マガジンのカバー画像

【カイゴのBOSS】その男60歳。在宅介護の日誌

22
しっかりものの、「母がボケた、、、」 コントのような毎日と、悲しみと怒りが右往左往する日常
運営しているクリエイター

#自己受容

その3【ボケ老人から学ぶこと】

おかあさまのことを 「ボケ老人」とか言ってはイケナイ ​ という、お叱りはさておき、、、 (って、毎回ですが) ​ ====== ​ 「ボケるのは、不幸せなの?」 ​ ====== ​ ボケるとは ​ ○忘れること ○思い出せないこと ○覚えられないこと ​ だったりする ​ ​ それを まだ、、、かろうじて ​ ○忘れない ○思い出せる ○覚えられる ​ 私からみると ​ ​ 「かわいそうー」 で、あったり ​ 「困った」 で、あったり ​ 「そんなんぢゃ、ダメぢゃん」 で

その1【ボケ老人から学ぶこと】

おかあさまのことを 「ボケ老人」とか言ってはイケナイ という、お叱りはさておき、、、 母が、骨折後のリハビリから 家に帰って来て、約1ヶ月 思ったよりも 穏やかに 日々が過ぎている (以前はかなり  It's been a ハードデイズナイトの日々であった) 私の心中が荒れていた (イライラ、ムカムカ) ・・・・・ 母が変わったのか? と言われれば、、、 「ひとつも変わっていない」 さらに ボケ度は上昇してきている まー そりゃ、当然のよ

【毎日がブランニューデイ】

そんな、 忌野清志郎のうたを 知ってる人は かなりの モノ好きだと思われる ・・・・・ 人生は積み上げるモノの ようで、あります 幼子から少年期、青年期 オトナに どんどん積み上げていく 今日学んだことは 明日の糧に 昨日の教訓を生かして、、、 「昨日と今日、明日はつながっている」 それが、ふつうな 感覚だと思われます 「だから、みんな 明るい明日のために 今日ガンバリマス」 人生は積み上げるモノ です ・・・・・ まー、さいきん

【緑茶がぶがぶの】

母と過ごしていると 「緑茶がぶ飲み」の 日々である 朝、昼、晩 絶え間なく 「緑茶がぶ飲み」なのだ もしかして? これ? 健康的なの? とか ほくそ笑む ひとり暮らしの 行動の確認で 「ポットを使ったら お知らせが来るアプリ」っぽいのを 見たことがあるが (みまもりポット?) たしかに 「緑茶を飲んだ」は (お湯を使ったは) 生存していることを 確認する 素敵な目安なのだ ワタシにとって 母が お茶を飲んで 窓辺の椅子に座っ

【オープニングとエンディング】

この感覚はアレに似て、、、 母が退院して 家に帰ってから 1週間が経つ 朝に、昼に、夕に、晩に いっしょにトイレに行く いっしょに歩く いっしょに座る いっしょにご飯を食べる いっしょに着替える ・・・・・ 手すりにつかまりながら トイレに行ったり 手すりにつかまりながら 玄関を降りたり (そして、外を散歩をする) 歩行器で家の中を移動したり (そして、窓辺で外をながめたり) ・・・・・ そんな日々は とにかく、「待つ時間」が多いのだ

【プチ老々介護の日々】

腰が痛いのである 靴下をはかせようとして かがんでいると 腰がヤバい、、、 うららかな春の日に 公園でも散歩しよーと 母の歩行器といっしょに歩いていると しばらくすると 膝が痛むのである 老々介護の日々である お互い、80代の介護なら それは、もう 絶体絶命 青色吐息 終わらないサンセット 「介護疲れの末、、、」 とかも、 キモチはわかるのである ・・・・・ 先日、母が退院してきた  (大腿骨を骨折して入院してた) 約3ヶ月半ぶりに