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第3回と第4回第2問(倫理事例問題)過去問の解説

 前回の記事で、第2問(倫理事例問題)の解き方を説明したので、今回は、それに従って第2問(倫理事例問題)を解いてみます。第18回、第19回などとは出題形式が全く違うので、よく注意して読んでください。第1問(紛争事例問題)の錯誤のテーマは次回にします。第2問について、各条項別に整理して過去問解説をやると書きましたが、なかなかうまくいかないので、第2問は、過去問の古い順から解説することにしました。予告とかなり違いますが、原稿を書いたり推敲したりしていると、気が変わることがありますので、ご了承ください。


第3回(平成20年度)第2問

 この回は、一つの事例で、労働者と使用者の両方から代理人業務を依頼されたら、いずれかの代理人になれるか?という珍しい質問の仕方になっているので、問題文を引用します。

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第2問 

 特定社会保険労務士甲は、A社と顧問契約を締結し、A社の労務管理についてしばしば相談を受けていた。A社は雇用期間の定めのあるBを雇止めすることになり、甲はA社からその退職の手続等につき相談を受け指導した。そして甲は雇止めに応じたBからの依頼により、退職後の雇用保険の受給手続につき相談を受け指導し、Bはこれに従って手続を行った。

 ところが、退職後BはA社に対し、Bが想像していたよりも退職金が少なかったとして、さらに追加して金50万円の支払いを求めた。しかし、A社がそれに応じなかったので、都道府県労働局長に個別労働紛争の解決の促進に基づくあっせんを申請した。甲は、A社からもBからも本件Bの退職金についての相談は受けていなかった。

 以下の(1)及び(2)に答えなさい。

小問(1) 甲は、このあっせん手続において、A社の依頼を受けてA社の代理人となることができますか。結論と理由を解答用紙第6欄に200字以内で記載しなさい。

小問(2) 甲は、このあっせん手続において、Bの依頼を受けてBの代理人となることができますか。結論と理由を解答用紙第7欄に250字以内で記載しなさい。

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 倫理事例問題で最初にすることは、各「登場人物の立ち位置(機能)」と「登場人物同士の関係」を図に描いて、当該事例の全体像を把握することです。甲、A社、Bの3登場人物について、立ち位置と関係を書き出すと次のとおりです(ご自分で三角関係の図を描いてください。)。

 (特定社労士、A社の顧問社労士、A社にBの退職手続等の指導、Bに雇用保険の受給手続の指導)・・・受験生は自分のことだと想像してみてください。

 A社(甲の顧問先企業、Bを雇止めする使用者、甲にBの退職手続の相談、Bから「あっせん」を請求された)

 B(雇止めされたA社の雇用期間の定めのある元従業員、甲に雇用保険の受給手続の相談、A社相手に追加退職金50万円を請求する「あっせん」を申請)

 小問(1)では、甲がA社の代理人になれるか(受任しても良いか)?が問われています。まず、社労士法22条(特に2項1~3号)で禁止されている場合にあてはまるかどうかを検討してから、当てはまればアウトで受任出来ないし、当てはまらなければ別の条文で禁止されていないかを検討していく(守秘義務も忘れないように)ことになるということは、以前から何度も繰り返し説明してきたので、覚えているものと思います。まずは、直接、同条に当たってください。

