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特定社会保険労務士試験第2回過去問の解説(その2)

 今回は、小問(2)の解き方を解説しますが、かなりボリュームがあります。昨年書いた原稿があるとはいえ、かなり時間のかかる作業でした。

小問(2)の問題文

  Xの立場に立って、Xの代理人としてY社の行った本件解雇が、解雇権の濫用で無効であると主張する場合に、これを基礎づける具体的主張事実の要旨を解答用紙第2欄に箇条書き(例えば、「①63歳まで雇用を保障する特約のあったこと。」等の要領)で記載しなさい。


〔出題の趣旨〕 Xの代理人である特定社会保険労務士として、Y社に対して本件解雇が権利濫用で無効であると主張する場合の請求原因となる具体的事実の主張(権利濫用を根拠づける事実)を箇条書きでの記載を求めるもの。当事者の言い分の中から要件事実を的確に具体的項目として把握しているか、それを主張事実としてまとめられるかを問うもの。

〔配点〕20点

(注)私の考える重要箇所は太字にしました。

次の「法的三段論法」の大前提と小前提を検討する出題です。

大前提

要件→効果(法命題)

小前提

事実→要件(事実へのあてはめ)

結論

事実→効果(具体的な価値判断)


 解雇無効を争う場合の共通する公式が、安西愈著「トップ・ミドルのための採用から退職までの法律知識【十四訂】」中央経済社2013年9月15日発行(以下「安西本」と略称します。時々引用することがあります。)P965に「第18-2 有効な解雇の図式」として示されています。これを少し加工して次に載せます。この式に従って、「就業規則該当事由」から「合理的な理由と社会通念上の相当性」まで検討して、全部満たしたら解雇有効となる訳です(どこかで引っかかると無効)が、回答としては、回答欄のスペースとの関係で検討過程の全部を書くことができないときは、最初の方の条件を満たしていることを省略することもあり得るので、答案構成が重要になります。


有効な解雇

原則として就業規則該当の事由(政府見解や判例は例示列挙説・懲戒解雇は限定列挙)

就業規則に定める解雇手続の履行(社内規定等に定めがある場合)

労基法の解雇予告手続の履行(予告除外認定を含む)

法律上の解雇禁止に不該当(法定の禁止)

解雇を相当とする理由(総合的な判断)(・客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性)

(注)最後の要素は、最高裁判例が、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」と述べて、解雇権濫用法理として確立しています(しつこいようですが、暗記しておくべきです。)。

 この解雇権濫用法理がとても重要なので、ここでしっかり勉強するために、菅野労働法 P784-793「(1)解雇権濫用法理の明文化」、「(2)解雇の合理的理由・概説」、「(4)勤務成績不良者に対する解雇」とプレップ労働法P91-117「第4章 労働契約の終了」を、よく読んでください。


 「解雇権濫用法理」ですが、解雇の論点の根本にかかわるので、ここで一度整理をすることにしました。
 例えば、第16回(令和2年度)特定社労士試験第1問小問(4)の出題の趣旨は次のように書かれています。

〔出題の趣旨〕 本件事案について、双方の主張事実や本件事案の内容等を踏まえて本件試用期間満了による本採用拒否の解雇の効力について考察し、その法的判断の見通し・内容について250字以内での記載を求める出題である。解答にあたっては、本件が試用期間中の解雇であることから、試用期間満了時の解雇は通常解雇とは異なるのでその法的意義内容に言及し、その上でX、Y社の主張事実の内容、Xの従業員としての不適格性の立証はY社が行うべきであることから、本件主張関係を考察して、客観的合理性と社会通念上の相当性についての判断考察内容の記載を求めるものである。


 私が太字にした箇所は、最高裁判所が日本食塩製造事件―最二小判昭50.4.25で、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」と述べた、解雇権濫用法理の2つの要素を指しています。

