己を一番成長させてくれるのは「不幸」である
最近失恋についての相談を専属の方から受けたのですが、その中で知っておいていただきたい「気づき」について共有します。
失恋だったりなんだったりの自分の身に降り注ぐ「不幸」というものが存在するかと思うのです。
これってこの事象を自分自身がどう捉えるか、これで人生が変わると思っていて。
何かの不幸に見舞われた時に、「可哀想な俺」に浸れば、ある意味気持ちよくなれますし、基本ほとんどの人はそうなると思います。
可哀想な俺、に浸ることができれば、解決に目を背けずにすみますね。
なんですけど
「不幸は自分に足りない気づき」
を与えてくれるものだと思っています。
彼女に振られたんだとしたら、それは「理想的な彼氏」であるために何かが欠けていたから、そうであったのでしょう。
マッチングアプリでドタキャンされたとしたら、ドタキャンしてもいいって思われてしまう自分であったのでしょう。
仕事がうまくいかなくなったとしたら、より良いビジネスマンになる為に足りない何かに気づかせてくれている事でしょう。
大切な人が亡くなったとしたら、人生は永遠じゃない事に気づかせてくれて、今、生があるありがたみに気づかせてくれる事でしょう。
毎日を大切に生きろよ、とメッセージを届けてくれていることでしょう。
不幸は正直しんどいです。
自分もありとあらゆる角度からの不幸が小さい頃から今に至るまでに降り注ぎ続け、しんどかったです。
今こうやって皆様にサービス提供が出来ているのは、度重なる不幸のおかげです。それがあって自分は今のビジネスの立ち上げに至りました。
その不幸を乗り越えた数だけ成長ができて、幸せに近づいています。
好きだった彼女に振られたり、マッチングアプリでドタキャンされたり無視されたり、仕事でうまくいかなかったり、きっとあるでしょう。
ただそれはあなたに足りないモノを無言で気づかせてくれる、不幸なのです。
そこに向き合うことを放棄せず、ちゃんと向き合って思考してください。
失恋した方に話したのは「自分に足りない何か」に気付くためのキッカケを与えてくれた、より良い男になるための成長を与えてくれた。
別れを告げてくれた女性はそんな素敵な存在だったんではないですか、ということ。
その不幸を乗り越えた数の積み重ねだけ、強くなれると思っています。
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