 同条2項1~3号は、いずれも、「紛争解決手続代理業務として」という修飾語があってから、「協議」、「賛助」、「受任」という言葉につながっています。ここで問題となるのは、特定社労士甲から見て相手方である(と仮定している)元従業員Bが、A社の顧問である特定社労士甲にした相談(甲がした指導)が「個別労働紛争手続代理業務に関するもの」であって、元従業員Bが「相手方」になってしまうかどうかです。幸い?元従業員Bが甲に相談して指導を受けたのは、「退職後の雇用保険の受給手続」(行政に対する労働社会保険諸法令の手続)についてであり、BとA社間の本件あっせんの対象となる個別労働紛争とは異質かつ無関係であったので(つまりBは過去のお客様)、Bは同条同項各号の言う「相手方」には該当せず、よって、同条同項各号によって甲がA社から受任することは禁止されない、という結論になります。では、他に甲がA社から受任する障害となる法令の条文はないのでしょうか?以前の記事に倫理事例問題に関係しそうな法令の条文集を掲げておきました。私は、守秘義務を含めて「該当する条項はない」と考えています。A社の顧問社労士甲は、A社の本件に関する企業秘密を知っている可能性はありますがbのそれを知っているとは考えられず、また、顧問社労士が顧問先のあっせん手続の代理人になることはBから見ても、世間から見ても容易に想像がつくので、社労士の公正、誠実、信用、品位を害する(損なう)ことになるとは考えられないからです。

 [出題の趣旨]を次に引用しておきますが、これまでの検討内容と矛盾する点はないですね。

小問(1)

〔出題の趣旨〕 紛争解決手続代理業務と社会保険労務士法第22条第2項の適用のない社会保険労務士としての相談業務との関係及び顧問会社の社員の退職に際し社会保険労務士業務として雇用保険の受給手続の相談を受け指導した元社員から申立てられた退職金増額請求の紛争解決手続代理業務を顧問の会社の代理人として受任できるか、紛争解決手続代理人としての倫理を問うもの。


 次に、小問(2)では、甲がBの代理人になれるか(受任しても良いか)?が問われています。小問(1)と同様に、社労士法22条(特に2項1~3号)で禁止されている場合にあてはまるかどうかを検討してから、当てはまればアウトで受任出来ないし、当てはまらなければ別の条文(守秘義務を忘れない)で禁止されていないかを検討していくことになるということは、以前から何度も繰り返し説明してきたので、覚えているものと思います。今回は、同条で言う「相手方」にA社が当たるかどうかが論点です。

 小問(1)のときと同じように検討します。同条2項1~3号は、いずれも、「紛争解決手続代理業務として」という修飾語があってから、「協議」、「賛助」、「受任」という言葉につながっています。ここで問題となるのは、特定社労士甲から見て相手方である(と仮定している)A社が特定社労士甲にした相談(甲がした指導)が、「紛争手続代理業務に関するもの」であって、A社が「相手方」になってしまうかどうかです。

 小問(1)よりは、話がややこしくなります。甲はA社の顧問社労士であり、A社はBを雇止めにするに当たり、その退職の手続等について相談して甲の指導を受けたのであるから、BとA社間の本件あっせんの対象となる労働紛争と関係のある内容(例、退職金の額)について甲とA社の間で協議がなされ甲から何らかのアドバイスがあったことは容易に想像がつきます。しかし、甲はA社から「本問での個別労働紛争についての相談」を受けてはいないので、A社は社労士法22条2項各号の言う「相手方」には該当しません(つまり過去の依頼人ではなくお客様です。)。

 例えば、同条2項1号「1.紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」が適用されて、甲はBの依頼を受任出来ない、という結論になはならないのです。

 では、甲がBから代理人業務を受任する障害となる法令の条文はないのでしょうか(重畳的にひっかかる可能性はあります)。

 [出題の趣旨]を次に引用しておきます。さて、どう考えますか?