 何が言いたかったかと言うと、第16回第1問は、試用期間満了時の解雇の論点が正面の論点ではありますが、その底流には解雇権濫用法理が流れているよと出題者が示唆してくれていると言うことです。逆に言うと、(過去問では)様々な解雇の場面があって、場面ごとの細分化された論点の要件・効果の当てはめが適切に思い浮かばなくても、根底には解雇権濫用法理が流れているので、その理解があれば、それを使って答えにたどり着けるので、そこをしっかり理解して習得することが、大切(基本中の基本)ではないのかと(私は考えている)言うことです。蛇足ながら、平成15年の労働基準法改正で同法104条に明文化され、平成19年に成立した労働契約法16条がこれを受け継いでいることと、その後最高裁が認めた(有期雇用契約の)雇止め法理とこれを明文化した労働契約法19条があることは、皆さんご存じのとおりです。

 管野労働法P784には、「労基法の制定・施行後しばらくの間は、解雇は正当事由が必要であるとの説が唱えられていたが、これは民法上の解雇の自由(627条1項)を基礎とする現行法においては無理があるので、やがて権利濫用の法理(民法1条3項)を応用して、実質的に同一の帰結をもたらす解雇権濫用法理が多数の裁判例の積み重ねによって確立された。」と記載されています。ここでは、解雇権濫用法理は民法の権利濫用の条文が出発点であったと言うことを、覚えておいてください。

 さて、①「客観的に合理的な理由」とは何か?と②「社会通念上相当として認められない場合」とは何か?についてです。

 安西本P9973-975には、「『客観的に合理的な理由を欠く場合』とは、解雇に値する事由を欠く場合ということで、その有無については、次の①真実性、②客観性、③解雇規範(基準)該当性から判断される。・・・<中略>・・・。次に、これに該当する事由としては、一般企業においては、次のようなものが考えられる。①労務提供の不能、困難、不安定 ②労働能力、技術、知識等の著しい欠如 ③労務の著しい不適格(業務上の著しい不適格、協調性の欠如、不安全行動の常習、職場不適応 ④~⑩<省略>)」と記載されています。

 安西本P975には、「これは、『解雇理由が客観的かつ合理的なものであるとしても、さらに社会通念からみて労働者を企業から排除するに値するほどのものとは評価し得ない場合をいう』ということである。」と記載されています(その後、高知放送局アナウンサー事件最高裁判例を用いて具体的に説明されています。)。私が考えるには、客観的に合理的な理由はあるが、諸般の事情(前例、周囲の状況、本人の事情等)を考慮すると、解雇までするのは当該労働者にとって酷だろうと思われる場合だということです。

 ここでもう1つポイントがあります。管野労働法P786には、「解雇権濫用の主張立証責任」という箇所があり、①「客観的に合理的な理由」があると使用者が主張・立証するのか、それとも、ないと労働者が主張・立証するのか?②「社会通念上相当として認められない場合」であると労働者が主張・立証するのか、それとも認められると使用者が主張・立証するのか?について書かれています。これまでの特定社労士試験では、挙証責任の分配の関係で勝敗が分かれるので、その勝敗の行方を予想することが困難になるまでの出題はなされていませんが、(勉強になるので)管野労働法を、じっくり読んでおかれることをお勧めします。

 原則論は、申請人が主張・立証して、相手方が反論する(突き崩す)という形になると思いますが、場合によっては両者が主張・立証し合うということもあります。


 試験本番では、時間が足りなくなるのでここまで掘り下げて検討したくても出来ませんが、今は、勉強のためなので、以下、詳しく分析していきます。

 まずは、出題の趣旨を再掲します(重要ポイントは太字にしました。)。

〔出題の趣旨〕 Xの代理人である特定社会保険労務士として、Y社に対して本件解雇が権利濫用で無効であると主張する場合の請求原因となる具体的事実の主張(権利濫用を根拠づける事実)を箇条書きでの記載を求めるもの。当事者の言い分の中から要件事実を的確に具体的項目として把握しているか、それを主張事実としてまとめられるかを問うもの。

