背中に葉っぱ

付き合って1ヶ月足らずの恋人と調布に行った。

駅前の商店街を散歩したあと、バスに乗って深大寺へ向かう。

賑やかな駅前と打って変わって、お寺の周りは深い緑の匂いに包まれていた。
小さい頃鳥取でよく歩いた樗谿公園と同じ匂いがして、懐かしかった。植物が呼吸をするにおい。

きれいな芝生の生えた小高い岡を見つけて、ふたりして思わず駆け上がった。そのまま芝生に大の字で横になる。

空と雲だけが見えた。右を向けば恋人がいて、左を向くと虫取りに勤しむ子供たちの姿が現れたり消えたりする。

芝生と土の吐く息で服がしっとりと湿るまでそうしていた。お喋りもしたけれど、大方黙って空を見ていた。ときどき、引っこ抜いた雑草で彼に顔をくすぐられた。

そろそろ立ち上がろうかというときに、彼がふと、「大学のころ、よく芝生で寝転んでて、しょっちゅう背中に草つけて帰ってたよ」と言った。

大学生や大学院生のころの彼を、わたしは知らない。芝を背中にくっつけたまま、電車に乗って家に帰る彼を知らない。

今年の4月まで、このひとが世界に存在することすら知らなかった。

会えてよかったなあと思って、急に少し泣きそうな気持ちになる。泣かなかったし、言わなかったけれど。

立ち上がってお互いの背中をはたいて、芝はつけずにそれぞれの家に帰った。

泣きそうな気持ちで見た横顔も、帰る前に食べた蕎麦の美味しかったことも、覚えていたい。なんでもないけど忘れたくない週末。


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