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突き指

 小学生の頃、地元のサッカー教室に通っていた。初心者も多く、結構弱いチームだった。自分はサッカーは好きでも嫌いでもなかったが、友達に着いていく形で入った。最初はファールすら知らなかった。

 始めた頃の試合では、それぞれが好きなポジションを選ぶことになっていた。ある日の練習試合で、自分はキーパーをすることにした。キーパーは人気のポジションだった。

 試合前の練習で、ゆるいボールを取った時、当たりどころが悪く、少し指を痛めてしまった。ただ、そこまで痛くはなく、気にならない程度だったので、そのまま試合に出ることにした。

 終わってからグローブを外してみると、指が腫れていた。自分でもびっくりしていると、そのことに気づいた周りの保護者が、てっきり試合中に怪我をしたものだと思い、心配してくれた。木の枝で指を固定した後、骨が折れているかもしれないから病院に行くように、と親に連絡をしてくれた。

 そんな空気の中で、実は試合前の練習のなんてことない怪我だ、とは言えなかった。ここまで心配させてしまったことで、まるで周りの大人を騙しているような気分になり、罪悪感すら感じていた。病院に行く車の中では、ひたすら骨折していることを祈っていた。

 病院に着き、レントゲンで診てもらったが、案の定ただの突き指だった。骨が折れているはずもなかった。突き指と言われたおかげで少しだけ気持ちが楽になったが、それでもまだ悪いことをしたような気分だった。

 その後しばらくは指に包帯を巻いて過ごしていた。数日後、駅のホームで電車を待っていると、急におばさんに話しかけられた。最近医学の勉強を始め、怪我をしている自分を見て心配してくれたらしい。今思うとその時点で怪しいが、当時は気にならなかった。

 するとおばさんは、勉強も兼ねて診察させて欲しい、と言った。ただの突き指なのに、と思いながらもせっかくなので診てもらうことにした。おばさんはぶつぶつと何かを呟きながら体に手を当てた。この辺りから流石に少し胡散臭い気配を感じ始めたが、黙って事が終わるのを待った。

 しばらくしておばさんは手を離すと、「あなたは内臓が悪い。内臓が悪いから怪我をするのだ」と言った。まるで意味がわからなかった。さっきまで感じていた胡散臭さは恐怖に変わった。とにかくここから逃げなくては。

 ちょうどその時、電車が現れた。まるで自分を助けにきてくれたようだった。一応おばさんに感謝を伝えて電車に乗った。幸い、おばさんは逆方向の電車を待っていたらしく、自然な形で振り切る事ができた。あのままもう少し一緒にいたら、何かしらの勧誘を受けていたのかもしれない。


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