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金環日食の指輪はどうしたらいい


「金環日食の指輪はどうしたらいい?」と聞きたい

心にぽっかりと穴が空いたような気分だ。

好きでもないコーヒーを飲んだ。

バイトで余ったからと
意味もなく持ち帰ってきてしまったものだ。
案の定瞼が重力に負けることはなく、
むしろ逆らうことに何の苦も感じない。

こんなに眠れない夜はいつぶりだろう。
眠れないのではない、眠りたくない。

こんな穴が空いた状態で寝てしまったら、
明日を迎えることに、
大きな罪悪感を感じてしまうから。

明日なんか来なければいい。
一生、2月13日が続けばいい。

その為に私は好きでもないコーヒーを飲んだ。
何時間もかけて。

私の人生が今日で終わるとしたら、
きっと同じことをすると思う。
寝なければ今日のままだからと
コーヒーをたくさん買ってたくさん飲む。

私の人生が今日で終わるとしたら、
きっと家を飛び出して電車に乗って
大好きなアルバイト先
大好きな恋人
大好きな友人の元へ行く

そして新幹線に飛び乗って
日本一揺れる大好きな磐越東線に乗って
コンビニでコーヒーを沢山買って
贅沢に駅前のタクシーを拾って実家に帰る

大好きな愛犬にただいまを言う
少し音がうるさいドアを開けたら
久しぶりに家族とご対面

いつもと変わらない団欒の場で
コーヒーを飲みながらわんわん泣くだろう。

ありがとうなんて、きっと最後まで伝えられない

人は生まれた瞬間から死に向かって歩き始める。
誰にだって時間は平等に与えられていて
24回長い針が回れば明日が来る。

コーヒーなんて意味が無いのに。
明日が来ないなんてありえないのに。

それでも縋りたいのだ。

眠りたくない。
ずっと、今日が続いて欲しい。

金環日食の指輪はどうしたらいい?と
何度も問いかけた

赤ちゃんの時から一緒だったばあちゃん
お母さん代わりだったばあちゃん

10年前、そんなばあちゃんが私に言ったのだ

「ばあちゃんの金環日食の指輪、
ばあちゃんが死んだら葉月にあげっから

ばあちゃんが死んだら葉月が取って持ってて」

ずっと考えていた
どうしてそんなに大切なものを曾孫に託すのか
もっと大切な人がいるだろうに
なんで私なんだろう

今も、あげたいって思ってくれているのだろうか

答えはきっとばあちゃんにしか分からない

幼少期は、「嫌いだ」なんて言って
悲しませてしまったこともあった
寝ている時髪の毛を踏まれて泣いたこともあった

めんこいなあ、って
何度も言ってくれたばあちゃん
すごいなあ、頭いいなあって
何度も褒めてくれたばあちゃん

賞状も成績表も真っ先に見せに行った
私のことを会う人皆に

「めんこいばい?」
「葉月は凄いんだ」

沢山沢山自慢してくれたばあちゃん

少し重たい隠居のドアを開けたら
いつもばあちゃんの横顔があって

「ただいま」といったら「おかえり」と返してくれて

顔を見せるとにこにこ笑ってくれた

どんなに悲しいことがあっても

いつでも私の味方でいてくれたばあちゃん

葉月は ばあちゃんの宝物だ、と言って笑う

そんな私の、かけがえのない大切な宝物


ばあちゃんが、空へ旅立った。


泣きながらパソコンを開いて
泣きながら文章を書いた


地元の新聞社宛にメールを送った
家族にも内緒だ

ばあちゃんがよく投稿していたのだ
私もばあちゃんみたいに書きたいと思っていた

初めての投稿は夢について書こうと決めていた

ばあちゃんが寝たきりになってしまった3年前
病院でばあちゃんの最後の投稿を見た

偶然にも、ばあちゃんが書いた最後の文には
こう書いてあった

“残された命、大切に全うしたいと思います”

ばあちゃんがもしいなくなってしまう日が来たら

ばあちゃんから貰った夢の話を書こうと
ずっと前から決めていた

ばあちゃんが私にくれた
大切な大切な贈り物の話



みんなに知って欲しいけど
一生書く日が来なければいいのに と思っていた

書く日はまだまだ来ないと思っていた
でももし書くことがあった時のために
ばあちゃんに向けて、伝えたい言葉を用意した

ばあちゃんにも見てもらえるだろうか


悲しいのに
涙で溺れそうなのに
それでも楽しいなんて思ってる

やっぱり私はばあちゃんみたいに
文章を書くことが好きなのだ

いつまで経っても
私の中には色濃くばあちゃんが残っている
一生消えることは無いだろう

空の上に行っても
ばあちゃんが残してくれた"私"は生き続ける

私が生きる限り
ばあちゃんも生きている

そのくらい、
私はばあちゃんでできていると思うのだ

コーヒーがやっと無くなった

好きでもないコーヒーは
やっぱりちょっと苦すぎたみたいだ


今日は、日が昇るのが少し遅い気がした

金環日食の指輪はどうしたらいいのだろうか

そのときになったら
きっとばあちゃんが教えてくれる

そう思って目を閉じた

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