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やさしくなりたい

ロサンゼルス空港で東京行きの便を待つ間、ぼけっと本を読んでいたら、急に背後が騒がしくなった。振り向くと80歳はゆうにこえていそうなおばあちゃんが膝から崩れ落ちていた。身体はキリンの首のように細く、よぼよぼなのに杖もつかず、2つのボストンバックを抱え、片方にはシーズー犬がはいっていた(海外では航空会社によっては、ペットを持ち込みできるらしい)ヨロヨロと倒れこむ姿に、すぐに数人の男性が駆け寄り、脇を抱え上げて座席に座らせた。ちょうど搭乗開始のアナウンスが始まったので「大丈夫か」「歩けるか」と一通りの声がけをして、問題ないと判断した彼らは散り散りに搭乗列へ戻っていった。その場にひとりだけ残った男性がいた。背丈は180センチほど、だぶだぶの洋服に身を包み、猫背で坊主の一見やんちゃなその人はしきりにおばあちゃんに話しかけており、アクセントからすると中東アジアか、強い巻き舌はロシアっぽさも感じられる。ちょっとまってて、彼はそういって走り出し、ほどなく水のボトルを2本抱えてもどってきた。おばあちゃんはどうやら一人旅のようで、キャップを開けてくれた男性に有難うと繰り返しながら、水をちびちび飲みプリントした旅程をみていた。足元におかれたメッシュのボストンバッグは10センチ程ジッパーが開いており、シーズーがふんふんと鼻を鳴らしていた。おばあちゃんの細い両足はまだ僅かに震えている。私は2列先の座席にいたので、ふたりの会話はよく聞こえなかったが、なんだかトラブっているようだ。じっとみつめていると男性と目が合い、かれは困った表情をひっこめてウインクをひとつくれた。


私は即座に歩み寄り、「どうしたの?お手伝いしようか?」と聞く。どうやらおばあちゃんの旅程に書かれた行先とゲート番号がマッチしないらしい。おばあちゃんの行き先はソルトレイクシティ、ゲート34。ゲートはあってるが、これは東京行きだ。ゲート番号なぞ直前に変わるのが当たり前。私が電光掲示板で確認するよ、と告げると、男性はおばあちゃんの車椅子を手配するためカウンターへ向かった。20メートルほど走って電光掲示板をみてみると、ソルトレイクシティ行はゲート39。ここからだと歩いて10分もかからない。カウンターへもどると、車椅子はきておらず、従業員の女性が「それは私の仕事じゃない」と言い張っていた。

「彼女はあそこのゲート39に行かなきゃいけない。ボーディングは始まってるし、私達だって東京行きに乗りたいの。あなたがおぶってく?それより車椅子持ってくるほうが早いんじゃない?手配したほうがハッピーだと思うけど!」困り顔の彼に代わって私が静かにブチ切れてると、奥のほうにいたジャック・ブラック似のおじさんが慌てて対応してくれた。おばあちゃんをゲートに届けたころには、東京行きの便は出発まで5分を切っていた。


家族に電話しようか、ソルトレイクシティでお迎えはくるのか、CAに言伝しておくことはないか、男性は最後の最後まで、まるで自分の身内のように彼女の世話を焼いていた。ありがとうね、とおばあちゃんに握手され、ふたりでダッシュで搭乗口へ戻る。


「みんな冷たすぎるよ。トルコだったらこんなことはない。困っていたら色んなひとが寄ってくるし、年寄りや病人は真っ先に助けてもらえるんだ」

道すがら、なんだか泣きそうな顔でいう彼に、正直返す言葉がなかった。そうだね、あなたが水を買いに行ってる間に私がゲート違いに気づいて、誰かが車椅子を手配して、誰かがおばあちゃんと犬の話し相手になっていたら、もっと早く搭乗口に届けてあげられたかもしれない。あなたも私も声を荒げずに、平和にお見送りできたね。

日本だって年寄りをリスペクトするだろう、聞かれて思わず頷いたけれど、決してその限りでもない。私は出張帰りで、その場に同じ便で帰る会社の同僚も何名かいた。誰一人おばあちゃんと彼に助け船をださなかった。言語の壁は別として、アメリカ人だろうが、そうじゃなかろうが、なんかできただろう、と思う。



When given the choice between being right or being kind, choose kind.
正しいことをするか親切なことをするか迷ったら、親切にしよう

映画「ワンダー 君は太陽」


あの場で最後まで手を差し伸べることができたのが、私と彼でよかったと思う。同時に、もっと周りを巻き込むべきだったとも。それが正しいとは限らないけれど。いつか逆の立場になったとき、誰かにやさしくしてほしいなら、やさしくあるべきだ。そんな覚え書き。


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