語部紡という名前すら知らなかった私が図書室でサブカルクソ幽霊と友達になった話。

※これは語部紡さんの非公式ファンノベルです。サムネ用のイラスト描いてくれる奇特な方がいらっしゃいましたらご連絡下さい(屑

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 教職課程を履修している大学生にとって、四年次の面倒事と言えば卒論・就活よりもまず教育実習だ。
 私は大学在学中に母校が潰れてしまったので、必死になって教育実習の受け入れ先を探していた。そしてようやく見つけたのが、縁もゆかりもない小娘を受け入れてくれたのがこの学園だ。

 教育実習先で待っていたのは想像を絶するブラックな実習スケジュールだった。
 各種書類に授業準備の手伝い、部活動と委員会の監督、小テストの採点、行事の準備、不良生徒の指導、進路相談、えとせとらえとせとら。また担当教諭はそれ以上に働いているものだから授業計画の相談をする暇もなく、校長と対立する一派を白い目で見ながらクタクタになって帰る毎日。
 
 それでも現職の先生方より早い帰宅なのだから、教師という職業に対する夢も憧れも擦り切れた。
 
 
「あー、終わった」
 
 
 幾つかの運動部を回った後、授業計画に見直しをするため一人になりたかったので人気のない図書室に引きこもって小一時間。
 ようやく模擬授業の構成も納得のいくものができた。後は鍵を職員室に返却したら業務終了。

 時間は既に二十時過ぎ。
 私以外に図書室に入ってきた人はいないはずだが、念の為窓の戸締まり点検をして帰ることにした。
 
 この学園は規模の割に上等な図書室を持っているが、なぜか利用者はほとんどいない。今日も図書室に入ろうと思ったら鍵が閉まっていたので、わざわざ職員室から鍵を拝借してきたのだ。おかげで一人の空間で集中できたから不満はないのだが。
 
 
 窓から暗闇の校庭を見下ろして、そろそろ帰ろうと思った時。
 ガタン、と後ろから物音がした。
 
 図書室には私しかいないはずだ。
 だが、明らかに背後から気配がする。
 僅かな息遣い、伸びる影。
 
 無意識にツバを飲み込み、喉が鳴る。
 意を決して、振り返ったその先で。


「生きてる人、いますか?」


 壁から女子高生が生えていた。
 セミロングの前髪を鱗紋柄のヘアピンで留め、何の冗談か幽霊がよくつけている三角のアレを髪紐代わりに髪を束ねている。オレンジのスカーフは今の生徒たちと同じだが、長袖のカーディガンは全く季節に合っていない。
 メガネ姿の幽霊がそこにいた。
 
 
「わーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!!」

「し、塩!」
 
 部活で生徒たちに配った塩タブレットを取り出して袋ごと幽霊に投げつける。お清めされた塩など持ってはいないが、鰯の頭も信心から。こんなお菓子でも塩は塩だ。

 勢いよく宙を舞った塩タブレットは散弾銃の如く幽霊に降り注ぎ、鈍い音を響かせて幽霊にクリーンヒット。
 幽霊少女はそのまま目を回して床に倒れ込み、半分消えかけながらうめき声をあげて気絶した。
 
 
「塩は、塩だけはやめてー……」
 
 
 
 
               ∞
 
 
 
 
 気を失った幽霊少女を改めて観察する。
 スカートの一部がパッチワークになっているが、彼女の制服はこの学園指定のものだ。
 一応実習先が決まったタイミングでこの学園についてはある程度調べたが、ここ数年で生徒の死亡事故などは無かったはずだ。
 この少女はいったいいつから幽霊をやっているのだろう。

 五分。
 十分。
 少女は一向に目を覚ます様子がない。
 というか、鼻ちょうちんを浮かべて気持ちよさそうに熟睡していた。
 
 
「いい加減起きなさい!」

「あたっ! ひっ、待ってください待ってください、やめてください、祓わないでください!」

「いや、あの」

「エクソシストですか? 埋葬機関ですか!? はっ、まさか“機関”のエージェント!?」

「どれも違うわよ!」
 
 
 しまった。思わず威嚇してしまった。
 幽霊の少女は怯えた様子でこちらを警戒しており、取り付く島もない。
 おびえる幽霊になだめる私、これではまるで立場が逆だ。
 
 彼女と会話しようにも、どうにか落ち着けないとどうしようもない。
 小動物のようにぷるぷると震える幽霊を窺いながら攻略の糸口を考えていると、ふと閃いた。
 なるべく威圧感を与えないように無理やり笑顔を作ってから、ゆっくりとその単語を告げる。
 