有効な解雇の公式です。

原則として就業規則該当の事由(政府見解や判例は例示列挙説・懲戒解雇は限定列挙)

就業規則に定める解雇手続の履行(社内規定等に定めがある場合)

労基法の解雇予告手続の履行(予告除外認定を含む)

法律上の解雇禁止に不該当(法定の禁止)

解雇を相当とする理由(総合的な判断)(・客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性)

 そもそも、あっせんや調停では、申請人(例えば、解雇された労働者)が、相手方(例えば、解雇した使用者)に対して、申請書で「その解雇は無効です。なぜなら、こういう事実があって、それが解雇権濫用法理の要件に当てはまるからです」と主張し、相手方が答弁書で「申請書に記載された事実は虚偽ですとか、申請人の誤解ですと言って、だから解雇権の濫用はありません」と反論します。

 そうすると、上記の有効な解雇の式に当てはめて分析して、本件解雇は無効であると主張・立証する責任を負うのは、一義的には解雇された労働者(申請人)Xということになります。これを受けて、使用者(相手方)Y社は、答弁書で、Xの申請書に記載された主張・立証を攻撃する(突き崩す)反論(といいつつ自らの行為は正しいというのですが。)をすることになります。本問では、XがY社の弱点の何処を突くべきかが問われています(混乱しないようによく考えてください。)。


 それでは、原則的な解き方として、5つの太字の要素について順番に見ていきましょう(この検討をそのまま答案に書かされることは、まずありません。)。

①    就業規則の該当事由(Y社の社長の言い分)

 就業規則の「勤務態度、業務能力、勤務成績等が劣悪で改善なく、従業員として不適格なとき」との解雇事由の定めにより、解雇しました。・・・事実の評価の問題ですが外形的には満たします

②    就業規則に定める解雇手続の履行(根拠なし)

 懲戒解雇なら懲戒事由、懲罰の種類、本人の弁明等の手続等が定められているはずであるが、本件は普通解雇であり、特段の手続が必要であると就業規則に定められているとの情報提供もないので、この要素はスキップできると判断します。

③    解雇予告手続の履行(Y社の社長の言い分)

 解雇予告手当を支払い解雇しました。・・・30日前の解雇予告か賃金30日分の解雇予告手当の支払が必要で、後者が履行されている。・・・この要素は満たします

④    法律上の解雇禁止事由に不該当(根拠なし)

 不当労働行為となる解雇の禁止(労組法7条)、業務上の負傷疾病による休業、産前産後休業中およびその後の30日の解雇禁止(労基法19条)、国籍、信条等を理由とする解雇の禁止(労基法3条)、監督機関等行政機関に対する申告・申出を理由とする解雇の禁止(労基法104条、安衛法97条等)、性別を理由とする解雇の禁止(均等法6条4号)、女性の婚姻、妊娠、出産を退職理由と予定した定めの禁止(均等法9条1項)、婚姻、妊娠、出産、産休、育児・介護及び育児、介護関連措置の理由の解雇の禁止(均等法9条2項3号、育児・介護法10条・16条等)、妊娠中及び出産後1年以内の女性の解雇禁止(均等法9条4項)、労基法等の手続保障についての不同意や過半数代表者への不利益取扱いの解雇禁止(労基法38条の4等)、公益通報をしたことを理由とする解雇の禁止(公益通報者保護法3条)などに該当する事実は示されていない。・・・本問では不該当と判断します(過去問でこの点を問われたことはありませんが、将来、該当する場合が問題文に登場する可能性があるので、主な該当事由を覚えておく必要があります。)。


 ここまでで、Y社の主張は、一応、通ると考えます。すると次の⑤が問題になります。

⑤    解雇を相当とする理由

ア 客観的に合理的な理由が存在するか?