小問(2)

〔出題の趣旨〕  顧問として会社から継続的に社会保険労務士業務を受任している特定社会保険労務士が、当該顧問会社を相手方とする都道府県労働局長に対するあっせん申請の代理業務の依頼を受けた場合、その事件を受任して代理人となることができるかについての倫理上の理解 を問うもの。

 特定社会保険労務士試験が始まった頃の問題は、社労士法22条2項から始めて、順番に関連する条項を全部思い出して検討するほどのことは要求されなかったので、(紛争事例と比べて)倫理事例は随分簡単だったような気がしています。

 関連条文を順番に検討することで取りこぼしを無くすという解法のテクニックとは別に、倫理事例問題を、より(ザックリと)大括りで検討する(私の個人的経験に基づく)方法をここで紹介します。より詳しくは、前回の記事に書いてあります(特に、依頼人とお客様の違いについて)。

 私は、法律行為の代理を行なう者(例、弁護士)が、過去の依頼人との関係から、目の前の(これからの)依頼人の仕事を受任出来るかどうかの判断基準は、極論を言うと、「守秘義務違反にならないか?」と「利益相反にならないか?」2つの要素に絞られると考えています。つまり、今、新しい仕事を受任することで過去の依頼人の秘密を悪用したり開示したりするおそれがあるなら(自分は絶対そうしないとの自信があっても)受任すべきではないし、過去の依頼人と目の前の依頼人の間で板挟みになって公平・公正に両者のバランスを取ることが難しくなるおそれがあるなら(自分は絶対そうしないとの自信があっても)受任すべきではないということです。前者も後者も、結果的に過去の依頼人も現在の依頼人も害することなく代理業務を処理できるかもしれないが、第三者から見て、それらのおそれ(悪い方に転ぶ可能性)があるのなら、受任すべきではないと言うことです。本問の小問(2)の場合なら、甲はA社の顧問社労士だから、A社とも親しくてBを雇止めにした事情をよく知っているだろうし(守秘義務違反のおそれ)、A社から報酬を得てきた訳だから、Bを裏切ってA社の肩を持つこと(利益相反のおそれ)も考えられる訳であり、いくら甲が公明正大で高潔な人柄であっても、その疑いはぬぐえない以上、甲はBの依頼を受任すべきではないということになります。

 一般の社会保険労務士が行っている、行政に対する労働社会保険諸法令の申請代理や相談業務というのは、目の前の依頼人のために、過去のお客様(個別労働紛争ではない相談者のこと)の秘密を悪用したり(守秘義務違反を起こしたり)、目の前の依頼人と過去のお客様の間で板挟み(利益相反関係)になるというおそれのない(むしろ過去の経験が役に立つだけの)業務です(このあたりの説明は前回の記事に書きました。)。公正、誠実、信用、品位などという言葉は、大抵の士業やビジネスで求められる当たり前の使い古された抽象的な言葉です。一方、特定社会保険労務士の行う法律行為の代理という業務は、「守秘義務」と「利益相反」というキーワードが常につきまとう業務であると言うことを肝に銘じておいてください。それを具体化して、「禁止業務の一部を例示した」のが社労士法22条2項各号に過ぎないのです。よって、社労士法22条2項各号のいずれにも抵触しなくても、まだ、利益相反関係の観点から、受任をすれば、社労士の公正、誠実、信用、品位を害する場合があるので気をつけなさいと言っているのが、この小問(2)だと受け止めています。

 以下に両小問の回答例を記します。

小問(1)回答例

特定社労士甲はA社の代理人となることができる。なぜならば、Bが甲に相談し甲の指導を受けたのは、退職後の社会保険の受給手続についてであり、BとA社の間の本件労働紛争とは異質で無関係な内容に関するものなので、社労士法22条第2項に定められた特定社労士が業務を行ない得ない事件のいずれにも該当せず、守秘義務違反のおそれもない上に、社労士としての公正、誠実、信用、品位を害するおそれもないから。

小問(2)回答例

特定社労士甲はBの代理人となることはできない。なぜならば、甲はA社の顧問社労士として、Bの雇止めに際しての退職の手続についてA社から相談を受けて指導したに過ぎず、B・A社間の個別労働紛争に関する内容についてA社と協議をした訳ではないので、社労士法第22条2項各号に抵触はしないのであるが、甲はA社の顧問社労士であるがゆえにその継続的な関係に鑑みて、守秘義務違反のおそれ及び社労士としての公正、誠実、信用、品位を害するおそれがあるから。


