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特定社会保険労務士試験第7回第1問過去問の解説と共通するテーマ「懲戒」の説明

 前回は、「錯誤取消し」と第14回・第19回(第1問)の過去問を中心とした解説をしました。両方とも、「このままだと懲戒(または普通)解雇になるから、退職願を提出して労働契約の合意解約にした方がマシだ」と事実誤認に基づく錯誤(大きな勘違い)をして、退職願を提出してしまって、後で、労働者が自らの錯誤に気付いて、退職願(解約の申込み)を取り消したいと考えて取消しの意思表示をした後、個別労働紛争解決手続を申し立てましたという設例でした。このときの論点は、錯誤に陥った重大な事実が、「懲戒(または普通)解雇になりそうか?」でした。
 今回は、第7回(第1問)の過去問を中心として「懲戒」の解説をします(他にも「懲戒」は付随論点として数回出題されています。)。ちなみに、第7回は「本当に懲戒解雇されてしまった話」でした。今回、「解雇に限らず懲戒全体に射程範囲を広げて、そもそも懲戒って何?」というところから説明をしたいと思います。

目   次
1. 使用者による労働者に対する懲戒の意義・目的・根拠
2. 非違行為の類型と懲戒(懲罰)の種類の関係
3. 適正な懲戒の要件(懲戒権濫用の問題)
4. 懲戒解雇と普通解雇の違い
5. 第7回第1問他の過去問の解説

1. 使用者による労働者に対する懲戒の意義・目的
(1)   懲戒の意義
 法律学小辞典5に「懲戒 1意義及び性質 特定の身分関係における  規律維持のために、一定の義務違反に対して人的な制裁を科す制度をいう。」(P917)と定義がされています。ザックリというなら、「労働者が特定の非違行為をしたときに、使用者がこれを罰することを懲戒と呼ぶ」のだと思います。この文章だけを見ても、①特定の非違行為(一定の義務違反)とは何か、②罰する(人的な制裁を科す)とはどういうことをするのか、③なぜ使用者は当該労働者を罰することができる(特定の身分関係における規律維持のため)のかなどの疑問が湧きます。
 菅野労働法「第3編 第3章 第10節 第2款 懲戒」(P700-P718)(第13版では第3章 第9節 第2款 懲戒(P652-P672)に懲戒について今回の記事の1.-3.について詳しく書いてあるので、まずそれを読んでください。もっと易しく書いてあるのは、プレップ労働法「第3章 懲戒」(P76-P90)です。同書で、森戸英幸教授は、「企業秩序を維持するための手段が懲戒である」(P70)とその存在意義というか、目的を簡潔に述べてくれています(飴と鞭なので、飴の部分もあるとは思うのですが)。
(2)   企業秩序
 法律学小辞典5に「企業秩序 一般に、企業がその経営目的を達成するために構成員に遵守を求める秩序と理解されている。狭い意味での労務提供に関わる義務だけではなく、物的施設の管理権限に基づく構成員に対する統制も含むところに特徴がある。」(P183)と書かれています。企業秩序の意味と、その企業秩序を維持するための手段が懲戒で、それはもっともなことだということが理解できましたね。
 とはいえ、人を罰する訳ですから、そこには自ずと非違行為と処罰態様の基準、適正手続き、処罰の程度(軽重)などがあらかじめ定められて、それが合理的でない(つまり恣意的に処罰されると)と、労働者はたまったものではありません。
(3)   懲戒の根拠
 懲戒処分の法的な根拠としては、就業規則、労働協約、労働契約等の労使間の合意に基づくという「契約説」と、団体の秩序を守ることは経営権に由来する「固有権説」という2つの説があり、判例の立場ははっきりしませんが、いずれにしても使用者に懲戒処分をする権限があることは認めています。それでは、次に、非違行為の類型と懲戒(懲罰)の種類について述べます。

