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特定社会保険労務士試験第1回過去問の解説(その3)

 第1問は、その1とその2に書きましたから、本日は、第2問の解説をします。受験生は、配点30点の第2問(倫理事例問題)を苦手にする人が多く、総得点では合格ラインを超えていても、倫理10点の足切りにひっかかって涙を飲む受験生が、チラホラいるという噂を聞きます(実際そうだった人を少なからず知っています。)。だいたい、毎年、キッチリ55点がボーダーラインになっていること自体が不思議なわけですが・・・。
 第17回(令和3年度)の第2問が良い例なのですが、社労士法第22条2項に関する問題は出尽くした(というか、ここは受験生が必ず押さえてくる)感があるので、最近は、少し射程範囲を広げた問題が出されるようになりました。しかし、社労士法第22条2項が、個別労働紛争解決業務を受任できるか否かの判断の基準を具体的に規定しているので、勉強のスタートとしては、やはりここから始めるべきと考えています。よって、まずは、第2問(倫理事例問題)は社労士法第22条2項の解釈から始まったという前置きの説明から始めます。
 特定社労士試験第1問は労働紛争事例の問題で、今まで述べてきた憲法、民法、刑法、民事訴訟法、労働契約法、労働基準法等の知識やご自身の社会経験を駆使して、使用者と労働者の間の紛争を解決するという問題です。一方、第2問の倫理事例問題は、特定社労士の目の前に現れたクライアント(依頼者)の仕事を、現在の他のクライアント(依頼者)や過去の他のクライアント(依頼者)との利益相反関係や彼らに対する守秘義務から考えて、受任して良いか、それとも良くないかを、社労士法等の数少ない条項を手がかりに判断するという、まったく異質な問題です。私は、第2問の方が、解法のテクニックを見つけ易いし、マスターし易くて、得点源にできるのではないかと考えています(問題文も短いですし。)。でも、つかみどころがなくて、どうして良いか分らず、苦しんでいる受験生がかなりの数いるのも事実です。実は、第19回で合格した塾生は、皆、20点を超える高得点だったので、私の考えた攻略方法が正しかったのか、それとも採点が甘かったのかと判断に迷っています。
 いきなり最近の複雑化した過去問から始めると説明がややこしくなるので、私の古い友人の第1回を受験して合格したベテラン特定社労士が冗談で、「第1回は名前を書いたら誰でも受かった!」と言っていた(第1回を受験して合格された方で、同様に言われる方は何名かおられますが、あくまで大阪人特有の自虐的ギャグにしておられるのだと思います。)。第1回(平成18年度)特定社労士試験の第2問を例にして、社労士法の条文を事実に当てはめながら、答えを導き出す説明をします。
 まず、全国社労士会連合会が公表している第1回第2問の出題の趣旨は、次のとおりです(抜粋します。)。これを読んだだけで答えが書ける人はすごいなあと思いますが、大抵の人は無理でしょう(私も無理でした。)。
 小問(1)及び(2)
[出題の趣旨] 
 社会保険労務士法第22条は特定社会保険労務士が行いえない事件を定めているが、本問は、主に同条第2項の理解の程度を問う倫理の問題である。
 ここでは、同項が定められた理由、「協議を受けて賛助する」ことの意義、そして、同項については、受任している依頼者の同意があっても、代理業務ができないと定められていることなどについての正確な知識と理解が求められている。

 社会保険労務士法(以下「法」という。)22条(用語の解説も)については、3月30日のブログの記事「第2問(倫理事例問題)で使う条文集」を見るか、ご自分で調べてください。
 小問(1)は、特定社労士甲は、過去にX市の無料相談会で労働者Aから、勤務先のB社から労働条件の切り下げを受けたので、その件でB社を相手にあっせんを申請するためのあっせん申請書に記載すべき申請内容や手続について協議し、指導したのだけれど(労働者Aから代理行為の受任はしていない)、後日、当該紛争について、労働者Aと敵対するB社の代理人になることはできるか?を問うています。
 法第22条2項1号が適用になって紛争解決代理業務を行ってはならない事件に該当するか?が論点です。この場合、労働者Aは、一方的労働条件切り下げという紛争(事件)のB社から見て敵対者(相手方当事者)であり、社労士法22条2項の言う「相手方」に該当します。労働者Aの無料相談会での特定社労士甲への相談内容は、当該紛争解決のためのあっせん申請書の内容や手続について協議して、甲はBに指導した(甲は、申請に反対せずむしろ申請を手伝った。)のですから、甲はAから「協議を受けて」、「賛助した」と言えます。よって、本件B社からの依頼は、社労士法第22条2項1号に該当するので、受任できないとなります。
 例えば、これが20数名の参加者がいる無料セミナーで、労働者Lが自らの紛争事例を架空の話として質問し、特定社労士Cが、あくまで架空の事例として、いくつかの解決方法を例示したという設問だったら、「協議を受けて、賛助した」とはならないのだろうと考えています。このあたりの設例の書き方を細部まで読み込む力が要るのだと思います。
 私としては、この小問(1)の事例は、同法同条同項第2号にも該当する可能性があると思いますが、150字という字数制限の中で、そこまで議論すると字数オーバーになるかな?と思い悩むところです(2号適用の可能性について議論しなくても合格点は貰えると思います。)。
 閑話休題。小問(1)の続きに戻ります。
 「甲はB社からの依頼を受けることはできない。なぜなら、B社は甲がAから相談を受けて申請内容や手続について協議し、指導するなどの賛助をした事件の相手方に該当し、B社の依頼内容は社労士法第22条第2項に定める業務を行い得ない事件に当たるからである。」ぐらいかな。もっと簡単に「甲はB社からの依頼を受けることはできない。なぜなら、甲が相談を受けて協議し、賛助したAとの間の当該事件についてB社の依頼を受けることは、社労士法第22条第2項第1号に抵触するから。」ぐらいでも十分合格点かなと思います(キーワードを書いてあるから。)。
 要するに、社労士法第22条第2項第1号を知っていて、本件がこれに抵触するから受任してはならないということの理解を問われているということが分ったうえで、「分ってますよ!」と出題者(採点者)に答えてあげれば良いのだと思います。