4回(平成21年度)第2問

 まずは、問題文と出題の趣旨を引用します。出題の趣旨にはヒントになるようなことは何も書かれていません。よって、関連する法令の条文に従って、粛々と解いて行くことになります。

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第2問 特定社会保険労務士甲は、B社の従業員であったAより依頼を受け、代理人としてB社に対し退職金の支払を求めて民事紛争解決機関にあっせんを申立て、同事件はB社がAに対し金30万円を支払うことで和解が成立した。

 以下の(1)及び(2)に答えなさい。

小問(1) B社は前記和解に基づきAに30万円を支払った。その支払後6カ月ほどして、B社は甲に対し、Cより残業手当を請求したいとして、所轄の都道府県労働局長に個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づくあっせん申請されたので、B社の代理人となって手続を行って欲しいと依頼してきた。甲はB社のこの依頼を受けることができますか。結論と理由を解答用紙第6欄に200字以内で記載しなさい。

小問(2) 前記和解は30万円を3カ月に分割し毎月10万円ずつ支払うという内容であった。B社がAに対するこの分割金の支払が完了する前に甲に対し、B社の賃金体系や労務管理のあり方について相談を依頼してきた場合、甲はこの依頼を受けることができますか。

  結論と理由を解答用紙第7欄に200字以内で記載しなさい。

小問(1)

〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士として紛争解決手続代理業務を担当し、民間紛争解決手続において申立人を代理して退職金の請求のあっせんの申立てを行い、和解により解決したところ、当該和解による退職金が相手方より支払われてから6ヵ月経って、今度はその時の相手方となった会社より別件の残業手当の支払請求の個別労働関係紛争解決のあっせん申請が別の労働者より都道府県労働局長に対してなされたので、当社の代理人を依頼したいとの申出があった場合、この依頼を引き受けてもよいかという特定社会保険労務士としての紛争解決手続代理業務に関する倫理を問うもの。

小問(2)

〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士として上記紛争解決手続代理業務に関し、申立代理人として相手方と退職金の請求に関し和解したが、当該退職金の分割支払が完了する前に相手方となった会社から、紛争解決手続代理業務に該当しない社会保険労務士法第2条第3号の業務の依頼を受けた場合、その依頼を受けることができるかという特定社会保険労務士としての倫理を問うもの。

 倫理事例問題で最初にすることは、各「登場人物の立ち位置(機能)」と「登場人物同士の関係」を図に描いて、当該事件の全体像を把握することです。特定社会保険労務士甲(受験生)を取り巻く登場人物は、B社、A、Cです。

 両問を一度に書くと混乱するので、まず、小問(1)を整理すると次のとおりです。

(B社の元従業員、甲を代理人に起用してB社に対して退職金請求目的のあっせんを申請して30万円で和解した。)

(特定社労士、Aの代理人となってB社相手にあっせん手続をして30万円で和解させた。)

B社(Aとの和解契約に基づいて30万円を支払った6か月後、Cからの時間外手当請求目的のあっせんを起こされたので、甲にその代理人を依頼した。)

C (B社の従業員、B社に対して未払残業代を請求するあっせんを開始した。)

 小問(1)では、甲がB社の代理人となれるか(受任して良いか)?が問われています。

 まず、社労士法22条(特に2項1~3号)で禁止されている場合に当てはまるかどうかを検討してから当てはまればアウトで受任出来ないし、当てはまらなければ別の条文で禁止されていないかを検討していくことになるということは、第3回第2問のときも書きました。前回の記事に詳しい解説があります。