2.非違行為の類型と懲戒(懲罰)の種類の関係
  それぞれの用語の意味および掘り下げた解釈については、菅野労働法かプレップ労働法を読んで理解してください。
(1)非違行為(懲戒事由)の類型(菅野労働法P707-P715、第13版P659-P668、プレップ労働法P83-P90)
  ① 経歴詐称
  ② 職務懈怠
  ③ 業務命令違背
  ④ 業務妨害
  ⑤ 職場規律違反
  ⑥ 従業員たる地位・身分による規律の違反
   ①~⑤は仕事に与える影響の大小が、悪さ加減の大小と評価され、⑥は私生活上の非行、無許可兼職、社外での会社批判活動などを意味します。
(2)懲戒の種類(手段)(菅野労働法P702-P707、第13版P654-P659、プレップ労働法P80-P83)
  ① けん責・戒告
  ② 減給
  ③ 降格
  ④ 出勤停止
  ⑤ 懲戒解雇
   この試験の設例では、労働者が「懲戒解雇」になるかもしれないと勘違いして、それを避けるために、自ら退職願を提出してしまうという場面が多いのですが、冷静に客観的に分析すると、とても懲戒解雇にはならないだろうと思われるケースから、第19回のように、懲戒解雇もあり得るかなと思われるケース(第7回は実際に懲戒解雇しています。)まであります。ですから、ここで知っておかないといけないのは、❶懲戒解雇になると履歴書に「懲戒解雇」と書かなければならなくなって再就職が不利になること、❷退職金が不支給か大幅減額になることの2点が、労働者に懲戒解雇を避けたいと思わせる重要なポイントであるということです。次に、どのような非違行為をしたら懲戒解雇になるか(その要件は何か)が問題になる訳です。
(3)懲戒処分の妥当性を判断する4つの要素
 どのような非違行為が、どのような(どの程度の)懲戒処分(処罰)になるかという射程範囲が理解できたとして、実際に、それらの知識(情報)を使って、どのように懲戒処分をしていくかと判断する際の基準(ものの考え方)には、次の4つがあります。
①  罪刑法定主義の原則―――――懲戒処分を行うには、あらかじめその理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が、就業規則の懲戒規定(懲戒事由と懲戒手段)により定められていることが必要である。
②    平等取扱いの原則―――――すべての労働者を平等に扱うこと。特別な理由もないのに、使用者が恣意的に、特定の労働者に対して、処分の重さを変えたり、前例と異なった処分をしたりしてはならない。
③    目的正当性の原則―――――処分の目的が正当であること。使用者が処分を行う(不当な)目的が他にあり、懲戒事由に該当する非行が当該労働者にあることを隠れ蓑にして、本来の(不当な)目的(例、組合つぶし)を達成しようとする場合には、懲戒権乱用として当該処分は無効となる。
④    適正手続の保障――――――処分の手続は、適正かつ公平なものでなければならない。労働者を処分しようとするときは、まず、処分する理由をはっきり示し、その証拠を明らかにする必要がある。労働者がその処分に不服がある場合には、それを公正に検討するといった手続や本人に弁明の機会を与える必要がある。就業規則や労働協約に手続が定められている場合にはそれに従うことはもちろん、定めがない場合でも、適正な手続を経ないでなした処分は、権利乱用として無効となる。
 以上、4つの要素を総合判断して、それぞれの懲戒処分が妥当だった(である)かどうかを判断することになります。
 刑法を勉強したことがある方はご存じだと思いますが、①罪刑法定主義と④適正手続の保障は、刑法の基本原則に由来します。刑法上のこれらの原則の説明は、次のWebsiteに詳しく書かれていますので、それを読んでみてください。
 罪刑法定主義をわかりやすく解説-派生原則など完全網羅!
https://kenpou-jp.norio-de.com/zaikeihouteisyugi/

