知らない恋のはじめ方②(正人ver.)

無理矢理押し込まれたタクシーの窓から、寂しそうな表情の龍樹がこっちを覗いてる。
そんな表情するなら、真希のとこに送り込むなよ。

口の動きで「じゃぁなっ」と言っているのがわかった。うなづいた瞬間にタクシーが動き出す。
ふぅっと自然とため息がでた。

真希の所へ向かっているのに気持がまだ追いつかない。最近そんな事の繰り返しだ。
自分の気持が最近よく分からない。

龍樹は、仲のいい同期で男同志で親友でもある。だが、それ以上に何かと気に留める様になってきた気がする。

今日も「振られた」と、朝一告げてきた龍樹を放っておけず、真希との約束を断って愚痴を聞くために予定を空けた。

あいつは『真希ちゃん大丈夫か?』っていいながらすごく嬉しそうな表情を最近よくする。
子犬みたいに大きな目をクシャッと細めて笑うのが可愛いと思ってしまう。
友達は割と多い方だと思うが、同じ男で龍樹ほど誰かを構った事なんかない。

特別なんだと思う。


けど、それがどんな意味なのか分からない。正直持て余している。
ブブッと内ポケットのスマホが震える。
取り出してみると……真希か……。
『まだ着かないの?鍵開けて入ってるよ』
真希が先に俺の部屋に着いたらしい。
『もうすぐ。寒いから入ってて。』
真希は可愛い。
好きだと思う。
最近龍樹ばかりを優先して悪いとも思ってる。
それに対して不満に思ってる事も態度で分かってる。俺って何してるんだろ?

翌日は、朝から客先へ直行だったので会社に着いたのはもう17時も回っていた。
事務所に着くと何気なく龍樹を探してしまう。
窓際でコーヒーをコップに注いでいる姿が見えた。その場でコーヒーを飲んで視線が上がった時こっちに気付いた。
と、思ったら次の瞬間さっと目を逸らしてきた。

……そういうとこがいちいち可愛いんですけど。

机にカバンを置いて、俺もコーヒーを飲みに行くふりして近づいてみる。
思わず吹き出しそうになる。
鼻の穴膨らませてほっぺを少しぷぅっと膨らませてる。笑いだしたいのを堪えながら「お疲れ」と、
声を掛ける。

「なーに、不貞腐れてんだよ。」
「別に……昨日はありがとな。」
怒った顔して礼を言うってなんだよ(笑)
「ちゃんと寝れたのか?」
「……まぁな。ちょっ、止めろよ。」

ほっぺたをつつく俺の指をうっとおしそうに払う。そんな姿が可笑しくてもっとしてやりたくなる。

龍樹は、営業と営業事務の間の様な立ち位置にいて常に外に出ている俺より内勤の方が多い。

龍樹は、優しいところが裏目に出て合う合わない客先がチラホラいて業績も芳しくない。
けど、仕事は丁寧で気に入られている客先もある。外に出っぱなしの俺らに変わって色々と事務の女性陣が対応出来ない事も多々あり、龍樹が微妙なラインに立って仕事を回してくれている。結構大変な立ち位置だと思う。言うなれば体のいいクレーム係みたいなもんだ。

でも、龍樹が愚痴をこぼした事なんてほぼない。
何時でも一生懸命で優しくて尊敬する。
外出先から帰ってきてほっと出来るのも
龍樹のお陰だと思う。

「今日は何か問題無かったか?」

連絡事項の確認をしているとカツカツッっとヒールの音を響かせながらこちらに小走りに向かってくる事務の杵川さんが必死な様子で泣きそうになりながら話しかけてきた。

「大変です!A社に納入した表示ラベルと中身が違うって電話が入って、明日ラインストップしてしまうって言ってきてます~!!」

……ラインストップだと!?
龍樹と思わず顔を見合わせ、やばい空気に冷や汗が溢れ出てきた。

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