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母になってはじめての母の日に思うこと

「母の日のプレゼントということで、自分が買ってあげる」
最後が思い出せないぐらい久しぶりに一緒に買い物に出かけた父にそう言われ、ああ、自分も該当者側になったのかと感慨深く思った。

母の日目前の土曜日夕方、1年で最も忙しいであろう花屋に、申し訳ない思いになりながらも例に習って私も駆け込んだ。母の好みそうなシックな色合いでブーケをお願い。大ぶりのシャクナゲ、茶系のレースフラワー、パープル系のカラー、エトセトラ。カーネーションは入れない。私の花の趣味は完全に母譲りだ。

今回、花屋で気がついたのは、子供連れのお母さんがいかに多いかということ。子供ができてからというもの、いかに人は得てして自分と同じ境遇の他者に目が向いてしまいがちかということを感じてきたが(街に出ると、こんなに子供連れっていたっけ??と思ってしまう)、これまでの母の日は、自分と同じような立場の若い「娘」や「子供」の贈り主の印象ばかりが強かった。今日、我が子を連れて小一時間ぐらい花屋にいたが、多くの、そして幅広い年齢の「お母さん」たちが、子供を連れて、自身の「お母さん」(あるいは「お母さんたち」)にお花を注文している姿が印象的だった。

考えてみれば、そしてここ半年ぐらいの自分の経験を鑑みれば、たしかに「母の日」って、母になった娘たち(息子たち)にとってこそ、意味深い、大切な記念日かもしれないと思う。子育てをし始めてみて初めて、子育ての大変さを知り、「ああ、母はこうして自分を育ててくれたのか」と思う深い感謝の気持ち。子育ての先輩として、心身ともに余裕のない自分を支え、伴走してくれる母への、揺るぎない畏敬の念。花束に託される想いが格段と深みや重みを増すのだと、身を持って実感した、ある意味 “初めて” の母の日であった。


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