 併せて、この記事の最後に、懲戒(解雇)が有効だったり無効だったりした裁判例を解説したWebsiteを二つ紹介してありますので、そのWebsiteの裁判例を読むときに、この4つの要素をあてはめる練習をすると、本番の設例で懲戒解雇が有効になりそうか、無効になりそうか(つまり錯誤になるかならないか)の判断をするときに役立つと思います。特に、裁判例がどのような事実に着目して有効・無効の判断をしているかについて勉強すると、小問(2)(3)(4)の解答を書く訓練にもなると思います。

3.適正な懲戒の要件(懲戒権濫用の問題)
  菅野労働法P715-P718「5 懲戒処分の有効要件(第13版 P668-   P672)」と安西愈弁護士著「管理監督者のための採用から退職までの法律実務[改訂第17版]P342-P344「第19章 懲戒処分をめぐる法律問題 1.2.3.」に詳しく説明されていますが、プレップ労働法P77-P80「Ⅱ 懲戒処分の有効要件」の一部(罪刑法定主義の一丁目一番地)を次に引用します。いずれかの基本書を読んでください。

<1 就業規則への記載(P77)>********************************************
 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則に懲戒の「種別」と「事由」を定め(た上で事業場の労働者に周知し)ておく必要がある(フジ興産事件 最判平成15.・10・10労判861号5頁)。この就業規則への記載が第1のチェックポイントだ(なお労基89号参照)。要するに、どんなことをしたらどんな処分がなされうるのか、具体的にちゃんと書いておけということだ。書いていない処分はできないし、書いていないことを処分の理由とすることもできない。罪刑法定主義(=法律に書いていない刑罰は科せないよ!)的な要請によるものだ。
 また、書いてあることがあったかなかったか(懲戒事由該当性)の判断も厳格になされる(→Ⅳ)。ここまでクリアすれば、労契法16条にいう「使用者が労働者を懲戒することができる場合」だと言えることになる。(以下略)
*************************************************************************

4.懲戒解雇と普通解雇の違い
  そもそも解雇の種類は、労働者側の事由に基づくものと使用者側の事由に基づくものの大きく2つに分類できます。さらにそれを細分化すると次の図のようになります。

               ┃―普通解雇(通常解雇)
     ┃―労働者の事由― ┃      ┃―懲戒解雇
     ┃         ┃―懲戒解雇――――諭旨解雇
解雇―――┃                ┃―諭旨退職
     ┃         ┃―整理解雇
     ┃―使用者側の事由―┃
               ┃―普通解雇――(準整理解雇、更新継続の雇止め)

  普通解雇と一般的に言えば、上段に書いた普通解雇(通常解雇)を指します。勤務態度不良とか、成績不良とかが、就業規則の規定に基づいて、一方的に判断されて解雇されるのですから、(考えようによっては)懲戒解雇よりもっと濫用されやすいものだと思います。懲戒解雇は「懲戒権濫用法理」が適用されますが、普通解雇は「解雇権濫用法理」が適用されます。といっても、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性は同じなのですが(このあたりの細かな目線の違いが理解を難しくしていますね。)。
  裁判例を読んでいただけると分かるのですが、懲戒解雇と普通解雇のどちらでもよいというか、就業規則のどちらの条文にも当てはまる場合があって、そのときは、「普通解雇または懲戒解雇に該当する」と使用者側は主張する訳ですが、それぞれ解雇に至る手続きなどが異なるので、きちんと両方の条項に該当する事実(証拠)を並べて、それぞれに必要な適正手続を実践しておかなければならないということを忘れてはなりません。合わせ技1本だから、別々にみたら不十分な主張立証で構わないということにはなりません(このあたりも一般人には理解しにくいですね。)。