 小問(1)の場合、特定社会保険労務士甲の目の前の依頼人はB社です。B社は甲がAを代理したあっせん手続の相手方でした。しかし、今、B社が甲に持ち込んだあっせん手続は、(Aとは別人の)Cから起こされた請求事件で事件の内容もAの事件とはまったく関係がありません。よって、社労士法22条2項に定められた「業務を行ない得ない事件」には該当しないうえに、Aに対する守秘義務に違反するおそれもB社とAの間に利益相反関係が生ずるおそれもないので、甲はCとB社の間の案件について、B社の代理人となることが出きます。

 小問(2)を解くために、再度、登場人物を整理(Cは省略)します。

(B社の元従業員、甲を代理人に起用してB社に対して退職金請求目的のあっせんを申請して30万円(10万円ずつ3回分割払い)で和解した。)

(特定社労士、Aの代理人となってB社相手にあっせん手続をして30万円(10万円ずつ3回分割払い)で和解させた。)

B社(Aとの和解契約に基づく30万円の分割払いが完了する前に、B社の賃金体系や労務管理のあり方について甲に相談を依頼した。)

 小問(2)の場合、B社がAに依頼してきたのは、「賃金体系や労務管理のあり方」についての相談であり、個別労働紛争とはまったく関係がない。社労士法22条をよく読んでいただくとお分かりのとおり、一般の社会保険労務士が行なっている労働社会保険諸法令に関する相談や手続代理は、規制の対象外です。よって、同条によっては受任を制限されることはありません。それでは、他に何らかの法令に触れるのでしょうか?関係法令の条文は、過去の記事に掲載してあるので、再度、読んでみてください。第3回第2問の説明で、「守秘義務」と「利益相反」がキーワードだと書いたのを覚えていますか?社労士法21条で社会保険労務士には守秘義務が明確に課されています。また、社労士法1条の2中に書かれている「常に品位を保持し」、「公正な立場で」、「誠実に」などの箇所から、過去の依頼人と目の前(現在)の依頼人(本問ではお客様)の利益相反になるような行為(言動)は慎まなければならないと言うことが、裏側から書かれています。第3回第2問のときに書いた私の経験に基づくアドバイスは、根拠のあるお話だったこととご理解いただけたでしょうか。これらのことを頭に入れたうえで、次に進みます。

 閑話休題。ここでの問題は、AがB社から取得した30万円の和解金の支払いがまだ終わっていないと言うことです。しかし、B社が、今Aに依頼しようとしているのは、「賃金体系や労務管理のあり方」についての相談であり、個別労働紛争とはまったく関係がない、異質な、一般の社会保険労務士が行なっている労働社会保険諸法令に関する業務ですから、社労士法22条の射程範囲からは外れています。ここで念のために申し上げるとしたら、関連条文として紹介した第21条(秘密を守る義務)、第1条の2(社会保険労務士の職責)、第16条(信用失墜行為の禁止)、第23条の2(非社会保険労務士との提携の禁止)、第26条(名称の使用制限)、第27条(業務の制限)や弁護士法第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)に触れることはないと考えられます。

 さらに、仮に、先の和解契約が最後まで履行されることなく、AとB社の間の紛争がぶり返しても、それは個別労働紛争の中身の問題の蒸し返しではなく、和解契約の債務不履行(例、残りの10万円を支払え)となるので、その代理人になれるのは弁護士(認定司法書士に出来るのかは、私には分りません。)であって、(少なくとも)特定社会保険労務士ではありません。よって、仮にAとB社が債権回収訴訟や強制執行をしたいと考えたとしても、特定社会保険労務士甲はこれには関与することが(したくても)できないので、甲がB社の「賃金体系や労務管理のあり方」にいての相談を受けていても、Aが甲をどう思うか(感情的に「裏切り者」と思うかもしれませんが、筋違いです。)?ということは別にして、甲は、特定社会保険労務士としての守秘義務とも利益相反とも関係ない別次元でB社の仕事をしているということになるので、甲はB社の相談の依頼を受けても構わないということになります。

