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オリジナルか普遍か?

個人的にはオリジナルや唯一無二とかをかっこいいと考えるところがある。

その中で、思考と行動が真逆なのではないかと思った。

オリジナルなんてまず人に理解されない。だからオリジナルなのだ。日の目を浴びて、みんなが少しずつ注目して、それっぽく理解して、憧れとなり、真似されるようになって初めて上辺だけの理解をされるといった具合ではないか。

圧倒的なリーダーシップを発揮できる人がどういう人か考えた時、「自分はこれが正解だと思っている。」という思考のもと、行動して圧倒的な結果を出す人だ。

ここでいう圧倒的もいわば「オリジナル」なのかもしれない。他人の正解とか関係ない。そこには孤独もあるし怖さもあるかもしれない。だけどそれだとオリジナルではないし、圧倒的も難しい。

社長なんてのもオリジナルなのかもしれない。理解なんてされない。そりゃ一般社員に理解できるわけないのだ。それくらいすごいことをやらなければその会社はグレートにはなれないのではないか。

私は社長でもなんでもないが、オリジナルに憧れているところがある。だけど孤独を嫌うし、理解を求めてしまっている。言行不一致なのだ。自分が優れていたら理解なんてされないのだ。それくらいの考えでいないといけないのかもしれない。

ただ提供するサービスは多くのユーザーに使ってもらわないといけないので、多くの共感を得る必要がある。それがオリジナルではないということではないのだが、一向に理解されない憧れないものであってもいけないというところが難しいところでもあり楽しいところでもあり価値なのだ。

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