5.第7回第1問他の過去問の解説
(1)第7回第1問の解説
 まずは、第7回第1問を、設問(小問(1)-(5)→設例の順番で読んでみてください。設例の概要を簡単に書くと、Y財団法人の業務課長Xが、女性職員へのセクハラを理由にY財団法人を懲戒解雇されたが、Xは事実関係を争っており、解雇無効と未払い賃金の支払いを求めて、労働局長へのあっせんを申し立てたという話です。論点は、「Y財団によるX業務課長の懲戒解雇が有効か?」です。上で述べた、「懲戒処分の妥当性を判断する4つの要素」を頭に入れながら、設例に書かれた事実を分析・評価していく訳ですが、この問題のやっかいなところは、XとYの主張する事実が真っ向から対立(特に、Xは自らの行為と発生した損害との因果関係を否定)していて、(私の感覚的には)Y財団の主張する内容の方が本当らしく聞こえるのだが、いずれも伝聞(Aさんから何々と言っています。)で、本当の証拠が示されていないところが気にかかります。これで、Xの主張事実が虚偽(嘘)と決めつけていいものかどうか気になります。「はて?」
 Xの主張事実がすべて虚偽で、Y財団の主張事実が正しいと判断するなら、(上述の説明に従って事実を分析・評価すれば)懲戒解雇と判断するための非違行為とその懲戒処分の妥当性は満たされて、懲戒解雇は有効と判断するのは容易だと考えます。でもそれだと第1問として易しすぎないか?と思う訳です。いくら10年以上前の第1問だからと言って、そんなに簡単に解けたら、(第2問倫理事例問題の難易度は別にして)受験生のほとんどが高得点を取れたのではないかと推測します。
 「はて?」
 そこで考えました。第7回第1問の解き方としては、小問(2)のY財団の代理人としての解答はY財団の言い分をそのまま正しいと考えて書き、小問(3)のXの代理人としての解答はXの言い分はそのまま正しいとして書く(最近の過去問とXとYの順番が逆になっていることに注意!)。XとY財団の主張事実はY財団の言い分の方が真実らしく見えるので、その点は小問(4)の前半の「法的判断の見通し」に反映させるというやり方が望ましいのではないかと(最近の過去問の原形になっています。)。
 もう1点。①Xのセクハラ(非違)行為の事実、②被害者と言われる女子社員の損害の発生の事実、③これらの因果関係の存在を示す事実、④懲戒解雇という懲戒処分(懲罰)の妥当性を示す事実(前提条件としての就業規則の記載、過去の事例とのバランスなど。)などの事実の存否が争点となるので、Y財団側はこれらが存在したと主張する事実を並べ、X側はそうではなかったと反論をする事実を並べる訳です。理屈はこうで、こう書いてしまうと簡単そうですが、この理屈に合うように事実をうまく拾って書けるかが勝負の分かれ目になることは、毎回同じです(そういう意味で、実践的な訓練が欠かせません。)。
 さらにもう1点。小問(2)と(3)は、最近の過去問では、「5項目以内」との項目数の制限があるのに、第7回はありません。したがって、あるだけ全部書くことになります。ということは、拾える事実はたくさんあって、それを全部拾い上げないと各小問20点には届かなかったということかな?と考えるとぞっとします。もっとも解答用紙のスペースには限界があるので、20項目も書くとかいうことはなかったと思います。いずれにしても、最近の過去問とは出題の仕方が違うので、そこはよく気を付けて読んでください。
 それでは、以下、小問(1)から小問(4)を順番に解いて(回答例を示して)、解説します。
小問(1)
(解答例)
①    Xは、Y財団に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。
②    Xは、Y財団に対し、平成23年10月以降、毎月25日限り金55万5千円の金員および各支払日の翌日から年3パーセントの割合による金員を支払うことをもとめる。
(Y財団は、Xに対し、平成23年10月以降、毎月25日限り金55万5千円の金員および各支払日の翌日から年3パーセントの割合による金員を支払え。とも書くこともできます。)
(解説)
 小問(1)の解き方は、記事「第1回の過去問の解説)」、第2回試験問題の解説」および「最近の第1問過去問の構造の分析と攻略方法」を参照してください。本問のXの毎月の賃金は、当月25日払いで、管理職で時間外手当の発生もないので、9月30日退職月の賃金は退職日前の9月25日に支払われていて、未払は10月1日から発生していると考えて、さらに「遅延損害金の請求は記載しないでよい」とは書かれていないので、②はこのような記載になっています。遅延損害金の年率は、民法改正前の第7回当時なら年6パーセントでしたが、令和2年4月1日の改正民法施行後は、年3パーセントになっています。

