真夜中の蝉
ミ゛ッ
深夜、ベチベチと何かぶつかる音がする。
マンションのベランダに出てみるとアブラゼミがひっくり返っていた。
可哀想にと思い、拾い上げようとすると再び「ミ゛ッ」夜の闇に飛んでいった。
耳を欹てていると、遠くの方でまたベチベチと始めている。
蝉の音のする方へ駆け足で家を飛び出た。
すると途中、踊り場で小ぶりな生物を発見。
ニイニイゼミだ。
さっきのアブラはどこへやら、目の前のニイニイに釘付けになる。
蝉の中でもかなり小柄で羽を除く体長は2cm弱。警戒心が強いのに微動だにしない。
そっと手で包んで裏返してみる。尻の先が長いのがメスだがうまく判別できず。
そもそも鳴かないしメスの可能性が高い。しかし素敵な柄をしているな。
流石にジタバタされたので、踏まれないように手摺の影に置いてやる。
前脚をそろりと動かし何かを探っているように警戒している。その仕草がまた良い。
部屋に戻ろうと踵を返す。すると階段の3段目辺りの蹴込の影にもう一匹のニイニイを発見。
屈んで確認しようとした所、下方から跫音が聞こえてきた。他の住人が帰ってきたようだ。
真夜中に成人男性が踊り場の片隅で虫を眺めている構図は恐怖だろう。
即座に小走りで部屋まで戻る。この姿も俯瞰で見たら絶対に怪しい。
取り残されたニイニイが踏まれてないか心配になったが
成人男性が蝉を助けに暗がりの階段を往復するのもどうなのだろう、と自制した。
しかし、ニイニイが頭から離れない。
テレビを見ていても、本を読んでいても、腕にニイニイの幻影が這ってくる。
だめか。部屋を飛び出す。
さきほどの場所にあいつはいた。まんじりともせず。
すくい上げようと手を延べた刹那、 「ミ゛ッ」飛び去ってしまった。
茫然と立ち尽くし、闇に目をやる。
オスかあ。
余計なことしてしまったかな。助けたつもりのメスは、まだ手摺の影にいた。
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