<小問(1)回答例>

特定社会保険労務士甲は、B社からの依頼を受けることができる。なぜならば、甲がB社相手のあっせんで代理をしたAと今回B社相手にあっせんを申請しようとしているCは、まったくの別人であり、かつ、AとB社間の紛争とCとB社間の紛争は何ら関係の無い案件であるので、社労士法22条に定められた「業務を行ない得ない事件」には該当しないうえに、守秘義務違反のおそれも、社労士の公正、誠実、信用、品位を害するおそれもないからである。

<小問(2)回答例>

特定社会保険労務士甲は、B社からの依頼を受けることができる。なぜならば、甲がAを代理したB社に対するあっせんは、既に両者の間で和解が成立しており一部未払い金が残っているとは言え、労働紛争としては解決済みであるうえに、今B社が甲に依頼しようとしているのは「賃金体系や労務管理のあり方」についての相談であって守秘義務違反のおそれはなく、社労士法22条が規制している個別労働紛争の代理業とは無関係だから。

(注)2箇所を太字にしました。法的紛争は終わっているのだから社労士法22条の射程範囲外でしょう。加えて、2つの仕事は異質だから、甲は過去の依頼人であるBに縛られる謂れはない(守秘義務、厚生・誠実・信用・品位)と思います(私の見解です。)。

 第4回ぐらい初期の試験の回答なら、「相談を受けても良い。なぜなら、B社の相談依頼は、Aとの個別労働紛争とはまったく関係の無い労働社会保険諸法令に関する相談だから。」で済んだのだと思います。しかし、最近は、どうもそう簡単に切って捨てたような回答では不十分じゃないのかな?と考えています。その理由は、令和2年(第16回)の能力担保研修のゼミナール研修の倫理の時間で使われたテキスト「第16回(令和2年度)特別研修 グループ研修・ゼミナール教材」P77から始まる「ゼミナール(倫理)」の中の設例4と5が、この第4回第2問小問(2)とよく似ていて、しかし、若干事実関係が違うことによって、結論が先の説明とは逆になると弁護士教官に言われたからです。勉強になるので、この話について、次に詳しく解説します。

 令和2年度の能力担保研修のゼミナール研修の倫理の時間で使われたテキスト「第16回(令和2年度)特別研修 グループ研修・ゼミナール教材」P77から始まる「ゼミナール(倫理)」の中の設例4と5の説明から始めます。後で、第4回第2問小問(2)との比較・検討をします。この設例を解くこと自体が倫理事例の勉強になりますので、ご自分で答えを考えて見てください。余談ですが、今、考えるとこのゼミナールの設例は、嫌らしい問題が多いですから、注意して読んで考えてください。ゼミナール研修最終日の午前中(午後は試験本番)に、ササッと片付けた割には、過去問の焼き直しや今後の出題の頭出しみたいな問題が多くて有益だったのに、もっとしっかり説明と議論をして欲しかった(させるべきだった)と思う、今日、この頃です。

<設例4>*****************************

 甲社労士は、A社の従業員であったBの代理人として乙県の労働委員会にA社を相手方として退職金請求のあっせんを申立てた。

 手続が進行するなかで、A社から甲社労士に同社の従業員Cから労働局の調停による解雇無効(テキストには「残業代」、講師がその場で誤りを訂正した。理由は分りますか?)を請求するあっせんの申立てを受けたので受任してくれないかとの依頼があった。

1.甲社労士は、A社からの依頼を受けることができますか。

2.依頼がA社ではなく、A社の100パーセント子会社であるD社が受けたあっせんの申立てであった場合はどうですか。

3.D社の依頼が、労災保険の手続についての相談であった場合はどうですか。

<設例5>*****************************

 第4問(<設例4>の誤植だと思います。)の本文の事例において、あっせん手続で、A社がBに金200万円を分割して支払うこととなったが、その支払方法については、令和元年10月から同年2月7日まで、毎月各金20万円を分割して支払う旨の和解が成立した。