小問(2)(Y財団の代理人としてY財団の言い分からそのまま拾います。)
(解答例)
①    Y財団の設立時(20年以上前)から雇用しているY財団の中心的な職員で業務課長であるXが、職場の女子職員に対し、よく性的な軽口を叩き、スキンシップと称し、職場で髪や肩、腕に触れたり、時にはお尻を叩いたりする等の言動が目立ち、派遣社員などからは、苦情がでていること。
(注)Xが何者であるかを書くことによって、Xがその地位を利用してセクハラ行為をしたという事実がくっきりとん浮かび上がるので、その点を書くべきと考えます。加えて、民訴法上の訴訟関係の書面を意識するなら、できるだけ事実関係を詳細に書いておいた方が裁判官への説得力が増すので、Y財団の言い分に記載されている事実について、出来るだけ要約も言い換えもせずに書くべきと考えます。ただし、やり過ぎるとスペースが足りなくなるおそれがあるので、その点は注意してください。
②    今年8月下旬頃、市役所の「職員ホットライン」に、派遣先Y財団で働いていた女性職員の派遣元会社より、「市の関係団体の職員であるY財団のX課長より派遣社員が強引にカラオケに誘われ、そこで悪質なセクハラを受けケガをした。市は十分調査してちゃんと処分して欲しい。」といった趣旨の申出があったと、市当局より連絡を受けたこと。
③    上記②の事実を受けて、Y財団が派遣元会社に対して事情聴取をしたところ、「派遣職員のAさんは、8月上旬のY財団の職場のビアパーティの帰りに、X課長からカラオケに誘われた。日頃よく𠮟られる怖い課長なので内心嫌であったが、断るとまた職場で叱られると思い同行するようにした。カラオケでは2人だけの部屋で歌わされたり、チークダンスをさせられたり、壁に背中を押しつけられて体を触られたりした。嫌であったが、課長の機嫌を悪くしないように付き合った。」と聞かされたこと。
④    上記③の事情聴取で、「1時間ぐらいカラオケをしてから帰ろうと通りへ出たら、もう一カ所つきあえとX課長に言われ、手を握られタクシーに強引に乗せられそうになったので、手を振り払い逃げようと数歩走ったところで転倒し、左足を負傷し右足首捻挫など全治3週間の障害を負い、また、精神的ショックもあり、10日間欠勤した。」ことも聞かされたこと。
(注)上記②と③の事実は分けて考えるべきと考えます。なぜなら、②はセクハラ(性的いやがらせ)行為を示していますが、③はセクハラというより、傷害(暴力行為)とそれによる具体的損害の発生を示していて、内容が異質だからです。
⑤ 上記③④のX課長によるAさんへの行為を受けて、「Aさんは許せない、もう派遣社員は辞めたいと憤慨して申し出た。」とのこと。
⑥    X氏は、前任の派遣職員Bさんにも、髪や肩に触れたり、強引にカラオケに誘ったりするので、こんな派遣先は嫌だとBさんがY財団への派遣の継続を断ったため、Aさんに派遣を交替したこと。
⑦    ⑥の出来事があったにもかかわらず、今回もこんなことになったので、派遣会社としては、やむなく市の「ホットライン」に通報したこと。
⑧ 派遣元会社では、Aさんから傷病欠勤届と外科病院からの診断書が出されていることから、規定により、Aさんに対し傷病の「見舞金」を支払ったこと。
⑨ 市当局からは本件の処分結果の報告を求められるとともに、「当市は、関係団体を含めセクハラ等にはかねて厳しく対応するようにセクハラさ心を定め職員教育を行い、倫理宣言条例や倫理規程を設けて対応しており、セクハラには厳罰の方針なのに、このような不始末は何事か。」との注意を受けたこと。
⑩ Y財団の職員に周知している就業規則には懲戒事由として「職場の風紀秩序を乱したとき(いわゆるセクハラ、パワハラを含む。)」、「正当な事由なく業務命令に違反したとき」、「職場の内外を問わず、不法、不当な行為を行い財団の名誉、信用、品位、を害したとき」、「その他前各号に準ずる行為を行ったとき」等の定めがあり、懲戒処分としては、情状により、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇」に処すると定めてあること。
⑪ Y財団は、Xの普段の言動に加えて、今回の事案もあったので、厳罰に処すべきと判断し、9月中旬に再度懲戒処分としての事情聴取と本人の弁明を聞くために、Xと話し合ったこと。
⑫ 上記⑪の話合いの席上、Y財団はXに対し、事実関係から見て懲戒解雇処分は免れないこと、就業規則上、懲戒解雇になると退職金は支払われないこと、しかしXの永年の功績を認め、依願退職をするならこれを認めて退職金も通常通りに支払うので、退職届を出すようにと、穏便な処理としての退職勧奨をしたにもかかわらず、Xはこれを拒否したうえに、Y財団を攻撃するような言動をしたこと。
⑬ Y財団としては、理事会でこれらの事情につき協議した結果、9月末日付けをもって、解雇予告手当を支払ったうえで、Xを懲戒解雇したこと。
(注)⑧まではXの行為、女性社員に発生したセクハラ行為等による損害などの事実関係を述べ、⑨以下はY財団が懲戒解雇に至るまで適正な手続をとってきたということを述べています。

