくる。本当に絡みまくった。
『やあカウボーイ!一緒に西部劇でも作ろうよ!』
『ヘイ!ハングマン!ハロウィンパーティしようぜ!』
『クリスマスパーティもしよう!』
『一緒に入場する時のコスチューム作らない?』
またある時は、
『俺たちは友達だ。だから一緒にいるんだ』
『勝っても負けても俺たちがついてる!』
『お前は一人じゃないぞ』

胡散臭い団体お決まりの甘言や巧妙(?)な勧誘の数々、シルバーが決死のプロポーズ大作戦を発動したり、共通の敵マット・ハーディを倒すべく共闘するなど、両者は一定の協力関係を持っていた。しかし一度チームを追放された過去を持つペイジのトラウマは大きく、いつまで経っても拒み続け正式加入には至らない。

ペイジには偉大なリーダーを失ったメンバーへの同情もあっただろう。
ダークオーダーの面々にとっては大きく空いた心の穴を誤魔化すためだったかもしれない。それでも彼らは紛れもなく友情を育んでいった。
まるで大切な何かを失った者達が優しく寄り添い合うように。

ただ両者が共に過ごす時間は確実に増えていき、徐々に腐れ縁のような、奇妙な関係が生まれていった。

vs The Elite(2021年7月~現在)

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AEW世界王者、インパクト世界王者、AAA王者となったケニー・オメガ。彼もまた旗揚げ以降もがき苦しみながらも、ペイジを下して得た挑戦権を元に、ジョン・モクスリーからAEW王座を奪取。そして衝撃のヒールターン。

かつてファンが夢見た絶対的ベビーフェイスのエースではなく、裏打ちされた実力となりふり構わぬファイトスタイルに変貌を遂げ、ヒール王者、ユニットのボス、禁断の扉を自由に行き来するベルトコレクターとして君臨。

ヤングバックス(AEWタッグ王者)、グッドブラザーズ(アンダーソン&ギャローズ)等、ペイジが去った”エリートな”親友と共に悪事の限りを尽くしていた。

並み居る挑戦者を倒したケニーはこう宣言する『もう倒すべき相手がいない。軒並み倒した俺に向かってくる勇気がある奴はいない。』と。

JOIN THE DARK ORDER

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『本当にそうでしょうか、Mr.ケニー・オメガ。貴方の頭の中には一人の男が浮かんでいるはずです。おそらく私が浮かべている男と同じ人物だと思いますが。』慇懃無礼にもケニーを挑発するウノを先頭にダークオーダーが現れる。そこにペイジはいない。

ケニー『そうかもな。じゃあなんでその男は今お前らと一緒に出てこないんだ。自分がこのベルトに値しないとその男もわかってんだろ。自信がない奴にこの王座に挑戦する資格はない。』

過去の失敗による自信喪失から未だに立ち直れず、王座挑戦を(その本心ではかつての親友に立ち向かう事を)望んでいないと言い張ってきたペイジ。いまだに折り合いをつけられず、相変わらずアルコールに頼っているような状態にもかかわらず、断りもなく挑戦を申し出たダークオーダーに憤る。

そんな彼を前にして、新たな暗闇の使者たちは優しく、厳しく言葉をかける。

 『お前はわかってるはずだ、心の奥底では挑戦を望んでる』
 『恐れてるのはケニーじゃなく失敗する事だろ』
 『挑戦し続ける限りは失敗したっていい』
 『一人じゃない』
 『勝っても負けても俺たちがついてる』
 『お前の出番だ』

それはかつて組織の為に並び立ててきた美辞麗句と同じような言葉たち。欺瞞と偽りに満ちていたそれらは長い時間をかけながら、言葉それ本来が持つ意味を取り戻していた。

最も重要なことは、大きく傷ついたペイジの心を徐々に優しく癒やしながら、いつしかその背中を押すまでになっていた事だ。

カウボーイはダークオーダーを見つける

挑戦を前にして王者ケニーからは次の条件が提示される。

・The Elite vs Dark Order 5vs5のエリミネーションマッチに勝つこと
・DOが勝ったらペイジのAEW王座への挑戦・更にダークオーダーにヤングバックスが持つAEWタッグ王座挑戦を認める
・ただしThe Eliteが勝ったら全て認めない

『お前に聞いているんだペイジ。友人の分も背負えるないだろうがな。』とイヤミも添えられて。

しかしもはやペイジに迷いはなかった。

『ダークオーダーは闘いから背を向けない。受けて立つ!』


遂にダークオーダーとしてかつての親友たちに立ち向かう事になったペイジにメンバー達がある物を手渡す。かつてアルコールへ依存するペイジのために実施したアートセラピー(を模した勧誘)にて、彼が描いた絵に基づいて作られたダークオーダー仕様、紫色のコスチュームであった。

迎えた決戦の日、番組オープニング後に場内は暗転。
『カウボーイになるには?』をテーマとしたナレーションが添えられたプロモーションビデオが放映された直後、新たな入場曲『Hangman's Tale』と共にダークオーダーは姿を現す。

※是非以下拙訳とともに動画をご覧ください!歴代最高レベルの入場!