1.令和元年12月になって、A社からCとのあっせん事件の依頼があった場合、甲社労士はこの依頼を受けることはできますか。

2.A社が和解金全額の支払いを終え、同年2月8日になってA社からの依頼があった場合はどうですか。

(注)私が太字にした2箇所の「同年」は、元が「翌年」の誤植だと思います。

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<設例4>の回答

まずは、登場人物の整理をします(ご自分で図を描いてください。)。

B(A社の元従業員、A社を相手に退職金請求のあっせんを申立て、その代理人を甲に依頼)

A社(元従業員Bからあっせんを申立てられている会社、従業員Cから調停を申立てられたので甲に代理人を依頼)

D社(A社の100パーセント子会社(完全子会社))

C(A社の従業員、A社を相手に解雇無効(残業代)を請求する調停を申立て)

特定社会保険労務士甲(B→A社のあっせんのBの代理人継続中、A社からC→A社の調停の代理人の依頼をされている)

1.本件A社は、社労士法22条2項3号に書かれた相手方に該当するので、甲が、Cから申立てられたA社を相手方とする調停のA社側代理人になるという依頼を受けることは、原則としてできない。ただし、同条2項ただし書に従って、受任している事件の依頼者であるBの同意を得れば、依頼を受けることができる(条文どおり)。

 (注)ここでBの同意をきちんとしたインフォームドコンセント(説明と同意)に基づいて取得し、甲が公明正大で、両方の事案についてそれぞれの依頼人について誠実に行為できればよいのだが、現実には、BとA社のいずれかとより親密になり、バランスを崩すおそれがあるから、本当は、依頼を断るべきであると私は考えるのですが、社労士法22条2項ただし書で「依頼者が同意した場合はこの限りでない」と言い切っているので、弁護士講師も流石に私の考えのようなことは言いませんでした。

2.上記1.と同じ回答になる。なぜならば、会社法上、「完全親会社」と「完全子会社」は一体と考えられるうえに、実際にもA社の指揮命令下でD社が活動をしているはずなので、D社の依頼はA社の依頼と同視し得るからである(第2回倫理事例の記事参照)。

3.甲は、D社の依頼を受けることができる。なぜならば、D社からの依頼内容が「労災保険の手続についての相談」であり、社労士法22条2項(業務を行い得ない事件)によって制限を受ける個別労働紛争解決代理業務には該当しないからである。

(注)上記1.(注)でも書いたように、確かに、法22条2項の制限を受けないのであるが、例えば、A社がD社を通じて特定社会保険労務士甲に仕事を与えて報酬を支払うことによって甲に近づき、BとA社のあっせん手続においてA社を優位に取りはからうよう働きかける可能性があり、世間やBの目から見たら、甲とA社の関係に疑いを持つことも十分に考えられるので、私は、やはり、甲はこの労災保険の相談すら受任すべきではないと考えるのですが、受講生50名以上のゼミナールでは、そこまで突っ込んだ話は聞けませんでした。弁護士講師は個人的見解を述べると言うよりも、出題者の提供したガイドラインに基づいてしゃべっているようなので、出題者が倫理事例問題の回答にどこまでの深さを求めるかを知るために、第20回(令和6年度)を受講される方はこの辺りについて質問してみてください。

<設例5>の回答

 登場人物は、<設例4>と同じですが、ここでは、和解後にBの相手方A社から依頼を受けられるかどうかが問われています。

(注)事例の内容が、第4回第2問小問(1)と似ています。

1.甲は、A社の依頼を受けることができる。なぜならば、社労士法22条2項は、個別労働紛争における現在の依頼人同士の利益相反を防ぐために特定社会保険労務士が受任出来る業務を規制しているのであり、A社からの支払いがまだ残っているとは言え、BとA社との個別労働紛争は既に和解で法的には解決しており、特段守秘義務違反のおそれもなければ、過去の事件の当事者からの依頼を妨げる理由はないからである。