小問(3)(Xの代理人としてXの言い分からそのまま拾います。)
(解答例)
①    本年8月上旬にY財団恒例の全職員参加の暑気払いビアパーティに参加し、その後駅への帰路でたまたま派遣職員のAさんと一緒になったので、日頃仕事上のミスが多く、よく叱りつけていたので、この際激励しようとカラオケに誘ったところ、同行すると言われたので、一緒にカラオケ店に入り、Aさんと和気あいあいと過ごしたこと。
②    その後、大通りに出てタクシーを止め、カラオケ中に住所を聞いていたAさんに自宅に送っていくから乗車するように言ったところ、電車で帰るからと急いで走り出して路上で転倒したので、「大丈夫か」と声をかけたが「大丈夫です」と言ってそのまま駅に向かったので、Aさんの傷害の事実を知らなかったこと。
③    Aさんがその時負傷などしたのであれば、派遣元から派遣先指揮命令者のXに対し、当然その旨の連絡がされるべきであったにもかかわらず、派遣元の会社からは、Aさんが翌日から欠勤する旨との連絡しかなかったこと。
④    9月上旬に、Y財団の理事長、専務理事同席で市の「職員ホットライン」への通報のことを尋ねられたが、上記①から③の内容を述べ、XによるAに対するセクハラとは心外であるし、Aさん負傷はセクハラとは関係のない偶然の出来事であることを主張したこと。
⑤    9月中旬に再び理事長、専務理事から呼ばれ、セクハラを行った市の職員は厳罰に処するとの市当局からのお達しに基づいて、派遣職員に対しその上司がその地位を利用して相手の意に反することを認識したうえで性的言動に及び、相手を負傷させた本件は悪質であると、一方的に、断罪されたこと。
⑥    上記⑤の断罪をした後で、本来ならば市当局の「指針」に従い、本件は懲戒解雇処分となるところであるが、永年の功績に免じて依願退職するならこれを認めるので退職届を出すようにとの退職勧奨を受けたが、Xはこの程度のことで懲戒解雇処分は不当であると考えて拒否したこと。
⑦    9月20日に理事長より、9月30日付をもって懲戒解雇する旨の通知書が渡され、同日以降出勤不要と言い渡されたこと。
⑧    上記⑦の際、理事長より、Aさんのことだけでなく、日頃の職場においてXにセクハラの言動があったとか、再三の注意をきかなかったとか、前任の派遣職員Bさんへのセクハラもあったとかいったことも懲戒事由として言われたが、Bさんは一度カラオケに誘って断られてそれ以降なにもしていないし苦情も言われていないこと、今まで理事長や専務理事から職場での言動について注意を受けた記憶はなく、Xが職場を明るくしようとしてやってきたパフォーマンスについて、誰からも苦情を受けたことはないなど事実に反する懲戒事由の追加があったこと。
⑨    市から出向して来た前経理課長のCさんは、慰安旅行の宴席で乱れて何人もの女性職員に抱きつく等のセクハラ騒ぎを起こしたにもかかわらず、厳重注意しか受けておらず、Zに対する懲戒処分との均衡を欠くこと。

