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私の左脚のすべて

私の左脚のすべて

夏の初めに赤いサンダルを買った。
自分でもそんな色はあまり選ばない。
ヒール付きのそれを
そっと履いてみると
思ったより足に吸い付くように
おさまった。
家に帰って、足の指にペディキュアをしてみた。

鮮やかなピンク色。
少しでも赤いサンダルに似合うように。
手の指じゃないので少し冒険してみた。
これで着る服をモノトーンにまとめると
素敵になるだろう。

身につける服の柄は
女らしい小花柄が好きだ。
色彩が多すぎると賑やかすぎる。
白地に黒の小さな花が散っている位の
地味なのが好きだ。

小花柄のワンピースを着て化粧をする。
丁寧に髪を巻く。
最後に鏡の中をのぞくと、
知らない中年の女が立っていた。
今日は気分転換にセラピストさんと
美術館デートの予定だ。

ホテル施術ではなく、話が合いそうなよい男と
絵を眺めるだけだ。
それもまた禁欲的でいい。
足元だけ妙に鮮やかだった。

仕事明けで疲れた夫に
騒がしい子供2人を託して
私は家を抜け出した。

このワンピースは私の祖母が好きだった柄だ。
もうこの世にはいない彼女を考えながら、
私は車のエンジンをかける。

サラサラとした布地は幾重ものひだで
下半身を優しく包み込んでいる。

いつの間にか私は大人になった。
赤いサンダルの足先で
アクセルを軽く踏み込むと、
性能の良い外車はすぐに加速を始めた。

夫は大概のことなら私の願いを叶えてくれる。
車もそのうちの1つで、
夫に無理を言って買ってもらった。
北欧で作られたそれは
走行感覚が抜群に安定していて、
滑るように幹線道路を進む。

私の命令を聞く鋼鉄の下僕。
お気に入りだ。

ただ1つ、叶えてもらえない願いは
女としての歓びがこの10年ないということだけだ。

野原で花を摘むのが好きだった幼女は、
都会で車を運転する
子持ちの中年女になってしまった。

何台か車を追い越し
美術館の駐車場に到着した。

待ち合わせに少し早いが
よく見ると相手もすでに車で
到着している様子だった。

夏の蒸し暑い曇天の日だった。
油断すると汗が背中に染み出てくる。
私は挨拶替わりに相手の車の中に
お邪魔することにした。

その黒い長めの髪の人はサングラスをかけていて
よく顔が見えない。
すぐに車の外に出てきてくれて挨拶してもらった。

なかなか礼儀正しい人のようだ。
扉をあけてもらって助手席に座らせてもらった。

男の人の車に乗るのは10年以上ぶりだった。
久しぶりのことは脳に刺激をあたえる。

はじめましての代わりに大きくて
綺麗な手で握手をした。
そして両手で私の右手を包み込んでくれた。

温かい手。

夫との体のコミュニケーションがないので
こういうことをされるととても弱い。
それだけで涙が出そうなのだ。

サングラスを外した
彼の目をみると二重で、
笑うととても優しそうな顔つきをしていた。

「美術館に行きましょうか?」
とお誘いしてみたけど
「もう少しゆっくりしよう。」
と言われて、そこからの時間感覚が狂った。

何を喋ったのかうろ覚えなのだが、
さり気なく髪とか肌のこととかを褒めてくれた。
ずっと手を握られながら。

元々会話が上手な人とはわかっているけど、
求めている肌の温もりを感じながら、
耳元で静かに喋られると
目が潤んできてしまう。

それは嬉しくて泣きそうなのか、
体が感じて濡れてきているのか、
自分でもよくわからない反応なのだ。

ぼんやりしていると
さっきまで優しかった彼の右手が
助手席に伸びてきて、
私の左脚のふくらはぎを
そっとになぞり始めた。

今日は偶然にもストッキングはつけていない。
素足に赤いサンダルを履いた
私の足の甲から足首を、いたずらな手は
まんべんなく撫で回しながら
再びふくらはぎへやってきた。

肉を少し乱暴につかんでから
膝上のスカートの中にも滑り込む。
まったく遠慮がない。

この人は慣れている。

軽いワンピースの生地は簡単にめくり上っていく。膝の内側の脂肪がついた場所を
丁寧になぞられた後、その右手は
私の左脚を持ち上げた。
膝裏を軽く支えながら。

私の膝から足先までが軽く浮き、
赤いサンダルを履いた足が
プラプラと助手席の狭い空間を動いた。

サーカスの空中ブランコ。

こうなるともう左脚は私の意思では動かなくなる。脚をますます高く持ち上げられたので
下着が見えそうになり
それをワンピースで隠すのに必死な私。

この人はまず視覚や色彩で感じる人
なのだろうと思う。

それには私のうっすら脂肪のついた
日焼けしてない1本の白い左脚がぴったりだ。
足先には赤いサンダルとピンクの爪、
脚の付け根には小花柄のワンピースがついている。

それが私の左脚の全貌。

私の口から出る言葉はもうなくて
雄に攻められた時の雌の鳴き声しか
でてこなくなってしまった。

脚を触られながらキスもしたので
私の体の奥底はおかしくなってしまった。
左脚の付け根の身体の中心から
とめどなく何かが溢れて
濡れてきているのが分かった。

この美術館は私の家から1キロも離れていない。
家族に後ろめたさがあって、
デートコースにしたのに。

しかも何度か会っている人ではない。
今日、数分前に初めて会った男の人に
屈辱的な格好をさせられて
脚を持ち上げられている。

そしてしっかり濡れて、
こんなにも自分は淫乱だったのだ。
そしてどうしようもなく
自分の体に足りない何かを求めてしまっている。

何も疑っていない家族を私は今、裏切っている。
どうか許してください。

彼の手は止まることなく左脚に絡みついてくる。
アダムとイブを誘惑した蛇とは
このことだったのだ。

私は情慾の渦の中に巻き込まれていく。
左脚に蛇を絡みつけたまま。

喘ぎ声をあげながら。
やがてその蛇は私の身体の中に侵略し
快楽を見出し、私を支配するようになるだろう。

薄曇りの夏の日の空の下、私の意思ではなく
軽く揺れていた足先の赤いサンダルは
映画のワンシーンのようだった。

その後であなたがたくさん触った太腿。
少し濡れてしまったモノトーンのワンピース。
全てが私の左脚でおこった出来事。

今でも額縁にはめられた絵を
目の前にするかのように鮮烈に思い出す。

あの日、脚に絡みついた蛇は
まだ私を離れようとしてくれない。

私の左脚の全てをあなたに捧げる。


fghkより感謝を込めて

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