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いつかきたる人間ペットオークション

狭いゲージのなかで、すみっこを懸命にカリカリする白い犬。

「出して、出して」

鳴いているわけでもないのに、まるで犬の声が聞こえてくるようだった。

私を見て、元気にしっぽを振る姿に耐えきれず、私はその場から逃げるように店を後にした。

−−−

何ヶ月か前、恋人とのデート中にふらっとペットショップに立ち寄った。

私と彼はどちらも大の犬好きで、2人とも実家で犬を飼っていた経験がある。

大好きだった私の家族はすでに天国に行ってしまったけれど、犬のあたたかさと優しさ、一緒に過ごした時間は今私の胸の中にある。

「いつか2人で飼いたいね」

私と彼はよくそんな風に会話をしていた。

ちょうどその日も街中で散歩している犬を見かけたのをきっかけに、犬の存在をとても懐かしく思ってしまった私は、デート中に偶然見かけたペットショップに行こうと彼を誘ったのだ。

私が実家で飼っていた犬たちは元々、保護犬や知人から譲ってもらった犬達だ。
そのため、私はペットショップというものに行ったことがなく、単純にペットショップに行きたいという気持ちもあったと思う。

いざ店内に足を踏み入れると、懐かしい独特の動物のにおいが私の鼻についた。店内いっぱいに置いてあるゲージにいる可愛くてちいちゃな犬と猫たち。

たくさんのゲージがあるなか、私は店の隅にあるゲージの犬に目が留まった。

紀州犬だ。

私の家では、代々日本犬を飼っていた。

私が3歳の時から一緒にいた保護犬のゴンちゃんは、柴犬が入った雑種。
学生の時にやってきた犬も保護犬で、知人から紹介してもらった黒虎毛の甲斐犬だった。

どちらも凛々しい足腰が堪らなくかっこよくて、田舎道を2匹と思いっきり走りながら散歩するのが大好きだった。

保護犬だから嫌だなんて考えたこともなく、かけがえのない大切な私の家族だった。

彼らと一緒に過ごす私が、日本犬好きになるのは自明のことだったと思う。

「紀州犬だ~!」

犬をみるなり私は叫び傍に歩み寄ったのだが、すぐさまゲージに書かれている文字に気がつき衝撃をうけることになる。

半額セール!今なら更に割引

まわりにいるトイ・プードルやポメラニアンといった可愛く人気の犬種たちが50万近くの値段で売られているのに対し、その紀州犬はたったの10万円で売られていた。

よく見ると他の子たちより、2倍くらい大きい。おそらく5~6か月程だろう。

日本犬は、個体差はあれど成犬で大体15㎏にはなる。

それと比べるとまだ小さいから子供なのだか、他のゲージにいるトイ・プードルやポメラニアンと比較するとやはり大きい。

その白い紀州犬は私に気付き、伏せていた体を起こしてゲージの端をカリカリとし始めた。

冒頭のシーンはこのときのものである。

半額セールってなに?

命のはずなのに、値段が決められていること。
まるでお惣菜のように値引きシールがされていること。

そして、このまま売れ残ったらこの子はどこに行くんだろうという疑問。

考えだした途端、気分が悪くなってきてしまった私は恋人と一緒に店を後にした。

「飼ってあげられなくてごめんね」どうすることもできない私はそう心の中でつぶやいた。

−−−

あの出来事があってから、私はペットショップについての情報を集め始めた。犬に半額セールと値札をつける行為があってもいいことなのかと憤りを感じたのだ。

調べているうちに、どうして私は日常にある生体販売に疑問を持てなかったのだろうと自分を責めた。

私の家は、もともと父が犬好きで保護犬や身寄りのない犬を引き取って育ててきた。
だから、ペットショップで犬を購入するという行為から無縁だったわけなのだが、私は7~8割ぐらいの犬世帯はこのルートで犬を飼っていると誤解していた。

下の図を見てほしい。

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出典: 一般社団法人 ペットフード協会「令和3年全国犬猫飼育実態調査(2021)」

しかし、実は犬を飼う50%以上の人がペットショップから犬を購入していたのだ。

保護シェルターや里親探しのマッチングサイトからの犬の引き取りは、それぞれ全体の5%以下だった。

−−−

何より、私が一番衝撃的だったのは、ペットショップの犬の流通経路だ。

ペットショップで犬を購入する場合、今の日本では次のルートをたどることになる。

画像2

出典: 環境省「幼齢期の動物の販売について」

卸売業者・販売店がここでいうペットショップやバイヤーという業者にあたる。

犬を生産するブリーダーが、生まれた犬をオークションやペットショップに売る。

オークションにかけられて犬がペットショップに並ぶためには、勝ち抜いて高い値段で買ってもらわなければならない。

勝ち抜く犬を作るためには、母体数が必要。
数が多ければおおいほど、可愛い犬が生まれる確率は高くなる。

そうやって、一部のブリーダーや輸入業者は劣悪な環境で大量の犬を繁殖させる。

劣悪な環境で犬を育てるブリーダーにも腹は立つが、何よりペットオークションというシステムを導入していることに私は嫌悪感が募った。

競り落とすの?犬を?

さらに、このペットオークションというシステムを導入している国が日本だけで、フランスでは2024年に犬・猫の販売禁止が決定しているのだという。

−−−

このペットショップの流通経路の情報を知っている人間は、一体どれくらいいるのだろうか?

私は、犬好きにも関わらずこの事実をつい最近まで知らなかった。

ひとえに私の能天気で世間知らずな面も影響しているとは思う。

だけど、みんな全てを分かったうえで、ペットオークションで勝ち残ってきた可愛い犬達が欲しいからペットショップで犬を購入しているのだろうか?

きっと違う。
ふらっと立ち寄ったペットショップで可愛い子がいたから、とか犬が欲しくて、という普通の理由だと思う。

正直、個人的に強い言葉でいうと私は生体販売そのものが無くなればいいと思っている。

別にペットショップで犬を購入した人が悪いわけではない。

そもそも、ペットショップの流通経路を理解して購入している人は少ないだろう。

なにより、ペットショップを利用している周りの友人や知人がこの情報を知っているとは思えないのだ。

この情報を知る機会が増えたなら、きっと保護犬や保護猫シェルターの利用を考える人も増えるのではないか?

そんな思いも含めて、微力ながら今回ただの犬好きとしてnoteの場を借りさせてもらった。

人にとって犬は特別な存在なのだということを理解していた。人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。

こんな動物他にはいない。
(引用:馳 星周著『少年と犬』より)

動物は、優しくてあたたかい。
そして、いつも人間の理解を超えた力を出してくれる。

きっと動物を飼ったことがあり、動物を愛したことがある人はこのぬくもりを知っている人が多いと思う。

人間が愛されたいと思うのに、動物が同じように思わないわけがない。

それでも、オークションで人間は犬に値段をつけ競り落とす。

いつか、宇宙人が来たら人間もこうやってオークションにかけられ競り落とされるんだろうか。

私は、特別美人でもないし、頭もよくない。家事は嫌いだし、だからといって勤勉でもない。

欠落だらけの私は、人間オークションを勝ち抜ける自身がまったくない。


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