 小問(2)は、(1)と同様の状況で、特定社労士甲が、労働者Aの同意を得たら受任できるか?と、さらに問いかけています。同法同条同項第1号には、「相手方(ここではA)の同意があれば受任できる」とは定められていません。一方、「相手方の同意があっても受任できない」とも定められていません。相手方Aが、「気にせずB社の代理人になってください。」と言ったとして、やっぱり、目の前の依頼者(B社)の代理人になってはいけないのか?が論点です。そこで同条同項ただし書を見ます。「ただし、第3号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。」と書かれています。
 これは同条同項第3号の場合には、「(目の前の争いとは関係のない別の事件なので)利益相反のおそれのある当事者の同意があれば、受任しても構わない。」と言ってくれています。裏を返すと、同法同条第1号と第2号の場合は、「利益相反のおそれのある当事者の同意があっても、受任してはならない。」と言っていると解釈することになります(反対解釈)。したがって、本問では、「仮に労働者Aの同意を得たとしても、B社の代理人になることはできない」と法律の条文が明確に禁止しているので、受任できないと答えることになります(注)。

(注)法律学小辞典5P1207の「法の解釈」と実践法学入門P64―75「第4章 法の適用(2)解釈」を参照してください。

 倫理事例の問題を解くにも、法律の条項の解釈が要り、その解釈した条項の意味に事実を(評価して)当てはめて、その効果を見るという作業(法的三段論法の運用)があると言うことが、理解いただけたでしょうか。私は、「本人同意」はオールマイティに近くて、「本人同意を得て、しかも特定社労士が同意した者を害さずに仕事ができると考えるなら、どんな場合でも受任できる」と同法の条文に定めておくべきだとは思いますが、現実は、そうなっていません。そこのところが、この倫理事例の解き方を難しくしているのではないか?と考えています。
 ここまで読まれたら、第1回特定社労士試験の過去問を見て、実際に第2問の回答を、紙にボールペンで手書きしてみてください(字数制限を守って。)。まず、何(キーワード等)をどの順番で、どのような接続詞を使って書けば、出題者の意図に沿った回答になるかです。そう簡単には書けないと思います(当時は、たった1条の解釈で解けたのか?羨ましいなあ、とは考えないでください。)。
 とにもかくにも、第2問の答案を書いてみてください。