 
「アンリミテッド」

「……ブレイドワークス?」

「っ! その目?」

「……だれの目」

「エル・プサイ?」

「コングルゥ!」

「寺生まれの?」

「Tさん!!」

「破ぁ!!」

「やめてー、成仏しちゃうー」

「やっぱり寺生まれってスゴイ」
 
 
 そこでお互い限界に達してしまい、どちらともなく吹き出した。
 そして確信する。この幽霊、サブカル女だ。
 
 彼女の単語チョイスが気になったのだ。
 エクソシストくらいならまだしも、その次が埋葬機関。更には機関のエージェントとまで言われたら、どう足掻いてもサブカル臭を隠しきれない。そもそも、よく考えたら最初の台詞からして群青学園放送部。
 型月や超科学アドベンチャーシリーズが分かるならオカ板ネタも通じると思ったが、予想通りだ。
 
 
 陽も落ちた夜の図書室に、一人と一人の笑い声がこだました。
 
 
 
 
               ∞
 
 
 
 
 数分後、落ち着いた私たちは改めてお互いに向き合った。
 
 
「で、あなたは一体何者なの?」
「それが、思い出せないんですよね」
 
 
 少女は自分の名前も年齢も、幽霊になった経緯すら覚えていなかった。
 名前も年齢も、生きていた頃の記憶は何も残っていない。気付いたらこの図書室で地縛霊となっていたらしい。
 ずいぶん呑気な幽霊もいたものだ。
 
 
「こんなにはっきり見えるのに、私以外には話しかけたことはなかったの」

「いや、去年までいた図書室の先生、とっても厳しそうな人で怖かったんですよ。そのせいで生徒さんも図書室に近寄らなくなったし」

「それはまた……。あ、それなら、幽霊仲間とかいなかったの? トイレの花子さんとか、テケテケとか、学校の怪談の定番でしょ」

「いやー、私ホラー苦手なんですよ」

「幽霊なのに!?」

「テケテケとか実際に出会ったら心臓止まって死んじゃうかもですね。まぁ私死んでますけどね!」

 
 
 イッツア幽霊ジョークと言って少女は笑うが、乾いた笑いしかでてこない。
 この幽霊、ギャグセンスが壊滅的だ。
 だが、私との趣味の合い方は抜群だった。
 
 
「なんとなく予想はつくけど、映画とかどんなの見てた?」

「『ムカデ人間』とか」

「委員長かよ!! このサブカルクソ幽霊!」

「いいんちょう?」

「あ、そっか。ここ数年は流行りには疎いんだっけ。Vtuber……って言っても通じないわよね」

「ぶいちゅーばー」
 
 
 自前のノートパソコンを操作して有名なVtuberのまとめ動画を見せてあげると、「へー」とか「ほー」とか言いながら興味深そうに画面に見入っていた。そのうち私が操作しなくても勝手にボタンを操作して、気になる動画をどんどん開いていく。
 その様子はまるで私がVtuberにハマって動画を漁っていた頃の姿にそっくりで、ちょっとだけこの幽霊少女に親近感を覚えてしまった。
 しかし、こういうのもポルターガイストというのだろうか。
 
 
 
 
               ∞
 
 
 
 
 それから数日、私は必ず放課後には図書室に顔を出すようになっていた。
 大学ではずっと一般人に擬態していたので、リアルにサブカル話をできる友達などなかなかいない。
 
 ゲームに小説、映画、クトゥルフ、果てはSCPからネットロアまで、時間が許す限り彼女との雑談を楽しんだ。
 そして、どうしても時間が取れないときは、ノートパソコンを彼女に貸して、好きに使わせてあげた。
 なんで見ず知らずの幽霊少女にここまでしてあげるのかと言われれば、サブカル好きの同士だからとしか答えようがない。
 