 (注)私がこう回答したら、弁護士講師が「受任してはならない。なぜなら、まだA社の支払いが残っている段階でA社からの代理人業務の依頼を受任したら、Bによる特定社会保険労務士甲への信頼が失われて、結果として、社会保険労務士としての信用又は品位を害するおそれがあるから。」と言いました。私は、「仮に、残金が未払いで、Bが、それを請求する債権回収訴訟等の法的手続を取るにしても、(弁護士と違って)特定社会保険労務士がその代理人になることはできないのであり、甲が当該労働紛争に引き続き関与することは出来ないのだから、Bが甲をどう見るか?というのは関係ないのではないか?」と聞くと、弁護士講師は「ここにこう書いてある。」と言って書類を指しました。書類は見せて貰えませんでしたが、私は、たたみかける質問をしました。「このケースで、甲が弁護士だったら、A社の代理人を受任出来るんじゃないですか?」。弁護士講師は、「弁護士なら代理人になれる。しかし、・・・」と言って、絶句していました。

 第4回第2問小問(2)と比較してみます。あのケースは、後日の依頼内容が、労働社会保険諸法令の相談でした。よって、上述の回答例は、受任出来るとしました。でも、今、考えると、(出題者が正解を公表してはいないので)それで正解なのかよく分りません。

 考えてみると、「過去の依頼人の残像が残っている間に、(労働社会保険諸法令の相談ではなく)個別労働紛争解決代理業務を受任することは、過去の依頼人からの信頼を損ねて、社会保険労務士のとしての信用又は品位を害する」という考え方を出題者はしているということは、私が受講した特別研修のときの上述のような弁護士講師との会話で推測出来ます。もし、そのような考え方で特定社会保険労務士の受任を制限すると、今は事件数が少ないから支障は少ないでしょうが、特定社会保険労務士の代理する個別労働紛争解決業務が増えていったら、人気のある特定社会保険労務士は、この考え方で足を縛られることになって、かえって、世の中のためにならないと思うのですが。

 受験生の皆さんに気を付けていただきたいのは、このようなケースで、後になされる依頼が労働社会保険諸法令の相談(第4回第2問小問(2)ならOKだけど(今ならこれもダメかも?)、個別労働紛争解決業務の代理ならダメと出題者が考えている節があるので、本年のゼミナール研修では気を付けて説明を聴いて、分りにくければ質問してください。午後の試験本番で、出題されている可能性がありますから(老婆心ながら)。

2.甲は、A社の依頼を受けることができる。なぜならば、上記1.と同じ理由だから。

 (注)このとき弁護士講師は、「支払いが完了しているから受任しても構わない」と言いました。

 私は納得していません。「1.2.ともに受任OK」にしてもらわないと、和解で紛争が法的に解決していて、後に支払いの問題が発生しても二度と代理人になることはできない特定社会保険労務士に、ここまでの制限を課す根拠を示して欲しいものです。もちろん、現在の仕事を取るために過去の依頼人を不利に扱ったりしてはいけないことは、当然ですが。 

 出題者も困っていると推測していますが、試験対策をしている私にとっても分りにくくて困っています。やっぱり、弁護士倫理ぐらいの具体的なルールが要るのだろうなあと思っています。ここまで来ると、社労士法の中に、特定社会保険労務士に連合会が作る倫理規範の遵守義務を課す規定を入れて、連合会が具体的で分りやすい特定社会保険労務士用の倫理規範を作って欲しいなあと思います。

追伸
第2問(倫理事例問題)過去問の第何回を何月何日の記事で扱ったかを、整理しました。

第1回 5月4日
第2回 5月31日
第3回 6月27日
第4回 6月27日
第5回 7月19日(予定)
第6回 7月19日(予定)
第7回 7月26日(予定)
第8回 7月26日(予定)
第12回 6月20日
第17回 6月20日

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