【翻訳】反マルキオン序文

概要
「半マルキオン序文」は、2世紀から4世紀の間に書かれた、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書への序文である。マタイの序文とマルコの序文前半部分は失われている。主にラテン語で発見されているが、元はギリシャ語で書かれていたと思われる。

翻訳元
→以下の英語訳からの重訳(重々訳?)です。
http://www.tertullian.org/fathers/anti_marcionite_prologues.htm
→直訳です。
→()内は訳者の補足です。

***以下翻訳文***

マルコ
(欠損)...を記録したマルコは「ずんぐり指(コラボダクティルス)」と呼ばれていた。なぜなら彼は、彼の身体の他の部分と比べて、非常に短い指を持っていたからである。彼自身はペテロの通訳だった。ペテロ自身の死後、同じ人(マルコ)はこの福音(書)をイタリアの一部で書いた。

ルカ
確かにルカはアンティオキアのシリア人で、職業は医師であり、使徒の弟子だった。しかし後に、主に忠実に仕え、パウロが殉教するまで彼に従った。彼は妻帯することなく、子どもの父になることもなく、聖霊に満たされて84歳でボエティアで亡くなった。そのため、 —福音(書)はすでにユダヤのマタイやイタリアのマルコによって書かれていたが— 聖霊に突き動かされて、アカイアの一部でこの福音(書)を書き留めた。彼の前に他の人々が(福音に関する書を)書いていたことは序文で示されているが、しかし、ギリシャ人信者たちのために最大の勤勉さをもって一連の出来事を説明することは、(ギリシャ人信者たちが)ユダヤ人の作り話による誘惑で道に迷ったり、異端者たちの作り話や愚かな教唆によって真理から脱落しないようにするため、彼にとっては非常に重要なことだった。そして彼は最初に、もっとも必要な、福音の始まりであり私たちの主イエス・キリストの先駆けであるヨハネの誕生から物語を取り上げた。彼は人々を整える手引きであり、同様に人々を洗礼へと導く、苦難の同労者だった。この配剤について、12人のうちの一人である預言者マラキは確かに言及している。そして実際に、その後同じルカが使徒言行録を書いた。後に、使徒ヨハネがパトモス島で黙示録を書き、その後アジアに福音が(訪れた)。

ヨハネ
ヨハネの親しい弟子であるヒエラポリスのパピアスが最後の5冊の書(?)に関連しているように、ヨハネの福音(書)は、ヨハネが(地上の)肉体の中にあるうちに、ヨハネによって公にされ、教会に与えられた。ヨハネが慎重に口述している間、確かに彼(パピアス?)は福音(書)を書き留めた。
しかし、異端者マルキオンは、ヨハネと反対のことを教えたために彼によって非難された後、ヨハネによって追放された。しかし彼(マルキオン)は書物や手紙を、ポントゥスにいた兄弟たちから彼(ヨハネ)に持って来た。

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