 
「見て下さい! ナ○カクラッシュで10,000m到達しましたよ! これは世界記録じゃないですか!?」

「それ50,000m報告結構あるよ。20,000越えてるTAS動画もあるし」

「えー、せっかく私の妖刀ハラキリブレードが火を吹いたのに」

「C.C.F発動できたら結構10,000mはすぐ達成できちゃうしね」

「あれは発動条件難しすぎるんですよー」
 
 
 とか。
 
 
「このマチュ……マシュマロって何ですか?」

「あれ、噛んだ? いま噛んだ?」

「失礼、噛みました」

「違う、わざとだ」

「噛みまみた」

「わざとじゃない!?」

「ファミマで見た」

「チョコをつつんだふんわりの!?」
 
 
 とか。
 同世代でも通じないようなネタが通じるのだ。
 好きな話題を語り合う仲間がいなかった私にとって、彼女とのおしゃべりは心の清涼剤だった。
 
 それでも現実は容赦してくれないもので、模擬授業に尽きない雑務。週末は強制参加の懇親会でお酌を強制される始末。
 ストレスと仕事をかき分けながらもがいている内に、何とか教育実習期間も終わりが近づいてきた。
 
 
 
 
               ∞
 
 
 
 
 教育実習最終日。
 面倒な手続きやアレコレを終えて、私は最後に図書室へ訪れた。
 
 幽霊の少女は赤地の雑誌を宙に浮かせ、幽霊スタイルで読書中。古ぼけた雑誌の表紙は古い絵柄で、南米の遺跡のような場所で女性が山羊に手を伸ばしている様子が描かれていた。
 
 
「ずいぶん古いの読んでるのね」
「えぇ、ティンダロスの猟犬は大好きなんですよ。格好いいですよねー」
 
 
 クトゥルフか、と納得した。
 この少女、ホラーは苦手なくせにオカルトとかは大好物なのだ。それが性のだから仕方ない、と思ってしまうのは私も同類だからだろう。
 
 
「あれ、今日は大荷物ですね」

「えぇ、教育実習も今日で最後だし、送別の色紙とか色々貰っちゃってね」

「へー……、へっ!? あなたじっしゅーせーだったんですか」

「言ってなかったっけ」
 
 
 聞いてませんよー、と言いながら幽霊の少女は頭を抱えて体を右に左にくねらせる。
 まるでその様子がくねくねのようで、こんな可愛い少女が正体ならくねくねも怖くはないな、と思わず笑ってしまった。
 
 
「今日でお別れだからね、最後に挨拶しておこうと思って」

「えー、もうここに来てくれないんですか?」

「じっしゅーせーだからね。3週間のおつとめが済んだら自由の身なの」

「そんな。そうだ、先生になったらまたこの学校にきてくださいね。そしたらまた会えるじゃないですか!」
 
 
 無邪気に笑う少女に、少しだけ苛立ちを覚えた。
 教師なんて冗談じゃない。こんな割に合わない仕事、二度と関わってやるものか、と教育実習中ずっと思っていた。

 授業は楽しかった。
 生徒たちが送別会を開いてくれた時は思わずうるっときた。
 それでも、それ以上に教師という仕事は耐えられないほどのブラックな現場だと思ったのだ。
 
 
「私は……、教師になるのは止めておこうと思ってね」

「え、何でですか? わざわざ教師になるために教育実習もやってるんですよね?」

「理由は色々あるんだけど、未来の希望が見えない職業だしね」

「未来なんて見えませんよ?」
 
 
 ドキリとした。
 彼女は、こともなげにそう言い放ったのだ。
 未来なんてとっく亡くしてしまったはずの、幽霊少女が未来を語る。
 
 
「ジョン・タイターじゃあるまいし、未来なんて誰も分かりません。なのに、未来に期待しないなんて勿体無いですよ」

「あ、あなたなんかに何が分かるのよ!」

「幽霊だって分かることくらいありますよ」

「あんたに、幽霊なんかに未来なんて無いくせに!」
 
 
 勢いから出た言葉に思わず口を塞いだ。
 違う、私はそんな事が言いたいわけじゃない。ただ、人懐こくて寂しがり屋な幽霊に、最後の挨拶をしにきただけなのに。
 
 常識的に考えて、私がいつまでもこの図書室に通うことはできない。
 そうなったら、この図書室でずっと一人ぼっちだった彼女はどうなってしまうのだろう。小娘一人にどうにかできる問題ではない。でも、黙って別れるほど薄情にもなれない。
 
