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最後は自分で決めるのだ

最近わたしが、あれこれ考えていたことについて。
やっぱり、

     最後は自分で決めるのだ

と思い至った、という話です。


一つ目は、占いについて。
個人的には結構好き。

自分の未来が分かると思うと、ワクワクする。

でも、未来なんてあってないようなもの。こんなに不確かなものはない。

実際、去年
名前を見ただけで、それこそ“見える“、という人に見てもらったのだけれど。

「11月頃からなにか創作活動を始めると、3月4月頃には花が咲く」
と言われた。

でもその時の私は、どーーーしても創作活動なんてする気になれなかった。

その人も、
「未来は変わることもあります」
と言っていたけれど、早々に変わってしまったようだ。

という事は...
数年後に背の高い優しい人に出逢う、とか
長生きして、平和すぎて呆ける、

などと言われた未来も変わったのだろうか?

一般的に占星術では、私は去年、今年と大殺界。この年は、とにかく動かない方がいいらしい。

でも私はその、動かない方がいいと言われている去年、離婚して家を出た。仕事も変わった。あの状況で、大殺界とかなんとか言っていられなかった。

そして先日知り合いに、四柱推命なるものを教えてもらった。それによると、私は去年、今年と「空亡」という年に当たる。

意味不明だったので、ネットで調べてみると
「0ゼロに戻る、新しく生まれ変わるという意味の年で、悪いことではありません」

と書いてあった。ということはそのタイミングで離婚、自立したのは正解だった、とも言えるのではないか...


そして二つ目。ワクチン接種について。
今の時代、情報が溢れかえっている。

インフルエンサーの〇〇が接種した、と聞けば接種した方がいい気がするし、

その分野の権威である〇〇先生が、危険性を否定できない、と言っているのをきくと、接種しない方がいい気がしてくる。


そして最後三つ目。信頼している人からのアドバイスについて。
尊敬、信頼しているので、自分で考えるということをしないと、その人の言う事が全て正しいような気がしてしまう。

でもその人と自分は違う人間。参考になるところは多いだろうけど、あくまでもその人の見解であって、全て鵜呑みにすればいい、という事ではないな、と。



なんだかんだと色々書きましたが、結局のところ、

自分で調べて、考えて、決める


ということが大切だな、と思ったわけです。


他人の意見を鵜呑みにするということは、決定権を人に明け渡すということ。

すると、後々それが違ったと判明したとき、人のせいにすることになってしまう。

なので、
占いも
情報も
信頼する人の意見も

大いに参考にさせてもらいつつ、それらを踏まえて、最後は自分で決断するのが大切ってことで。

私の人生は、他でもない、私が生きるんだもんね。


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