原点は高校時代のサッカーノート、飲食店スタッフの主体性を引き出す「botto」の秘密
2012年9月に「スタートアップ都市ふくおか」を宣言してから11年。福岡市のスタートアップ環境は発展を続けてきました。直近ではヌーラボやQPS研究所のように福岡で誕生した企業が資金調達を経ながら成長を遂げ、グロース市場に上場する例も生まれています。この連載では、現在199社が集う福岡市のスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」の中から、注目の入居企業を3社紹介します。
第一弾として今回取り上げるのは、飲食店向けのコミュニケーションツール「botto(ボットー)」を手がけるbotto(ボットー)です。サービスのキモは、仕事の“振り返り”のログ。4つの質問に答えるだけで仕事の振り返りができる機能によって、bottoには従業員のさまざまな声が集まります。この声を起点に、従業員を巻き込んだボトムアップ型の店舗経営や店舗の健康状態の見える化を促進するのがbottoの役割です。
bottoの代表を務める水田匡俊さんは、インテリジェンス(現パーソルキャリア)やSIerを経て、2018年に会社を立ち上げました。新卒でインテリジェリスを選んだ理由は、同社の「はたらくを楽しもう」というスローガンに惹かれたから。この考え方はbottoが創業から一貫して飲食店向けのサービスを運営してきた理由にもつながっています。
初めて関わった仕事が楽しいものであれば、その後の人生においても働くことを楽しもうとする人が増えるのではないか。そこで水田さんが着目したのが、アルバイト先の仕事体験でした。大学生の約半数が卒業までに飲食店でアルバイトを経験しているという調査結果を知り、飲食店の仕事を楽しくする事業というテーマで起業することを選んだといいます。
きっかけは高校時代の「サッカーノート」と繁盛店の「振り返りノート」
さまざまな業界と同じように、飲食業界も深刻な人手不足に直面しています。離職率を減らしたいという悩みは、大多数の飲食店に共通するものです。水田さんによると店舗経営には「店長力」が大きく影響するため、店長の人材マネジメントに関して課題を抱える企業も多いといいます。
bottoが目指しているのは、その名の通り「従業員が主体的に仕事に没頭できる状態」を作ることによって、これらの課題を解決することです。
アイデアの原点となったのは、高校時代の「サッカーノート」です。水田さんの所属していたサッカー部では、練習や試合の学びをノートに記録する決まりがありました。自身は「きちんと書いていなかった」と当時を振り返りますが、一方で継続してノートを書いていた同級生は後にプロの選手となり、30代後半となった現在でも現役で活動を続けているそうです。
大学進学後に入部したサッカー部のチームメイトに聞いてみると、やはり多くの強豪校ではサッカーノートを書いていたことがわかり、水田さんは「振り返りの習慣が、強いチームを作る秘訣の1つなのではないか」と考えるようになります。
それから月日が流れ、bottoを創業してさまざまな飲食店の現場を訪問していた時のこと。水田さんは、複数の繁盛店で「従業員の振り返りノート」が運用されていることに気づきました。高校時代のサッカーノートと、繁盛店の振り返りノート。この2つが繋がり、現在のbottoの原型が生まれたのです。
離職率低下、クレーム減少、売上アップ——振り返りとフィードバックの可能性
bottoには1日に数分程度、4つの質問に答えるだけで、その日の仕事の振り返りができる機能が備わっています。投稿された振り返りは「みんなの声」として集約され、店長や社員、バイトリーダーなどがフィードバックすることもできます。
水田さんの話では、飲食業における離職理由の上位には「ほったらかし(放置)」がランクインするそうですが、振り返りとフィードバックのサイクルを回すことで、ほったらかしによる離職を減らせるのはbottoのわかりやすい特徴です。
従業員の振り返りの中には、店舗の改善につながるアイデアが含まれる場合もあります。その際には「ToDoリスト」に追加して確実に対応したり、「wiki」を用いて新たなマニュアルに組み込んだりする機能もあります。このような仕組みは、全員で一緒にお店を作っている雰囲気を醸成する上でも重要で、貢献意欲を引き立てるトリガーにもなるそうです。
また、振り返りとフィードバックの内容は店舗の“健康状態”を把握する材料にもなります。
bottoには当日出勤する従業員を対象に、その日の営業で心がけるべきことや注意点を共有できる「朝礼」機能や、店舗や個人の目標を設定できる機能なども搭載されています。そういった点から、顧客からは「コミュニケーションツールではなく幹部育成ツール」として評価されることもあるそうです。
特にbottoは5店舗以上を展開する飲食店と相性が良いといいます。こうした店舗ではオーナー1人では対応できず、間接的なマネジメントが発生し、コミュニケーションの壁に直面しやすいからです。
実際に約70店舗でbottoを活用している有名飲食チェーンのメガフランチャイジーでは、離職率が下がり、クレームも減少。売上成長率も2%上がるといった効果も生まれています。
水田さんによると、多くの飲食店の現場でコミュニケーションツールとして活用されているのがLINEです。
ただ従業員の視点ではLINEを業務関連のやりとりで使うことに抵抗を感じるほか、ホールやキッチンなど役割ごとに細かくLINEグループを作った結果、複数グループに入ることになるマネージャー層が「LINEグループ乱立問題」に悩まされるといった問題もあります。
企業側としてもLINEのやり取りはブラックボックスになりがちなため、双方の視点で「最適な解決手段が発掘されていなかった」というのが水田さんの考えです。
直近ではbottoの導入企業の中で、「bottoを書くこと」をアルバイトの昇給条件の1つに含めるような事例も出てきています。単なる振り返りツールやコミュニケーションツールの枠組みを超えて、店舗のインフラのようなかたちで、業務に深く食い込んでいるのは興味深いポイントです。
導入店舗は300店を突破、年内に1,000店を目指す
bottoは2019年11月のローンチ以降、福岡市を中心に導入店舗を広げてきました。会社の創業は2018年の1月で、2022年3月からはFGNに本拠地を構えています。
ローンチから数ヶ月後にコロナ禍に直面したこともあり、数年間は手探りの状態が続いたbottoですが、この1年で導入店舗数は3倍以上に拡大。現在は320店舗近くになりました。直近では関東や関西など福岡以外の顧客も増えてきており、年内には1000店舗への導入を目標に掲げています。
今では飲食業界以外からの引き合いも増えていることもあり、ホリゾンタルなサービスとして業界の枠を超えて拡大を目指していくのか、引き続き飲食領域に注力しながらグローバルにもチャレンジをするのか。事業の広げ方はまさにこれから意思決定をしていくといいます。