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心の底から思うこと|清水一貴

profile
#24  清水一貴
出身高校:刈谷高校
ポジション:SB、SH
身体操作とクロスの精度に優れたサイドプレーヤー。休部から復帰後、ピッチ内外においてチームの模範であり続けた。
清水一貴からのラストメッセージ


家の中で1番集中できる場所はどこだと思いますか?

そうです、玄関です。私は今まさに玄関で一人、締切がとうに過ぎた卒部ブログを書いております。ドアの向こうからかすかに聞こえる車の音、靴しかない殺風景な空間、程よい寒さ。そんな環境が集中力を高めてくれるように思います。4年間、家のいたるところでレポートを書いてきた私が保証します。ちなみに2位は押し入れの中です。


前置き

いきなりだが、心の中と完全に合致した「本当のこと」をこの世に現出させることは不可能に近いと私は考えている。どこかに嘘が入り込む。全くの嘘とは言わないにしても、曖昧にして誤魔化したり、そもそも触れずに目を背けたりする。また、心の中は相反する感情が混在し、途方もなく複雑だ。その感情全てに焦点を当てて表現しようだなんて、無理な話だ。


心の中は0・100ではない。下手に一部の感情だけを切り抜いて、文章や言葉にしてしまうと、無視した感情に嘘をついているような感覚に陥り、たまらなくそれが許せなくなる。しかし、そんなことを言っていたら、誰も心の内を表現することができない。ブログを書くなんてもってのほかだ。


私はこのブログを通じて、当時の心の一面を切り取り、客観的に当時の行動に当てはめていくわけだが、そこには、必然的に無視される感情が生まれてしまう。したがって、ブログを書くという行為にはしばしば苦痛が伴う。しかしながら、きっとそれこそが、書くという営みを意義深いものにしているのだろう。そんな風に自分を納得させながら、当時を振り返っていきたい。


休部

3年生の6月、私は5歳から続けてきたサッカーから離れた。理由はたいしたことじゃない。楽しかったはずのサッカーが楽しくなくなったからだ。周りからどう見えていたかはわからないが、当時の自分はサッカーをしている理由を完全に見失っていた。週6日わざわざ時間を削ってまでボールを蹴る理由がわからなかった。このチームにいる理由がわからなかった。


一口に楽しさといってもいくつか種類がある。ただ純粋にボールを蹴る楽しさと、成長していく楽しさは別物だ。前者が土台としてあり、その上に後者が乗っている。2年生の時、私は後者の楽しさを実感していた。2年の夏からサイドハーフにコンバートされたのだが、徐々にできることが増えていき、試合に出る機会も増えていった。もちろん要求されていた水準には全く達していなかったが、自分の中ではそれなりに成長を感じていた。できることが増えていくことが楽しいと感じていたのだ。


しかし、2年生の時に試合に出られていたのは、下級生だったからであり、同じポジションの元貴が怪我をしていたからに過ぎない。当然、新チームになると今までのようにはいかなくなる。さあどうしたものかと考えていた矢先、怪我をする。4月に復帰するも、チームはリーグ戦に向けて一つになっていた。正直焦っていた。居場所を確保するのに必死だった。すでにサッカーを楽しむ余裕はなくなっていた。その頃だっただろうか、休部という選択肢が頭をかすめたのは。チームはリーグ戦開幕以降、勝利を重ねていたが、その中に私はいない。チームを外から応援するサポーター、そんな感覚だった。


休部が決定的になったのは5月の大東文化大学戦だ。私は、怪我をした由都さんの代わりとして試合に出たのだが、何もできずに途中交代。結局0―1で負け、開幕からの連勝は4で止まった。私が試合に出た結果、負けたのだ。もちろん、一人の選手のせいでチームが負けるなんて傲慢な考えだが、当時の私は、責任の所在が自分以外にないと本気で思っていた。試合後、私の中で何かが切れる音がした。


そんな人間が、休部する絶好の機会を逃すはずがない。資格試験という、もっともらしい建前が落ちていたから拾っただけだ。私は逃げるようにサッカーから離れた。


復帰

このようにして、私はサッカーから離れたわけだが、ア式から離れたわけではない。休部中も小平での試合は観に行っていたし、ゼミには2人の同期がいる。他の同期ともちょくちょく飯に行くなどしていた。休部中に会ってくれた人たち、ありがとう。皆のおかげでメンタル保てました。


休部から何か月かすると、サッカーへの負の感情が少し和らいだ。徐々にサッカーへの嫌悪感よりもア式への思いの方が大きくなっていった。毎週末、リーグ戦での皆の活躍を見ていると元気が出た。


「俺、復帰するわぁ」

4年生の6月、銭湯で山下にポロっとこぼした。めちゃくちゃ喜んでくれた。すげえいい奴。しかしながら、そんなことを言うつもりなんてなかった。気づいたら口からこぼれていた。もう限界だったのかもしれない。正直1年は長すぎた。資格試験という理由で休部した以上、何かしらの成果がないと復帰しづらいものだ。実を言うと、3年生のシーズンが終わるころに復帰しようかと真剣に考えたことがある。しかし、何の成果もないうえに半年で帰ってくるのは自分勝手すぎると思い、その時は断念した。


その後復帰してからは、全てが楽しかった。グラウンドでボールを蹴る時間、家で練習の動画を見る時間、自転車での移動時間。こんなにサッカーが楽しいのはいつぶりだろうか。人は失ってからじゃないと気づけないというが、本当にその通りだろう。ア式の皆と過ごす1分1秒が愛おしかった。


最後に

復帰以降がかなり駆け足な気がしますが、締切もとっくに過ぎているので、これで勘弁してください。


最後に、今まで支えてくださった方々、本当にありがとうございました。特に同期のみんな、ありがとう。サ式で良かったと、心の底からそう思います。

清水一貴

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