 カウボーイになるには何が必要だろう?
 それはブーツでもなければバックルでもない。チャップスでもジーンズでも。投げ縄や牛でもなければ、馬でも鞍でもない。
これ以上挙げるものはないと思うだろう?

カウボーイになるにはカウボーイハットすら必要ないんだ
 彼らは友に手を差し伸べる事ができないほど忙しくはないし、 差し伸べられた友の手を拒むほどプライドも高くない。
 地面に叩きつけられ、踏みつけられ、血まみれになろうとも、埃を払って立ち上がる。

 そして友に寄り添いながら"全てを手に入れし者"に挑戦する。心の安寧を手に入れるまで、ひたすら進み続けるのだ。




ここまで読んでいただいた方になんとお伝えすれば良いだろう。これがちょうど先週あたりの話でしょと思われたかもしれない。長い時間をかけてようやくケニーに立ち向かうのか!と。

なんとダークオーダーは負けてしまった。

人生とは本当に難しいもので、いくら心を一つにして何かに挑んでも百戦錬磨のエリートには敵わない事は多々ある。悔しい。悔しい。でも負けは負け。結果は結果。約束は約束。

そしてアダム・ペイジは姿を消した。

自らだけでなく友人達の王座挑戦権をも失わせてしまったペイジは、The Eliteとの全面戦争での敗北を受け、またもや期待に応えられず失敗した事実に全く向き合えない。

『俺のせいでお前達の王座挑戦権も失わせた。別々でやって行くべきだ』とダークオーダーを突き放し、一つのDVDを残して彼らの前から姿を消した。

それはBTE内で長らくダークオーダーと共に撮影し、編集を任されていた自主映画の完成版と思われるものだった。

※こちらもペイジが残したメッセージ(拙訳)と共にご覧ください!クリックすれば該当部分から始まるように設定済み!

『俺たちの映画が流れると思ったろうけど…実は完成させられなかったんだ。CGIはめちゃくちゃ難しいし、撮影しまくったセックスシーンは切っても切っても1時間半を超えちゃって…映像素材は笑いまくってる俺たちばかりでほとんど使えなかったよ。…とにかく映画は無しだ。
 俺はまたこれから一人でやっていくし、お前らは新しく誰かを勧誘しなきゃいけないだろ?……………だから.....その....新しいリクルート用のCMを作ったよ。今度は俺の番だって決めたんだ。気に入ってくれたら嬉しいな。』


IS THE DARK ORDER FINE?

ブロディ没前後よりペイジ勧誘に没頭してきたダークオーダーの面々。彼らはこれまで見て見ぬふりを続けてきた問題を直視せざるを得なくなる。すなわち『誰が組織を率いるのか』

The Eliteとの試合に敗れた翌週、追撃を受けるペイジを見かねてシルバー、レイノルズ、”5”が救出のためリングに駆け込もうとしていた。
しかしウノとステュは『一人でやっていく』というペイジの言葉とプライドを尊重すべきだと救出を制止。結果Eliteからの袋叩きにあったペイジはその心身へのダメージにより離脱する事になったのだ。

ブロディ出現まで組織のスポークスマンとして率いてきたウノは、その使命感と他メンバーに勝るキャリアから実質的なリーダーを自負し、そう振る舞うようになる。頭からこびりついて離れない『ブロディの様なリーダーにはなれない』という言葉の呪縛を振り払うように。

しかしペイジと特に距離が近かったシルバー、レイノルズ、”5”は、『例え何があっても友達に手を差し伸べるのが友人だ』と前述の件に不快感を示したことに加え、『俺たちにはブロディ以外のリーダーは要らないはずだ』と、リーダー然と振る舞い他メンバーに無遠慮な発言を繰り返すウノ、その相棒ステュへの態度を硬化。

簡単に解決する問題ではないと仲裁に入るカバナ。ブロディのお気に要りだった"10"はどちらにも付けず、怪我から復帰すると分裂の危機にさらされている現状に激怒するアナ。

Exalted Oneはもういない。ペイジもいない。

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俺がまとめなきゃいけないというエゴ、何も変える必要はないというエゴ、答えの出ない二つの問いに揺さぶられ、幾度かの直接対決を経ても歩み寄ることはできず。

泥沼化の一途を辿ったまま、ブロディの地元ニューヨーク州ロチェスター大会を迎える。久々にチーム全員で試合に臨むが、相変わらずの誤爆を繰り返し、ついには試合を放棄するウノとステュ。バックステージに戻ろうとしたその時!!!

ハングマンが!!!



