CMパンクのプロレス復帰に寄せて
2021年8月20日という日を生涯忘れないために
7年前彼がプロレスの舞台から突如姿を消してから、ずっとこの瞬間を待っていた。
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2006年夏、スーパーアスリートやフィジカルモンスターがひしめき合うWWEにおいて、お世辞にも体は大きくない、別に運動神経が良さそうでもない、そのくせ「ストレート・エッジ(※)だけど戦い中毒だ」なんて大口を叩きながら、上半身に刻み込まれた主張が強そうなタトゥーの数々を携えて、そんな彼は画面に突然現れた。本人の言葉を借りれば「駐車場係のようなもん」でその名の通り「パンク(=クソガキ)」だった。要はそんな異質な存在のクソガキにクソガキ(Wannabe)は一目でぞっこんだったわけである。そしてこれが私の人生を破壊する全ての始まりだった。
(※「禁欲主義」と訳されるが少しニュアンスが異なり、パンクロックにおけるジャンルの一つ。)
当時WWEは、ハードコア、ジャパニーズ、ルチャなんでもござれの伝説の団体「ECW」を一番組として復活させたばかりであり、そのブランドのニュースターとして瞬く間にスターダムを駆け上っていった。ECW王者、メイン番組「RAW」への移籍、二度のMITB覇者、インディ時代から輝きを見せていた尊大なヒールへの転向、世界王者複数回獲得。彼が下馬評を覆しながら想像もしないスピードで快進撃を続ける姿に胸を躍らせ、いつか会いたいな、なんて思いながら、自分もまた一歩ずつ歳を重ねていく。
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時は流れて2011年春、思春期真っ盛りの私はプロレスへの情熱を失いかけていた。今でこそインディ団体もちょい嚙みするようになったものの、当時ネットに触れる機会も少なくケーブルで見られるWWEはプロレスの全てであった。
ところが、非レスラーの試合に30分の尺を与えたかと思うと、応援するユニットが2分で負ける扱い、パンクの敗戦、極め付けは引退状態だった映画スターを試合に出すわけでもなくただプロモートするためのメイン。こんなレッスルマニアでファンをやめなかったのが不思議なくらい、私にとっては見るに堪えない大会だった。そこに私が求めてきた虚実の皮膜で輝くプロレスは存在せず、ただただ大人の事情を突きつけられたようで。
そして本人たちのフラストレーションはいかばかりか、極東の島国の学生には計り知れず悶々とする日々が続く中、CMパンクはWWE王者ジョン・シナへの挑戦権を獲得する。
(契約も切れるらしいしどうせさらっと負けて出ていくんだろ)――――――――――――――――――――――――――――
「世界がひっくり返る」という表現はこういう時に使うのかと思った。彼はそのフラストレーションを、WWEという巨大組織に対する不満の全てを、たった一つのマイクを通して世界にぶちまけたのである。
「パイプボム事件」、「Summer Of Punk」の始まりを告げるこのたった7分間のプロモにて、彼はWWEでは御法度の「プロレス」というワード、ロックを重用し現役レスラーにチャンスを与えない現状、内部の政治的やり取り、退団した(クビにした)選手名の数々、「ユニバース」を構成するWWEにあってはならない他団体への言及…数えきれない禁忌を冒しながら、それでも彼はヒールとしての立場を崩すことなく、全て「プロレス」に落とし込んでしまったのである。かくして彼はその後も数々の名マイクプロモを残し、契約切れ当日に迎えた決戦の地、地元シカゴにて、王者となりその熱狂の渦に巻き込まれる会場からベルトを持ったまま逃走してしまった。Punk's Exodus.
このまま退団するのか、あるいは全てストーリー上の話なのか、まさに虚実皮膜。求めていた「プロレス」が確かにそこにあった。その後彼がWWEに帰還してからもその興奮に酔いしれていた。「革命が起きた」本気でそう信じ、大きな声で叫び続け周囲に煙たがられた。彼が言及したROHも見始めた、新日本も見始めた。バイト代を注ぎこんで日本公演に遠く横浜まで最前列で彼を見に行った、腕に触った、「Thank you, pal」という声を聴いた(あれは絶対私に言った!)。そこで起きている全てに熱を上げ、叫び続けた。人生が壊れ始めた。
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結局WWEはパンクを、そしてパンクはWWEを御し切れなかった。今に続くNXTの開始など確かにパイプボム事件の下流に生まれ、芽吹いたものもある。それでも彼は幸せではなかった。心身ともに限界に追い込まれ健康ではなかったらしい。そして2014年1月、彼は番組開始前に会場から去り、その後一度も姿を見せることなく同年の11月に正式にWWEからリリースされる。
WCW以降、WWEに匹敵する規模の団体は存在しない時代。そしてネットの海から流れてくる「二度とプロレスはしない」、「プロレスというビジネスに心底うんざりしている」という彼の言葉の数々。いつしか彼は自分にとって「過去に応援した選手」に代わっていた。(その後他の選手に熱を上げ始めるのは、また別のお話・・・)
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そして今日、冒頭の動画のとおりまた世界がひっくり返った。コミックを書いたり、UFCに挑戦したり、俳優として活躍したり、時々の新たな挑戦を応援しつつも、どこか心の奥底でプロレスに戻ってきてくれと願ってきた7年間の思いが叶った。
CMパンクが帰ってきた!あの時と変わらず「Cult Of Personality」とともに!あの時より一段と鋭さを増したパイプボムとともに!「インディ時代に手助けしてくれたエディ・ゲレロの様になりたい。プロレスに恩返しをしたい。」とクソガキらしからぬ言葉とともに!(私にとってもう一人のイコン、エディに言及する姿を見てまた胸が熱くなる。)
ある映画評論家は「カルトムービーとは「自分に特別なメッセージが届いた」と多くの人に感じさせるものである」と言った。ここ一週間、パンク復帰への期待が高まるTwitterのタイムラインを見て、「ああ…本当に彼はCult Of Personalityだったんだ」と強く感じた。そして今回の復帰で、またどこかの誰かの人生を破壊し始めているんだろう。
見届けようじゃないか。乗ろうじゃないか。あの時成しえなかった革命の続きを、革命を起こし続ける団体「AEW」で。そしてまた存分に私の人生を破壊してくれ。
P.S. I cannot enough to say "Thank you" to All Elite Wrestling, has made the pro wrestling industry better and ever.
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