 相手方Y社の立場からは、①新しい賃金制度・人事制度等の企画導入およびその運営実施を担当職務として、社長直属の経営企画部長として経営幹部の地位で中途採用し、②初年度年俸は800万円ではあったが、2年目からは他の部長と同額の850万円とした。①と②の条件で期待して採用したのに、③定められた期日までに満足な人事制度の提案がなされず、やむなく外部のコンサルタント会社に委託して新人事制度を導入・運用した、④経営企画部長としての営業活動が不適切で取引先の不興を買い、成績が上がらなかった、⑤社外の人に対し、社長やY社を批判した、⑥通勤手当の不正受給があった、との事実が主張されています。①と②はXとの間で争いのない事実と考えられますから、③~⑥をどう評価するか(悪さの程度)が、XとY社で見解が分かれています。

 申請人Xの立場からは、相手方Y社の主張する事実が(a) 虚偽である、(b) Y社に都合の良い主観的評価である、(c) 解雇規範(基準)からはずれる、の3点を主張・立証することになりますが、(a)と(b)が満たされれば(c)はY社の就業規則の解雇事由に該当して満たされることになるので、(a)か(b)を主張・立証することが必要です。

 XによるY社の主張する③④⑤⑥への反論は、③Xの経験したことのないY社内部の問題からうまく新賃金制度・人事制度等の提案をできなかったが努力して案を作って社長に提案したにもかかわらず、否定されたうえに、適切な指導も支援も受けられず、最後にはXを無視して外部委託してしまった、④経営企画部長としての営業活動は銀行での経験を活かした経営アドバイスなどで適切な方法・内容であった、⑤自分が疎んじられていたのでY社の将来を心配して取引先に愚痴を言ったことはあるが、社長や会社を批判したことはなかった、⑥通勤手当は不正受給ではなくY社における裁量の範囲内のことであり、実態を知っていた経理部長から注意を受けたことはなかった。

 以上の検討から、Y社が主張する③④⑤⑥は、真実性と客観性において、疑問が残る状態に置かれている(つまりY社の主張・立証は不十分)と普通なら判断します。しかし、後述しますが、XのY社における立場が、普通の正社員労働者と違うという点から、事実の評価の基準が変わって、Xにとって厳しくなると、Y社の主張(この試験では証拠の提出など立証活動は示されない。)が認められ易くなります。

イ 社会通念上相当性と認められるか?

 申請人Xの立場からは、仮に上記アが満たされたとしても、具体的状況等諸般の事情を考慮して、申請人Xが解雇に値するほどの悪質な(または劣った)労働者ではないと主張・立証することで、解雇を無効にすることができます。Xが入社したときの条件・待遇は、Y社の主張する①新しい賃金制度・人事制度等の企画導入およびその運営実施を担当職務として、社長直属の経営企画部長として経営幹部の地位で中途採用した、②初年度年俸は800万円ではあったが、2年目からは他の部長と同額の850万円とした(ここで少し引っかかるのは、1年目に他の部長より50万円安かった点です。)、これらに加えて、Xの言い分にある「将来は銀行の経歴を生かして経営に関与する取締役にといわれ」という事実から、Xは単なる新人事制度等構築のための短期雇用の専門職ではなくY社の経営幹部としても期待され長期雇用が約束されていたことが見て取れます。これらに追加でXの事情をあげるなら、40歳代か50歳代の中年男性が銀行を退職して転職してきたのにY社に解雇されて、次の転職先を探すことは難しいこと、XがY社に残りたいと希望していること、初年度の年俸は他の部長より50万円安くY社に馴染むための期間中だから最初から高い成果目標を課していなかったととれること、Y社としてXの受け入れ・能力の発揮へのサポートが不十分であることなどから、仮に、上記アの検討結果がY社側有利であったとしても、そう簡単には社会通念上相当とは言えないと思われます。つまり、どちらを勝たせるかは、中々難しい(悩ましい)状況になりました。

 ここで、上記⑤ア・イをどのように評価するかを考えるために、以前書いた、要件とそのあてはめに際しての注意点を、私のノートから再掲します。もうお分かりとは思いますが、「(3)職種や地位を特定して中途採用した労働者の能力不足による解雇」と「(4)地位特定者の解雇を補強する条件」が、ここでのポイントになります。

