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「奇跡のコース」ブレイクタイムその13

今日は、いよいよ最後のガイドブック12について少し触れてみます。
365日レッスンもすでに300を超えていますが、改めて「奇跡のコース」を学ぶためのヒントが綴られています。そのひとつを取り上げます。

クリエイティブであること

「どのようにも、人生は想像できます。」
「あなたの思いのままに、状況を変えることができます。」
このような言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
恋愛、お金、健康、本当にそうなっているでしょうか。このことについて
「奇跡のコース」から真意を見てみたいと思います。

神の思い

神は、わたしたちをどのようにみているのでしょう。
神の子であるわたしたちは、完全だといいます。
「完全」という言葉の意味をわたしたちは神の思いの通りに理解していないようです。容姿が整っていること、美人やイケメンで、経済的にゆとりがあって安定していること、自分の才能を生かした仕事をしていること、家族の関係が良好なこと、愛されていること、それらの要素を満遍なく持ち合わせていることを、神は完全と表現しているのではありません。
完全とは、そのままでいいのだということです。
もしも、背が高すぎても低くすぎても、
もしも、心をさらけ出して話せる親友がいなくても、
もしも、身体に病気や障害を抱えていても、
もしも、決めたことをやり遂げる強さがないとしても、
もしも、家族関係が良好でなかったとしても、
そのままのあなたが完全だと、「そのままのあなたを愛しているよ。」と神は優しく微笑んでいるのです。

わたしたちの思い

一方で、わたしたちは、「完全」を違う意味に捉えています。それはどちらかといえば完璧に近い意味のようです。
完全・・・欠けたところや足りないところはありません=そのままでOK!
完璧・・・欠けたところや足りないところが一切なく、みごとなさま。
少し、違いますね。わたしたちはすでに「完全」なのですが、「完璧」になりたいと思っているようです。
完璧を目指せば、足りないところを補強して、みごとなさまを目標に頑張ることになります。
そして心の中に、様々な願望を持ち、それを人には言えないもの、恥ずかしいもの、と思ったり、みごとなさまでない自分をとるに足りない存在のように感じて自分を貶めたりします。自分の思いを卑しいものにしてしまうのです。

わたしたちの真実

わたしたちは、「欲しいものは手に入る」と聞いたとき、欲しいものに飛びついてしまいました。「どんな人生も創造できる。」と聞いて自分の力を取り戻す代わりに、天職に就くこと、自分の存在価値を認めるために人に認められようとすること、充分な収入、ソウルメイトとの出会い、素敵な容姿、そのようなもので自分の思いをいっぱいにしてしまったのです。
そのような姿勢では、望む結果を見ることはできません。なぜなら、それらを望むことは、「神の思い」に合わないというよりは、それらは、神の思いではないと自分自身で信じているからなのです。
つまり、神の思いとわたしたちの思いにズレがあるからです。

神、在り(God is.)

神はわたしたちの心に在ります。
あの人に愛されれば、わたしは価値があると感じられるし、心からあの人に愛を与えることができる。自分の天職を全うしてお金を稼ぐことができればわたしがこの世に生まれてきた意味がある。そして役に立つことができる。
そんなふうにわたしたちは、考えがちです。
神の思いも同じです。でも神の思いは、ただ、あなたは愛される価値があり、あなたがこの世に生まれてきた価値があると、あなたが実感することを望んでいるのです。そのことに何の前置きも、条件も必要ありません。

まとめ

「このままでいい、このわたしで神は愛してくれる。」その安心感はいかほどでしょうか。それを感じることができるようになった時、それは同時に、わたしが自分自身に対して、「このままでいいよ、大丈夫だよ。」と自分を信じることができるようになった時です。
そうして「このままのわたし」は、自由に軽やかに変化していきます。
いつまでも同じ「このままのわたし」にとどまっているわけではありません。いつ何があっても「このままのわたし」が大好きだと言える自分・・そんな日がきっとくると思います。

神の思いは、わたしの思いです。


ここまで、お付き合いいただきありがとうございます♡

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