 そんな私の弱い心が、せめて笑顔でお別れしようと自分の心に整理をつけて、全力の偽善心を振り絞ったというのに。
 その結果が、ごらんの有様だよ。
 
 
「あっ、……ごめんなさい。今のは、その」

「ありますよ」
 
 
 少女は怒りも悲しみも無く、当たり前のように柔らかい笑みを浮かべて私の手を取った。
 幽霊のくせにほんのりと温かい、優しい温度。
 その時になって、ようやく彼女の体が少しずつ薄くなっていることに気付いた。
 
 
「あなた、体が」

「えへへ、ごめんなさい。実はこうなるって予感はあったんです。だから、名前も思い出せない振りして騙してました。
 名前なんて教えたらさよならしにくくなっちゃうじゃないですか」
 
「だって、そんな……」
 
 
「幽霊だって、ここにいます。
 昨日も、今日も、こうしてあなたとお話できました。幽霊にだって未来はあるんです。
 だから、もうちょっとだけ考えてみてください。未来がどうなってるかなんて、誰にもわからないんですから
 そして、できれば私に立派な姿を見せて下さいね」
 
 
 私は幽霊との出会いをどこかフィクションのように思っていた。
 現実にはギガロマニアックスもリーディング・シュタイナーも存在しないし、lainも怪異も収容違反も存在しない。だから、きっとこの幽霊と過ごした日々も、教育実習が終わったら少しずつ忘れてしまって、数年後には記憶も定かな思い出になるはずなのだ。
 そうやって非現実なイベントから現実的な日常に戻って、つまらないと言いながらありきたりな人生を過ごすのだ。
 
 だから。
 だけど。
 それなのに。
 
 
「さよなら、じゃないですね。また会いましょう。名前も知らないお姉さん」
 
 
 待って、という暇もなかった。
 幽霊少女は、勝手に期待を押し付けて、勝手に約束を取り付けて、自分一人言い逃げしたのだ。
 涙さえ零せない、唐突な別れ。
 この幽霊は、幽霊らしく、しっかり私をって消えたのだった。
 
 
「首洗って待ってなさいよ、……名前も知らない幽霊さん」
 
 
 
 
               ∞
 
 
 
 
 教育実習期間が終わって、私は教員採用試験を受験。
 
 
 そして落ちた。
 
 
 ははは、笑うがいい。
 卒業式を迎えたらフリーターしながら臨時採用を待つ日々だ。妊娠して育休入れ現役教師(せんぱい)ども。
 それでも私は後悔していなかった。
 
 あの後、何度かお礼や事後報告と予定を作って学園に足を運んだが、図書室で語り合った幽霊とは一度も会っていない。消えゆく彼女は最後に「また会いましょう」と言っていたが、成仏した彼女とまた会うのは一体いつになることやら。それこそ「これじゃわたし、おばあちゃんになっちゃいますよ?」だ。
 
 
 
 塾講師のバイトを終えて部屋に帰り、防水ケースに入れたスマホを取り出して湯船に浸かる。
 Twitterを開いて、お気に入りVtuberのリストを読み込むと、今日もTLは賑わっていた。
 まず目に入ったにじさんじの清楚な委員長から、ふと彼女の残り香を感じてしまう。
 
 
『ムカデ人間とか見るんですよ』
 
 
 そう笑って話す姿は、ちょっとだけ委員長に似ていた気がする。
 
 そういえばにじさんじに新しいメンバーが加わるんだった。
 どれどれ、新メンバーはどんなVtuberだろう、と思って公式サイトを漁ってみると、そこにいた彼女を見つけて思わず湯船の水面をバシャバシャ叩いて笑い声をあげた。 
 
 
「また会いましょうって、こういうこと?」
 
 
 新メンバーは3人。
 カメラを持ったメガネの少女と、和服を着た中学生の若女将、そして、セミロングをヘアピンと天冠でまとめ、メガネをかけたサブカル臭の隠せない成仏詐欺の幽霊少女。
 
 すでに初回配信は終わっているようで、アーカイブも残っている。
 動画は風呂上がりにすぐノートパソコンで見るとして、Twitterアカウントを探してすぐフォローした。
 
 まだツイート数は多くない。1件1件彼女のツイートをさかのぼり。
 ツイッターの初投稿を見て、思わず口角が上がる。
 そうだ、彼女はそれでこそ。
 



「かたりべちゃん、寝る……ってとこかな?」


 私はいいねボタンをとRTボタンを押しながら、この愛しきサブカルクソ幽霊の幽霊部員(ファン)になったのだ。



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