(注)くどいようですが、書きます。①Xのセクハラ(非違)行為の事実、②被害者と言われる女子社員の損害の発生の事実、③これらの因果関係の存在を示す事実、④懲戒解雇という懲戒処分(懲罰)の妥当性を示す事実(前提条件としての就業規則の記載、過去の事例とのバランスなど。)が懲戒解雇の有効性を判断する際の要素(ポイント)になります。Y財団がXの非違行為と自らの適正手続を主張・立証し、Xがそのどこか(全部かも?)に綻び(弱点)があることを反論(主張・立証)することになります。

小問(4)(Xの代理人としての法的見通しと妥当な和解案が問われています。それぞれ200字以内)
(解答例)
労働契約法16条(懲戒権濫用法理)が適用されて懲戒解雇無効となる可能性が極めて高い。なぜなら、XとY財団の主張事実が真っ向から対立して書証もなく水掛け論になっている上に、Y財団側が市当局からの圧力に屈して、とにかくXを処分するための手順を慌てて踏んだうえに、懲罰のレベルが前例との均衡を欠いている懲罰だから。

 妥当な和解案としては、XとY財団との信頼関係が破壊されていることに加え、Y財団の市当局への顔を立てて、懲戒解雇を取り消して本年12月末日付の依願退職とし、それまでは出勤せずに毎月の賃金+役職手当=55万円を支払うとともに、正規の退職金に1年分の賃金相当額660万円を上乗せして支給することを提案する。

 小問(4)の(注)に書いた『①Xのセクハラ(非違)行為の事実、②被害者と言われる女子社員の損害の発生の事実、③これらの因果関係の存在を示す事実、④懲戒解雇という懲戒処分(懲罰)の妥当性を示す事実(前提条件としての就業規則の記載、過去の事例とのバランスなど。)が懲戒解雇の有効性を判断する際の要素(ポイント)になります。Y財団がXの非違行為と自らの適正手続を主張・立証し、Xがそのどこか(全部かも?)に綻び(弱点)があることを反論(主張・立証)することになります。』Xが勝つか?Y財団が勝つか?の判断基準になります。
 和解案の妥当性を考える際には、Xの勝ち目を考えて強ければ、まずは復職、併せて未払い賃金の支払いで元のさやに戻す訳ですが、個別労働紛争がこじれていれば、ZとYの間の信頼関係が破壊されていて、とても元の職場では働けないということが多々あります。大企業で配転、転勤、出向などで、穏便にすませることができることもありますが、そうできない場合には、やはり金銭解決しかありません。その際には、ある程度合理的で世間相場を反映した金額とその計算式が求められるものと考えます(もちろん、不法行為の慰謝料などで一声100万円とかいうケースもあります。)。
 最後に、非常に参考になる判例解説の載っているWebsiteを2つ紹介します。懲戒解雇を含む懲戒処分が有効になるハードルがかなり高いことが実感できると思います。一方、懲戒解雇になっている労働者は、相当ひどい言動で、これでは職場においておけないと使用者が判断せざるを得なかったんだろうなと容易に推測がつくと思います。ぜひ、読んでみてください。

東京都港区赤坂2-20-5デニス赤坂ビル402(池田・高井法律事務所)
https://www.takai-lawyer.jp/14966376766854

島田法律事務所
https://www.shimada-law.com/blog/


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