(1)勤務態度不良による解雇

① 労働者の勤務態度不良は、労務提供義務の不完全履行であり解雇理由となり得るが、懲戒解雇となる事案は少なく、普通解雇とされる場合が多い。

② 勤務態度の不良は、一つ一つの出来事は些細なものであっても、このような事情が恒常的に繰り返されると、勤務態度の不良が重大であると判断され、しかも、使用者側の再三再四にわたる注意・指導にもかかわらず労働者が一向に態度を改めないと、懲戒解雇が認められる場合がある。

③ 勤務態度不良による解雇の妥当性は、問題行動の反復・継続性、使用者側の注意・指導の有無などがその判断要素となる。

(2)職務能力不足による解雇(次の要素が必要)

① 就業規則に解雇事由の具体的記載があって、それに該当すること。

② 単に能力が他の従業員に比べて劣っているというのでは足りない。

③ その程度が著しいため改善の見込みがないと認められること。

④ 会社の統制上又は営業面で看過できないほど広範囲かつ深刻なものであること。

⑤ 当該従業員を他の業務を配置転換するなどの方法によっても回避しがたい状況に至っていること。

(注)この(1)と(2)を見比べていて、「解雇にはその前提条件として必ず解雇事由の就業規則への記載が必要なのか?」という疑問が湧きました。今回は量がメチャメチャ多いので、次回(その3)で検討して書きます。ここはこのまま読み進んでください。

(3)職種や地位を特定して中途採用した労働者の能力不足による解雇

① 地位特定者とは、会社が特定の仕事が出来ることを前提に、それを期待して賃金や権限を優遇して雇用された従業員である。

② したがって、このような地位を特定された従業員が、契約の本旨に沿った仕事ができない以上、契約の解除、つまり解雇されても致し方ないのである。

(4)地位特定者の解雇を補強する条件

① 裁判で会社側は、労働者の能力不足を理由とする解雇の正当性を主張するために、雇用契約書の内容と、当該労働者の能力不足が債務の本旨に沿わないことを決定づける客観的な事実を、証拠として示さなければならない。

② 会社としては、このような解雇もあり得るとの前提で契約書を作成する必要がある。つまり、これが示せないと話にならない。口頭では不十分だが、答案で事実を列挙するときに書面契約書の記載等が足りなければ、口頭の通知・約束も書いておく。

③ 地位特定者の雇用契約書のポイントは次のとおり。

(ア)雇用契約書を個別に作成する。

(イ)営業部長や製造部長などの地位を特定する。

(ウ)雇用契約書に会社が望む仕事の内容・成果を具体的に記載する。

(エ)会社が望む仕事の内容または成果を達成できなければ、解雇などの処分を行う、と一文を入れておく。

(オ)中途採用者で、即戦力として結果を求め、未達なら辞めて欲しいのならば、その地位に相応しい賃金の処遇や待遇を記載しておく。

 それでは、Xの代理人の立場で、[Xの言い分]から要件を当てはめて、事実を検討します。

(A)    Xは、新人制度等を構築する目的を持って、銀行を退職して従業員数150名程度の中小企業に経営企画部長という部長職(専門職ではない)で中途退職されたので、その成果、成績、勤務態度等の評価は、通常の長期雇用の平社員とは違い、より厳しい目で見られるべきであるというのは首肯できる。

(B)    とは言え、Xは、その持てる能力の範囲内でY社という新しい環境に適応し、成果をあげるべく努力をしてきたが、社長をはじめとするY社からの指導・支援が乏しく、思うように成果をあげられず、かつ、その勤務態度が中小企業としてのY社では浮くように受け止められ、段々窮地に追い込まれていった。

