見出し画像

「藤野一友と岡上淑子」展

この展覧会を観る前は体調を万全にしていった方がいい。

藤井一友の絵がこれほど強いものとは知らなかった。1950年代後半から1960年代前半。日本の美術界がアンフォルメルや具体や、ネオダダやアンデパンダンに沸いていた頃、藤野は密室でひたすら狂気にも似た幻視的な世界を描き続けていた。乳房を過度に強調した裸婦、ほどける人体、あり得ない景色の融合、キリスト教神話…。最初のコーナーだけでも目眩がするようだった。

藤野の作品は本の装丁や、印刷されたもの、あるいはインターネット上で目にすることはあっても、実物をこれだけ見られる機会は少ない。実物には、複製では伝わらない画家の気配がある。それは、描けすぎてしまう天才の苦悩というと簡単すぎるかもしれないが、キャンバスの端から端まで絵が画家の受難を見せている。

藤野は1965年に脳の病に倒れ、右半身付随となる。これだけ集中した仕事のためもあるだろう。悲劇的なのはそのまま岡上とは離婚し、左手で満足に描けないまま、80年に若くして没してしまうことだ。福岡市美術館での没後展をきっかけに死後も名は知られたが、今日まで約40年、最盛期からは50年以上も、半ば忘れられた画家の、忘れ難い展示だ。

帰りに常設展のダリを観た。ポルトリガドの聖母。藤野の窒息しそうなシュルレアリスムに対して、ダリには広い空間と呼吸があった。観る人のためにも描いているからだ。絵画をコミュニケーションと祈りの一つにしている。幻想に囚われの身となったまま、その世界から帰らず仕舞いとなった藤野は、果たして現代の私たちの中でこの先どれだけ長生きするだろうか。


特別展「藤野一友と岡上淑子」
会期:2022年11月1日〜2023年1月9日
会場:福岡市美術館