書き終わったとして、実際に第2問の解き方を説明します。

 まずは、質問(出題者)の指示どおり書くことです。小問(1)「甲はB社からの依頼を受けることはできるか、その答えと理由を解答用紙第6欄に150字以内で記載しなさい。」となっています。問われているのは、「甲はB社からの依頼を受けることはできるか?の答え」と「(その)理由」です。よって、最初に「(特定社会保険労務士)甲はB社からの依頼を受けられない(受けることはできない)。」と書いて、続いて「なぜならば、********。」とその理由を書いていくべきだと思います。
 よく日本人がやってしまいがちな誤りとして、頭から「******で・・・・・だから、依頼を受けることはできない。」とだらだら書いて、結論がなかなか登場せず、挙げ句、前半の説明と結論が微妙にずれていて、一体、この回答者は出題者の指示や意図を理解しているのか?と疑問を抱かせることです(実際には理解していても。)。よって、まず、最初に結論をボン!と書いてから、何故そう考えるのか?という理由(該当条項と事実のあてはめ)を書くという、書き方を心がけてください。もっとも、第12回からは、結論欄と回答欄が分けられて、第14回からは、「『(ア)受任できる』か、『(イ)受任できない』を結論欄に記号で記載し、」となったので、今では、「(ア)」か「(イ)」の記号を書けばよいことになっています。
 ここで細かなことを言いますと(最近の問題の注意点です。)、「記号で記載し」となっているので、記号のみを記載し、その後の「受任できる」とか「受任できない」は書いてはならないし、記号は(ア)と(イ)なので、単に「ア」とか「イ」とか書いたのでは、正確に記号を書いたことにならないということです(つまり、(ア)(イ)と書く。)。こんな細かいことで減点されるのか?というとよく分りませんが、減点することは可能ですから、つまらぬところで足をすくわれる(足元をすくわれるは誤用です。)ことのないよう、気を付けてください。老婆心ながら。
 ついでに、もう一つ。くどいようですが、本番では(事前の準備でも)、第2問(倫理事例問題)を先に解いてから、第1問(紛争事例問題)に取りかかるようにしてください。理由は、第2問の方が第1問と比べて配転が30/100と少ない関係で、圧倒的に問題文が短く、質問数も少ないので、早く答案が書けます。120分の試験時間のうち、30~40分で第2問を仕上げる準備をしていって、実際、さっさと片付けてから、本丸の第1問に迫る方が、効率的だし精神的にも余裕が生まれるからです。逆に、先に長文で質問の多い第1問から取りかかって、解答に手間取って90分以上かかってしまったら、疲れ果てた頭で、焦りながら短時間で第2問を解いて、最悪時間切れに追い込まれて小問(2)(15点、しかも足切りあり。))を諦めることになります。それなら、第1問小問(5)(10点)を諦める方が得策だと思いませんか(諦めずに済むとは思いますが。)。
 もう一つ、細かいことを言います。字数制限の「150字」と「150文字」の違いが分りますか?簡単に言うと、「字」は「。」と「、」(句読点)を含みますが、文字には含まれないと言うことです(数字は文字です。)。よって、「150字以内で記載しなさい。」と言われたら、当然、句読点にも1マス与えることになりますが、ここで問題が生じます。通常、横書きの日本文を原稿用紙に書いていて、右端の最後に句読点が来たら、最後の文字のマスに入れてしまいます(・・・た。とか、*****だ。)。このとき、句読点を最後のマス目にいれてしまったら、字数を1字誤魔化したことになりませんか。だからと言って、次の行の頭に句読点を書くことも出来ませんよね。さて困りました。こんなことにならないようにするには、下書きをしてから清書する、下書きをする際に、右端のマスに文字と句読点を一緒に入れることにならないように、文章の書き方や用語の使い方を工夫する必要が生じます。例えば、「社会保険労務士」と書くか「社労士」と書くか、「特定社労士甲」と書くか単に「甲」と書くか、などの書き方のバリエーションをあらかじめ用意しておくと、その場で慌てずにすみます。
 以上、クドクドと細かな注意点を述べてきましたが、それは、緊張した試験会場で「あれっ、どうしよう?」とか迷いだしたら時間のロスですし、下手をすると間違った答えを書くことにもなりかねません。だから、普段の勉強(特に、答案を書く練習)のときから、これらの注意点を考慮しながら、本番で答案を書いているつもりで、練習をしておいて欲しいのです。小さなことの積み重ねが、1点、2点の差になって、合否を分けることになる場合がありますから、防げるミスは防ぐという姿勢で、勉強に取り組んでください(注)。

(注)第17回(令和3年度)のように合格率が下がっているときは、ボーダーライン上に多くの受験生が並んでいるので、この1点、2点の差が、天地の差ぐらいの結果をもたらすことを肝に銘じておいてください。

 小問(2)です。この問題は、実は小問(1)より、書き方が難しいと思います。法22条2項ただし書がどこに掛かっているのか?という条文の解釈の理解を問うているのだと思いますので、素直に書くとこうなります。
 「甲はB社からの依頼を受けることはできない。なぜなら、社労士法第22条第2項ただし書は、同法同条同項第3号のみに当てはまるので、同1号が適用される本事件では、Aによる同意は、甲の受任禁止を解除する理由とはならないから。」
 単に、同条2項1号事件だから、同条2項ただし書は適用されず、同意は禁止の解除事由にはならないと言うのなら、次の書き方もできますが、やっぱり、条文の解釈力を問われている質問への解答としては少し弱いと思います。仮に、同3号なら同意を得れば受任出来るのだが、と後で付け加えたとしてもやはり同じです(書かないより書いた方が、点を少しは貰えるとは思いますし、これでも十分合格点だと思います。)。
 「甲はB社からの依頼を受けることはできない。なぜなら、社労士法第22条2項1号は、過去に当該事件について甲の協議と賛助を受けたAの同意を得ることをもって受任の禁止を解除する条件とは認めていないから。」
 以上、回り道をしながらやっと結論にたどり着きました。

 この記事で、第1回の過去問の解説を終りました。
 特定社労士試験の最初の年度にあたる平成18年は、受験者数が多くて、第1回と第2回の2回に分けて試験が実施されました。同じ平成18年に実施されていますが、第1回と第2回では特に第1問(紛争事例問題)の設問のスタイルが大きく変わっている(第2回の方が最近の試験のスタイルに近い)ので、ここで第2回の解説もやっておいた方が後々の解説の理解が進むのではないかと考えるようになりました。そこで、第2回の過去問の解説を、4回に分けて、次回から書きます。


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