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Farmy Action

Ohara Farmy


作物を植えずに放置された土地を耕作放棄地と呼びますが、日本では農業従事者の高齢化とともに耕作放棄地は物凄いペースで増えています。そこで Ohara Farmy では「Farmy Action」と題して、耕作放棄地で再び作物を育てられるように開墾する取り組みなどを始めています。Ohara Farmyの江頭一晃(以下、カズ)さんにお話を伺いました。

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1960年代に1175万人いた日本の農業従事者は2020年には136万人に激減。しかも平均年齢は66.8歳。あと十数年のうちに食べ物をつくる生産者は激減します。
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Farmy Action をはじめたきっかけ


―Farmy Action を始めたきっかけを教えてください。

Kaz 少し僕自身の来歴から話します。もともと僕が育った家では自分たちの食べ物を、畑でつくっていました。高校生の頃から両親の元を離れて、ハワイに留学し7年後に日本に帰国。その後、主に大阪に住んで仕事をしていたんですが、あるきっかけで東京で通訳や翻訳の仕事をしていたんです。東京という巨大な消費社会の一部に自分がなった時、すごくもどかしさを感じました。

―もどかしさとは?

Kaz 生きるためには食べ物が必要で、それを買うための通貨を得るために仕事をしますよね。東京ではとにかく毎月毎月、ただ家賃と生活費を稼ぐために小難しい芸当を日々こなしていた感じ。自分が育った家では、自分が小さい頃から人間の排泄物を循環させて、再び土に還すということをやっていたんです。だから当時の仕事が生きることに直結していると感じられにくかった。

人間は、地球の恵みからいただいた食べ物を食べてそれを肥料に加工する装置みたいな存在。本来なら人間が栄えれば栄えるほど植物も栄えるし、それで植物が栄えるとまた人間も栄えることができる。

―人間も本来は自然の循環の一部なんですね。

Kaz そうなんです。それが都会に住んでいるとできていなくて悶々としていました。そんな時に、仕事でお世話になっていた方が徳島に行くということで、僕もついて行くことにしました。徳島の木沢というかなり山奥の村(現・那賀町)なんですけど、そこでは大昔からの在来種の種が当たり前に大切に継がれて、じいばあたちが作物を育てています。それを目の当たりにして、「ここが最先端の場所だ」と思ってすぐに移住し、農を中心にした暮らしをすることにしました。

そうやって木沢で暮らし始めて4年目になって、実家のある京都にもたびたび帰省していました。京都に帰ってくると友達が住んでいるシェアハウスに泊めてもらっていたんです。僕はハワイでもシェアハウスに住んでいたんですが、食料のお金を出し合ってどう買うかが色々難しいんです。冷蔵庫を開けて「あ、これはあいつが買ったやつだから食べたらあかん」とかね。でも、もしみんなで育てた作物ならみんなの作物なんだから、食べていい。もしそれができたら出費の削減にもつながるね、という話になり、たまたま2反ほどの耕作放棄地を借りられたこともあって、開墾をはじめました。


耕作放棄地との出会い


―良いタイミングで耕作放棄地に出会えたんですね。

Kaz 時はちょうどコロナ騒動が始まったばかり。みんな独り在宅勤務をしたり飲食店が軒並み閉まったりして、鬱々していたタイミング。この先どうなるか全く読めない中、そのうち輸入も止まって食料も手に入らないかもしれないという考えもよぎって「春だしとりあえずタネをたくさん蒔いとくべきなんじゃないか… よし、開墾しよう!」っていう感じで。でも10年以上耕作されていなかった農地では雑草の根っこがはびこりすぎて、耕運機が文字通り歯がたたなくて、みんな最終的には鍬を手に開墾したんですけど。「今日はここまではかどったな」「次はあの辺まで」って言いながらみんなすごくいい顔をしていて。4月に開墾を始めたので、さすがに1年目は田植えは無理かなと思ったけど、開墾がどんどんはかどって、幼馴染のやんしーからトラクターを借りられることになり、始めて2ヶ月で田植えまでしました。

―それはすごいスピードですね。現在はどんな人たちと開墾を行なっていますか?

Kaz 最近は新しいつながりがどんどん増えてきました。僕らのスタッフが畑をやっている時に、大学生が「農業に興味があるんですけど」って声をかけてきてくれたんです。学生たちと話をしてみたら、目指しているところや考えがとてもリンクしていて、一緒にやろうということになり、現在は僕がたまにアドバイスする形で一緒に進めています。中にはラグビー部のキャプテンをやっている大学生もいるんです。昨日も一緒に山の登山道を塞いでいた倒木を整備していて、僕がチェーンソーで切った木をまるで重機のようにどんどん脇に放り投げてくれて、めちゃくちゃはかどりました(笑)。


第一次産業の高齢化


―若者は都会に出て就職する人も多いですが、里山や農村に回帰する人がいるのは未来が明るく思えます。ところで開墾って農地を拓くイメージでしたが、山の手入れもするんですね。

Kaz 農業の高齢化も進んでいますが、林業従事者の減少も深刻なんです。日本の森林の約4割が人工林。戦後にもともとは自然林だったところが人工林になってしまい、植えすぎたスギ花粉に苦しんだり、広葉樹と比較してスギ・ヒノキは根っこが浅い事が要因で地滑りの一因にもなったりしています。また山の保水力も落ちて、もともと水が豊富で引ける場所にある田んぼで水が引けなくなるなど様々な問題が顕著になっています。

―知らない間に、私たちの生活にも影響が出ますね。

Kaz まさにそうです。僕らの畑がある場所は、いわゆる「里山」と呼ばれる自然と人間が多く住む街との緩衝地帯。山が荒れると動物たちにとっての食料が少なくなり、すぐ下の畑に鹿やイノシシが降りてくる。そういう意味でも山と畑はとても繋がっています。なので Farmy Action の一環として間伐(樹の間引き)や登山道の整備を行っています。


Farmy Action のこれから


―他にもFarmy Action として取り組んでいることはありますか?

Kaz OHARA FARMYは「買うから、つくる」というタグラインで活動していますが、新しく「捨てるから、使う」というのもやっていきたいと思っています。日本って、国土の約7割は森林という森林大国なのに外国産木材を大量に輸入していて、国産材は値段が高いために林業がどんどん衰退し、さっきも言ったように自国の森林整備が追いついていない状態です。でも今実際に国際情勢が不安定になり、国産材も外材も値段が高騰しています。一方で解体現場から出てくる立派な木材をわざわざ処分費用を払って焼却場で燃やしているという矛盾がある。ということで、解体屋をやっている知人の助けも借りながら「廃材レスキュー」を開始し、農園の区画周りなどに活用しています。

―身近にあるものを活かすことは、地球がなるべく長く続くためにまずできることの一つですね。Farmy Action のそれぞれのプロジェクトの共通事項として、いわゆるSDGsの観点で実践されている取り組みがたくさんあるように思いました。

Kaz そうですね。他には、このnoteのシェアファームの回でもお話ししていますが、自家採種をすることでこの大原という土地に根ざした種をつなぐ「Seed Bank」の取り組みもやっていきたいと思っています。

―お金でタネを買うのではなく、タネを採種することは身近にあるものを大切に生かすということにも繋がりますね。その結果風土にあったおいしい野菜を収穫することができて、風土の味やその土地らしさ、ひいては郷土の味という文化が守られますね。

Kaz みんなでなんとかしなかったら、この状況は数年以内に目に見える形で悪化していくだけです。冬場に行うことが多い開墾はまさにウィンタースポーツ。興味がある人にはぜひ体験してもらえたらなと思います。

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