(C)    加えて、X側の事情として、Xは、将来Y社の取締役への就任もあるとの提案を受け、長期安定的雇用で経営幹部になるという前提で銀行を退職してY社に転職しており、必ずしも新人制度等の構築のみを目的(仕事の成果)として、雇用された訳ではなく、Xの評価は、専門性+経営幹部としての適性・貢献に依ってなされるべきものであり、本件の解雇に至るY社によるXの評価がこの基準に従って適正になされれば、就業規則に定める解雇事由に該当するほど、「劣悪で改善なく、従業員として不適格なとき」とまでは言えないと考えている。

(D)    以上の検討から、Xの代理人としては、次の事実を列挙する(Xの言い分の順番で)。

①    人材紹介会社の紹介により、将来は銀行の経歴を生かして経営に関与する取締役にもと誘われて、大学卒業後就職したA銀行を退職してY社に転職したこと。

②    Y社に入社して新人事制度等の構築に着手したがY社の社内事情から難航したにもかかわらず、何とか案を作って社長に提出したが否定され、方針の指示等を求めても明確な方向性を示して貰えず放置されたこと。

③    Y社が、Xによる新人事制度等の構築の指導・支援をする代わりに、Xを無視してコンサルタントに外注して、そちらの主導で強引に新制度を導入して運用を始めたこと。

④    本年4月から取引先営業活動を担当するようになったので、銀行での経験を生かして努力してこれを遂行したこと。

⑤    経営企画部長として、社長に対して経営改善の進言をしてきたことで、かえって疎んじられるようになったこと。

 小問(2)の回答欄に収まるように、上記(D)の5項目を、もう少しコンパクトにまとめれば、回答例になると思います。繰り返しになりますが、短期的プロジェクトのためにスキルを買われて、直接的な成果を求めて中途採用したとY社側は言いたいのでしょうが、実際には、甘い話(例えば、近い将来取締役にするとか)をしてXを釣ったのではないのか?とXは受け止めており、本問で提供された情報だけでは、Y社がどの程度Xへの要求(目標、成果、評価基準等)を明確に示したかが不明なので、Xの代理人としては、反論を受けることはあっても勝てると考えて、以上のような事実を挙げて、解雇権濫用によって解雇無効を主張することになると思います。

 この小問、単に、回答例を書くだけなら簡単なのに、そこに至る検討過程を書くことに時間を取られました。

 最後に、もう一つ、疑問点を書くとするなら、Xの主張として、「通勤手当の不正受給というのは、Y社の前例や経理部長の黙認などから考えて、従業員として不適格というほどの非違行為とは言えない。」という趣旨のことを書いて、上記④と⑤を一文にするという方法も受け入れられるのではないかという点です。


 結局、第2回第1問は、Y社がXを採用するときに提示された条件、採用面接のときの会話の内容、雇用契約書の記載内容等の情報が不足する中で、すべての場合分けをして分析をする時間もスペースもないので、(試験本番では)受験生の知識と経験に基づいて、ありそうなストーリーを想像して事実を拾い上げていくという(第1回第1問と比較して)かなり難しい問題になっていると考えています。

 今回の記事は、かなり難しい内容になっていてなかなか理解が進まないのではないかと考えています。その場合は、後日(第2回過去問の解説終了後)、「最近の過去問の構造の分析と攻略方法」を書きますので、そこを読んでから再度この記事を読んでいただくと理解が深まると思います。

 「自分が何をやっているのか?」という意味を考えずに、ただただ過去問の模範答案を暗記するような勉強では合格できないレベルの試験になっていると考えています。

 一般の労働社会保険事務の代行や年金相談や労働相談をやっているだけでは経験しない(というか巻き込まれることのない)、申請人(労働者)と相手方(使用者)が、法廷で殴り合う(攻撃と防御と反撃を繰り広げる)ことの一種の格闘技の訓練を受けているのだという風に、普段の仕事から頭を切り替えて、受験勉強に取り組んでください。「自分は、難しい社会保険労務士試験に合格したのだから、簡単な試験だ、そんなに勉強しなくても合格するだろう」と甘く見ていると、痛い目に遭いますよと忠告しておきます。



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