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ご近所付き合いのススメ

里帰り出産で実家に戻って3ヶ月目に突入した。実家があるのは、長崎市内の南部地域。高速のインターチェンジのほど近く、バイパス道路から一本入った交通の便のよい住宅エリアだ。

緩やかに繋がる顔見知りとしてのご近所さん

東京に住んでいたころはもとより、福岡へ移住してからも「近所付き合い」とはほとんど無縁に過ごしてきたので、久々実家へ戻ってきて、健全なご近所関係が残っていることに新鮮さを感じている。

妊娠〜出産の間、犬の散歩なんかで私を見かけたご近所さんの中には、わざわざお祝いをくれる人までいた。
あるおじちゃんは、朝から釣ってきた立派なイサキとタイを持ってきてくれた。
あるおばちゃんは、その日島原の実家に帰ったからと、お庭のシャクナゲを摘んだ花束を持ってきてくれた。

ご近所さんとの良好な関係は、両親の姿勢、振る舞いもあってこそ。母もいただきものはよく近所にお裾分けしているし、イギリス人の父はこの辺りで日本人の誰よりもよく挨拶をする。

ちょっと子供を預かってもらうといった距離感のご近所づきあいは時代柄難しいかもしれないが、こんな、緩やかに気がけ合える、気持ちの良い近所づきあいは、まだまだ多くの地域でできるのではないか、そう思わされたのだった。

地域という場を共有する他者としてのご近所さん

そして、そんなご近所付き合いから、また少し更に緩やかな、地域での人間関係についても少し書きたい。

私の実家は水源地に近く水質が良いこともあり、住宅地を流れる川に毎年初夏になるとホタルが出る。昨晩、夜風にあたりに夫と散歩に出たところ、細くて薄暗い裏道にさしかかったところで前方を歩くおばさまがいた。その方が川べりで立ち止まったので、私たちも例年よりずっと早いこの時期にホタルが出ていることに気がついたのだった。数日前から出始めたこと、例年はもう2週間ぐらい後だから今年は早いこと、今夜が雨予報で流されないか心配だ、そんなことを2言3言会話して別れた。そのすぐ先で、今度は老夫婦とすれ違った。この時間帯にこの道に来るということは・・・と嬉しくなった。夫も同様だったようで、「奥へ行くと、結構出ていますよ」と声をかけていた。

顔見知りの近所付き合いもいいが、前述のような、なにか偶然の出来事をきっかけに言葉を交わすぐらいの関係性も心地いいものだ。たまたま共通地域に住まう者同士として、その場で起こる様々なことを共に目撃し、経験するだけでなく、たまにはそれを共有、共感する。安心してそんな関わり方ができるネイバーフッド・地域社会も、現代社会にとって、様々なプラスの効用のある、価値あるものではないかと個人的には思う。

地域・近所関係を通じて触れる他者の人生

ここに書いた濃度の異なる近所付き合いについて、それぞれの価値についてここで詳しく考察はしないが、一つだけ挙げるとすると、自分以外の人生のサンプル数が増えるということがあると思う。

自分の将来、大きくは人生やキャリアなどを考えるにおいて、解像度が低いことを課題に感じたことがあるのだが、多くの場合、参考、材料となる「サンプル数」の少なさに起因していると何かで読んだことがある。抽象的な指針やハウツーは、自己啓発本で溢れかえっている現代では不足しないだろうが、具体的なエピソード、実例は確かに思うほど触れられていないのかもしれない。

SNSで繋がっている人に関しては、フィルター越しに発信されるその内容の忠実度合いはさておき、生活の様子を通じて密に他者の人生を覗き見れる時代だ。ただしそれは友人、知人や自分が選んでフォローする相手。著名人や成功者が多い上、誰もがなるべく人生の良いところを切り取っているわけだから、かなりサンプルとしては偏りのあるものにならざるを得ない。

「読書家は死ぬ前に千人の人生を生きている。読まない人は一人の人生しか生きていない」というのは、アメリカのSF作家、ジョージ・R・R・マーティンの言葉だが、小説を読むことはまさに人生のサンプル数を増やすことでもある。ただ、読書はもとより小説を読む人はどんどん減っているのが現実だろう(私もフィクションも読もうと思いながらも、ついついノンフィクション、ビジネス本ばかりを手に取ってしまっている…)。

こうして(もしかすると)今まで以上に少ない、あるいは偏ったサンプルしか持ち合わせずに、自分の未来図を思い描いている現代の私たちは、不利な、そして苦しい境遇にあるのかもしれない。そうした中で、どちらかといえば境遇が類似しやすい共同体である学校や職場では出会わないような他者、自ら選んでは付き合わないような他者とのタッチポイントとして、このご近所付き合いというものを捉えると、それは、至極現実的な、そして何より多様な、サンプルを獲得する一つの有効な手だてのように思えるのだ。そしてそれは、昨今その欠落が指摘される、他者への理解や許容性、思いやりといったことにも繋がることは想像に固くない。


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