登場することはなかったが、メンバー全員が最も恐れるブロディの妻アマンダと息子のジュニア(-1)が登場。ウノを紙の束で殴り𠮟りつける。かつてブロディがそうしたように。

『ブロディはもうここにいない、でもいつまでもここにいる。だからありのままでいい。』

以前より強固になった絆と一つの答えにたどり着き、ダークオーダーは再結束した。さあ、あとはアイツの帰りを待つだけだ。


カウボーイは埃を払って再び立ち上がる

CMパンク、アダム・コール、ブライアン・ダニエルソン、ボビー・フィッシュ。相次ぐ大物の参戦に沸くAEW。それでもケニーは並み居る挑戦者を下し尽くしもはや絶対王者となっていた。

団体が提示した用意した次なる挑戦者の決定方法はカジノラダーマッチ。

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ジョン・モクスリー、オレンジ・キャシディ、ランス・アーチャー、アンドラーデ・エル・イドロ、PAC、マット・ハーディ。団体屈指の実力者が競うケニーへの挑戦権。7人目の参加者はジョーカーとして伏せられていた。

しかし、どれだけ多くのレスラーが新たにAEWに参戦しても、それがどれだけ大物であっても。たとえリング上でどれだけの人気者が戦っていても、今はこの瞬間は誰の時間か、ケニー・オメガに立ち向かい、そこから引きずり降ろさなきゃいけない男が誰なのか、みんなわかっていた。



何度も何度も転げ落ち、友人の手を借りながら再びこの場所へ。二年前、一度は掴んだTIPを再びその手に取るべく、アダム・ペイジは帰ってきた。


挑戦権を手にしたペイジは自身のキャッチフレーズ『Cowboy Shit』がなんたるか、自分がどういう人間か、すべてをさらけ出してこう叫ぶ。

 転げ落ちても立ち上がればいい。馬に戻って前を向いて走り続ける。それこそ、俺にとってのCowboy Shitだから。
 俺は占い師じゃないし、Full Gearの結末を予言するつもりもない。ただ、お前らはまだこんな俺を信じてくれてるだろ。だから俺も生まれて初めて、自分を信じる事にしたよ。
 約束する。Full Gearではお前らに全てを捧げる。俺の心を、魂を、お前らに捧げる。全身全霊を捧げる。血を、汗を。あるいは涙も捧げるかもな。
 100%の確信を持って言えるのは、Full Gearでお前らにCowboy Shitを捧げるってことだ!!!


アダム・ペイジはそれでも馬に乗る

対戦相手はかつての親友、ベストバウトマシーン、クリーナー、世界最高のレスラー、ケニー・オメガだ。全てを手にするエリート。

今のケニーはペイジがなってはならない姿。いや、なろうにもなれない姿。そんな男が相手だ。

(何度でも立ち上がれば良い?弱者の言い訳だろ?)

いいや、違う。何度でも立ち上がる。何度でも立ち向かう。つまりそれは最後には俺たちが勝つって意味だ。

さあ、もう少し。本当にあと一つ。たった一つだけ。

Hangman’s Taleは勝利を掴んでからが始まりだ。
見せてくれ、お前のダークオーダーを、お前のCowboy Shitを。

待ってろケニー・オメガ。
カウボーイが、ダークオーダーがやってくるぞ。


終わりに

冒頭で断ったとおり長々と語ってきたこの物語はあくまでもペイジ視点である。ケニー視点で見ると違った魅力が生まれるだろう。
ペイジは独りよがりだ。自暴自棄で歩調を乱した末に共に勝ち獲った栄冠を手放した。躓いても上へと登りたい自分と親友の足を引っ張る男だ。
ケニー自身もまた『旗揚げからエースとして団体を牽引するんだろう』と誰かに決められていた。それでも己の手で自らの殻を破った。なのにどうだ。アイツは気味の悪い連中とウジウジ傷を舐め合って、今度は俺の足を引っ張るのか。
かつての親友の不甲斐なさを見たケニーには歯痒さがあったはずだ。あるいは踠いていた頃の自分自身と重ね、そうはならないと高慢に振る舞い始めたのかもしれない。

彼らはこの物語を通して何を描き映し出そうとしているのだろう。

疎外感と自己嫌悪に苛まれて与えられた居場所を自ら手放した者、失敗により自信を喪失して立ち上がれなくなった者、友の助けを得て今一度自分に挑戦する者

大切な人を失い、その筆舌に尽くし難い痛みに打ちひしがれる者、失った物の大きさと抱える問題に狼狽える者、それら全てを新たな友人と分かち合い乗り越えようとする者

あるいは、

才能あふれる人物に嫉妬し自分への挑戦を諦めたあの時の、自分勝手に振る舞いを省みることすらしなかったあの時の、寄せられる期待に押しつぶされ周囲の人々を失望させたあの時の、大切な人を失って悲しみに心を砕かれたあの時の、それでも愛してくれる人達と寄り添い、守りたいと願う今の私か。


転げ落ち、ふと顔を上げる。
そこにダークオーダーもアダム・ペイジもいないだろう。
耳を澄ます。遙か遠くからいなきと鞍の音が聞こえてくる。

道なき道に12人分の足跡がある。

ここを歩こう。一人じゃない。
高すぎる山はない。
深すぎる谷も広すぎる川もない。
この先にダークオーダーがある。
アダム・ペイジはそこにいる。


AEW Full Gear 2021
現地時間2021年11月13日 PM8:00
日本時間2021年11月14日 AM10:00

AEW World Championship
Kenny Omega vs "Hangman" Adam Page

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