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talkin' about Ayako Wakao

女優覚醒/小津安二郎



1960年代半ば映画界が衰退していく頃、銀幕世界に生きていた俳優が、小さなブラウン管の中に登場し始めた。少年だった私は、ほぼ親戚の若い叔母ほど年上の若尾文子をTVドラマで知り、魅せられた。映画の脇役からTVで売れ出したタレント役者とは違って、華のある、まさに ”高嶺の花”!
戦後映画の興隆の波に乗ってデビューした女優は多々あるけれど、彼女ほど完璧な容姿、声、たたずまい、スピリッツ、度胸を兼ね備えたお方がいらっしゃるでしょうか? (来月には満90歳を迎えますねん)。私は戦前から女優という道を宿命的に歩んできた高峰秀子を、日本映画史上最高峰の俳優と思っているのですが、その次世代で突出した存在が、自分にとっての “女優” 若尾文子でした。この二人の共演は、1967年、増村保造監督の “華岡青洲の妻” のみですが、(誤認でしたらご指摘ください) 女優という星の下に生まれた二人が、その作品世界で火花を散らし輝やいておりやした。
さて、私は東京圏から遠地の生活となったため、2回目の若尾文子映画祭(2020年)に再会できませんでしたが、2015年は角川シネマ新宿に通い詰め、暗い空間のほの白いスクリーンに映し出された、作品ごとに変貌する “女優” の美しさに感じ入ったものでした。
そこで第一回の若尾祭で観た作品の脳内再生を試み、オールドタイマーの視点から若尾作品の印象を記しておこうと思うのでありまする。
First of All 

浮草/1959 大映
監督/小津安二郎
(web)

実年齢からすると5歳ほど若い役柄に、厳格緻密な小津スタイルの下にあっても、のびやかな様で成り切っているのが伝わってきます。
どさ回り一座の親方、嵐勘十郎 (中村鴈治郎)の情婦である姐さん役者、すみ子 (京マチ子)に口説かれ、加代 (若尾)は、巡業地に母 (杉村春子)と暮らす座長の隠し子、清 (川口浩)を誘惑することに。

郵便局に勤めながら、上級学校へ進学を目指している清を誘い出す加代
(web)

遊び心のスリルに乗った嘘が、いつからか真の恋愛感情に変わっていることに戸惑いながら、逢瀬を重ね、自分を見つめ直していく。旅に日を重ねる、閉ざされた擬似家族的旅一座に囲われた宿命から解放されるため、同世代の青年に救い(愛)を求める。生まれて初めて自分の意思で選んだ道へ突き動かされていく。

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浜に揚がった漁船の陰で、興行退けの楽屋口で、青年にくちづけを繰り返してしまう姿はせつなくも美しい感!!

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この作品は戦前のサイレント時代の喜八物 (松竹の“フーテンの寅”の原型)で若尾生誕 (1933年)の翌年に “浮草物語” というタイトルで公開されている。それを25年後、大映で一作撮ることになっていた小津監督がセルフリメイクしたものだが、撮影は大映の名キャメラマン宮川一夫に任せた。(1940年代、松竹で小津がトーキー制作を始めてからのキャメラマン原田雄春は、小津式ローポジションカメラと一体になって映像をとらえていたが)。さすがにリメイク版では構図、色調とも松竹での小津作品とは異質の映像美に仕上がっていますやな。
一方、脇役の使い方は一緒で、他社作でも小津のユーモア感覚は見事に発揮される。小津作品あるあるの同輩三人組には、三井弘次、潮万太郎、田中春男 (いろんな映画でこの人好きやねん)を配役。なかでも、三井弘次は戦前版ではなんと座長の息子役を演っている。ちなみに若尾の役は坪内美子さん。清楚なお方でおます。
作品世界では、鴈治郎、京、杉村春子の三角関係に川口との親子関係がかぶさり、そこに若尾と川口の恋愛が絡み合って、夏の海辺の町で、切ない人間模様が重層的に描かれる。
若尾にとって唯一度の小津映画出演であり、巨匠に臆することなく、素晴らしい存在感を引き出され、加代を生きた感!
小津安二郎監督作品の私的ベスト3の一つでありますやな。
さて、

「今宵はここまでに致しとうござりまする」

                                                  (続く)

(旧ラインブログより加筆訂正)

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