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「言葉」を先行させずに伝える――「あさイチ」アセクシュアル特集によせて

2024年5月20日放送の「あさイチ」の特集がとてもよかった、という話をします。

この日の「あさイチ」の特集は「人には言えないハナシ 性体験がないのは恥ずかしいこと?」というタイトルでした。朝8時台にNHKで放送される内容?と一瞬驚いてしまうテーマ設定です。
なお、「人には言えないハナシ」は以前から不定期に特集されているシリーズのようです。

タイトルの通り「性体験がない自分が恥ずかしい」という視聴者の声を紹介するところから番組は始まりました。そして恥ずかしいという価値観は特定の世代に偏った考え方だという見方を指摘した上で、「恥ずかしい」と感じている人や、「恥ずかしい」と感じるのをやめた人などの声を紹介していきます。

性文化史に詳しい有識者がVTRで登場し、性経験があって当たり前だという価値観は、バブル期に商業的に形成されたものだと指摘。むしろそれ以前には婚前交渉が恥ずかしいものだとされていて、価値観の転換があったのですね。

「「セックスの経験があるのが当たり前だ」という考え方は、当たり前ではない」ということを、視聴者へのインタビューや視聴者からのメールと、文化史の変遷という観点から明らかにしていく。そして、放送開始から約40分経過したタイミングで登場するのが「アセクシュアル」というキーワードでした。

朝の支度をしながらテレビを観ていたわたしは驚き、なるほど!と思いました。わたしは、この特集が「アセクシュアルの話をしている」と意識せずに観ていたからです。


アセクシュアルやアロマンティックという言葉が知られるようになったのは、この数年のことです。NHKドラマ『恋せぬふたり』の放映が2022年1月〜3月。三浦透子が主演した映画『そばかす』の公開は2022年12月でした。

あるものを指し示す言葉が存在していなかったり、その言葉が広く知られていなかったりしても、それは存在しています。言葉が提示されることで、人々の認識が変わり、理解や議論が深まるということはよくあります(たとえば、「名もなき家事」という言葉はその代表例だと思います)。

ただ、言葉が提示されることで、思考停止してしまう場合もよくあるのではないか、と思います。

セクハラやパワハラという言葉が普及し、いまでは「カスタマーハラスメント」や「アカデミックハラスメント」など、それまで見過ごされてきた暴力的振る舞いが注目されるようになりました。「それはハラスメントですよ」と言うだけで、その問題性がすぐに共有できるのはとても便利です。その一方で、杓子定規に言葉を解釈して「これはセクハラじゃないんだから大丈夫でしょ?」と考えてしまう。

同じように、たとえば「LGBTの人に配慮するというのはわかったけど、性体験がないのはLGBTとは関係ないんじゃないの?」という認識の人もたくさんいるのではないかと思うのです。

言葉があることには価値がある。それは間違いないことです。その一方で、ということをわたしは考えています。言葉によるラベリングによって安心したり納得したりすることで、損なわれるものもある。

5月20日の「あさイチ」は、言葉を示さずに実際に悩んでいる人たちの声を重ねていくことで、わたしと違う人がどのようなことを感じ考えているのかを見せていきました。わたしと違う人の感覚や考えを受け入れられる状況になってきたタイミングで、「実は、こういう言葉があるんですよ」と示しました。

この構成はとても効果的だし、とてもよく考えられていたと思います。普通であれば、最初に「今日の特集は、アセクシュアルです!」と宣言してから始めるのが自然でしょう。しかし、そのやり方ではおそらく、「ああ、またLGBTQのやつね」と思考停止してしまう可能性が高かったのではないかと思うのです。


「伝え方」の巧みさを同じく感じるのは、朝ドラ『虎に翼』です。

ちょうど今週のドラマでは、主人公の寅子がアロマンティックであったり、寅子と結婚した優三がロマンティック・アセクシュアルのようであったりすることが明らかになりました(なお、火曜の放送回で「デミロマンティック」と捉えるのがよさそうだとわかります)。

あるいは、寅子たちと大学で出会う優秀な男子学生の花岡は、女性の権利向上などに理解を示しているように振舞いますが、潜在的な差別意識があることがドラマの中で示されます。花岡は「トキシックマスキュリニティ(有害な男らしさ)」を抱えていると言えますが、そうした言葉はもちろん提示されません。

言葉がいったん示されれば、視聴者はそこで立ち止まったり引き返したりしてしまう。「フェミニズムを真正面から扱ったドラマだ」と言われれば、「そんなドラマをわざわざ観たくない」と片付けてしまう人は残念ながら少なくない。

「これはフェミニズムの話です」「これはセクシャルマイノリティの話です」「これは政治の話です」……、そう言われて「じゃあ、いいや」と引き返す人にこそ聞いてもらいたい話があったとして、どう伝えたらいいのか。それにはたぶん、「これはわたしたちの話なんだよ」「これはあなたの知り合いの話でもあるんだよ」というセッティングが必要なんだろうと思います。


『虎に翼』と「あさイチ」を観ながら、そんなことを考えました。もっとうまくこの話題を解説できる人がいたら、聞きたいなと思っています。

冒頭にもリンクしましたが、「あさイチ」はNHKプラスで1週間は配信されますので、興味のある方はぜひご覧ください。

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