ステレオ音響の素晴らしさと迫力を伝える 〜 「ニコライ堂の鐘の音」
『ソニー技術の秘密』にまつわる話 (22)
ソニー創業者の一人井深大が、1952 (昭和27) 年の欧米視察旅行の土産に「ステレオ音響」を話を持ち帰ったことをきっかけに、東京通信工業 (現ソニー、以下 東通工) は2チャンネル (ステレオ) 録音が可能な『ステレコーダー』を誕生させ、熱心な「ステレオ音響」の普及活動を開始していました。
マイクロフォンの専門家・中津留要を先頭に、ステレオ録音のネタ探しに奮闘、会社の前にあった運動場にチンドン屋を呼んで歩き回らせたり、自転車でベルを鳴らしながら走らせ、動き回る音を収録したりと、ステレオ録音の効果を表現できる素材を集めていたのです。
東通工の技術者でこの『ステレコーダー』を開発した木原信敏も自身の声で、カーテンの後ろに隠れ、左から右へ喋りながら歩いている様子を録音し、「実は何も言わずに歩いていました」という演出を東通工に訪れるお客に披露していました。
1952 (昭和27) 年7月、
よりステレオ音響の素晴らしさと、迫力が伝わるものを探していた木原は、
「ニコライ堂の鐘の音が、ステレオで録れたら素晴らしいんじゃないか」
と、盛田昭夫 にアドバイスされ、東京・お茶の水の『ニコライ堂』の鐘の音を収録しに向かいます。
“ そのころ、ステレオのネタ探しにいろいろなアイデアが出され、N響演奏会、ピアノ、ヴァイオリン、室内楽、パイプオルガンなどほとんどのものは、収録の交渉をして許可が貰えていました。そんなある日のこと、盛田さんの「君、ニコライ堂の鐘の音がステレオでとれたら素晴らしいじゃないか」の一言で、実行の準備に取りかかりました。”
『ソニー技術の秘密』第3章より
『ニコライ堂』は正式名称を『東京復活大聖堂』といい、イギリスの建築家 ジョサイア コンドル (Josiah Conder) よる設計で、1891年2月に竣工。
緑青を纏った高さ35メートルのドーム屋根が特徴的な正教会の大聖堂は、レンガ造および石造で建設され、1962 (昭和37)年には国の重要文化財に指定されており、現在も変わらぬ重厚感のある姿をみることができます。
その歴史あるニコライ堂の鐘の音を収録するため、現地へ向かい許可を貰ったまでは良かったのですが、その鐘の下まできて見上げてみると ...
その聖堂の高さたるや、間近で見ると半端ではない35メートルのドーム屋根。マイクスタンドを立てても地上からでは録音はできない。
「登るしかない ...」
ところが、聞いてみると堂の中からは登れない構造になっており、外壁に屋根まで登れる鉄梯子が付いているだけ。
意を決して当時同僚だった 岩田茂晴 と二人で手分けして、高さ25メートルほどの垂直の壁に付けられた幅40㌢ほどの鉄梯子を登り、何とか鐘のそばの柱の両側にマイクをくくり付け、正午の鐘の音を収録。
さすがステレオで録音したニコライ堂の鐘の音は素晴らしかったが、あんな怖い思いをしての録音は、二度とご免だったようです。
文:黒川 (FieldArchive)
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