第九を聴きながら、考えたこと
クリスマスが過ぎると、いよいよ年の瀬。私の家ではこの季節に決まってベートーヴェンの第九を聴く。
なぜ日本人は師走になると特定の作曲家の特定の交響曲を聴くのか。検索するといろいろ出てくる。詳しく知りたい方は日経電子版のなぜ年末に「第九」? きっかけはN響のラジオ放送を参照していただきたい。
私がクラシック音楽を聴き始めたのは15年ほど前。入門の手引きをしてくれたのはディスクガイドや雑誌のたぐいだ。たとえば雑誌で「発見、クラシック音楽。」と題する特集が組まれ、ロックバンドくるりの岸田繁氏が第九についてこんなコメントを付けていた。
おお、そうなんだ、第九は合唱以外もいいのか! スケルツォという言葉は知らなかったけど、フーガに流れ込む瞬間に鳥肌が立つのか! という具合に、“クラシック音楽受容ゼロイチ”のハードルをずいぶん低くしてくれた。今年の春にも雑誌BRUTUSの『クラシック音楽をはじめよう。』というムックが出ていた。沼は深い。手引きを求める人はいつになってもいるのだろう。
ここで、時計の針を32年前、1989年に巻き戻してみる。
昭和天皇がいなくなって平成が始まる。中国で天安門事件が起きる。ドイツでは東西ベルリンを28年にわたって分断してきた壁が11月9日に崩壊する。
壁崩壊直後の12月25日、東西ドイツ統一に向けた特別コンサートで第九が演奏された。楽団は独・米・英・露・仏の東西合同オーケストラ。指揮したのはアメリカ人のレナード・バーンスタイン(愛称レニー)。彼はウクライナ系ユダヤ人移民2世のアメリカ人である。
レニーは詩人シラーの書いた第4楽章の歌詞「歓喜に寄せて」に含まれる「歓び(Freude)」という言葉を「自由(Freiheit)」に置き換えるよう歌手に指示。変更する意図を次のように説明したという。
ここにみられる「よろこび」「自由」「許し」「祝福」といった彼の楽観的な言葉がナイーブに過ぎたことは、統一後のドイツが不況や高い失業率、ネオナチの台頭、移民問題などで苦しんだことを思うと明らかである。私には荷が重いから、その辺りの話題には深入りしないけど。
ただ、ひとつだけ。
自由を希求するレニーの言葉は、今年ドイツ首相を退任したアンゲラ・メルケル氏の言葉と響き合う。ロックダウンが始まった2020年3月、メルケル氏はテレビに出演して感染症対策に関する演説をした。そのなかに次のようなくだりがあった。
自由は勝ち取られた権利。1947年に始まり1991年のソ連崩壊まで続いた東西冷戦下、メルケル氏は東ドイツで育った。その人の言葉だから、なおさら重みがある。
日本では国土交通省が今月初め、オミクロン株の急速な感染拡大を受けて、日本に就航する国内外すべての航空会社に対して到着便の搭乗予約の受け付けを停止するように要請。移動の自由を奪うのは憲法違反だろうと批判を浴び、翌日に岸田首相が撤回した。
自由、プライバシーといった事柄に、私たちは常に細心の注意を払っておかなければならない。
この記事を読んで第九の全曲を聴きたくなったという人がいるかもしれない。だが、上で紹介したフルヴェン盤はおすすめしない。名演には違いないが、古い録音で音が悪い。まずiOSデバイス向けの無料アプリ「ベートーヴェン交響曲第9番」を試してみてほしい。レニーがウィーンフィルを振った演奏、そして、胸に迫る彼のスピーチも収録されている。できれば画面の大きなiPadで。冬休みにどうぞ。
(冒頭の写真)Photo by Arindam Mahanta on Unsplash
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