「大切な人」 短編小説

人が死んだ知らせを聞いた時は無駄に手が震えるらしい。

最近初めて知った。

元彼からの久しぶりのLINEは「母さんが亡くなった」だった。
中学の三年間一途に想い続けた彼氏だった。久しぶりにいつもの公園で待ち合わせて、久しぶりに彼の声を聞いた。彼に「元気にしてた?」なんて聞いても「それなりに」しか答えない。十年ぶりに交わした会話はそこまで長く続くものじゃなかった。思い返せば彼は無口な人だった。今もそうなのかも知れないけれど。
無駄な事は極力省いて、言いたいことを丁寧な言葉で且つ素直に届ける人で。でもそこに彼の感情は少ししか入っていなかった気がする。

夏休みの部活終わり、二人でアイスを食べながら、帰り道をゆっくりなぞったことがある。暑かったはずなのに何故か手を繋いでいて。
「おいしいね」って言うと「そうだね」って返ってきて。
手の暑さと口の冷たさでおかしくなった彼が、たまに溢す「ポニーテール、可愛いよ。すっごく似合ってる」って言葉が私の体温をさらに上げて。今度は私が無口になった。それを、なんだか、すっごく覚えている。

「くも膜下出血で急に倒れたんだ」そういう彼の口から白い息が溢れる。それを一生懸命目で追うのだけれど、いつの間にか輪郭を無くして、冷たくて白い空に綺麗に溶けていく。


放課後によく彼のお家に遊びに行った。彼のお母さんは仕事で家を空けることが多くて、だから二週間に一回会うか会わないかの頻度だった。
でも、彼のお母さんが家にいる時はどこかしら彼が嬉しそうでなんだかその雰囲気も相まって、私は彼のお家が好きだった。

彼のお母さんはよく喋る人だった。
彼が弟と二人で訳のわからないゲームをしている間は私の喋り相手になってくれる人で、毎回デパートで買った高めのクッキーと紅茶を出してくれた。話題は本当に普通のことで「どこが好きなの?」とか「いつから好きなの?」とか。
「何考えてるかわからないでしょ」って言われた時は流石に「そうですね。全くわからないです」って感情を露わにして共感してしまったことがある。
彼は全く愛情表現というものをしなかった。私がしたら受け入れるけど返してくれることなんてほとんどなくて。強いていうなら毎年ホワイトデーにGODIVAのハート型のチョコを返してくれるぐらい。それでも彼と一緒にいたいと思えていたのは彼のお母さんの影響が本当に大きかった。
「最近、あの子洗面台に立ってる時間が長くなったの」なんてクッキーを頬張りながら嬉しそうに教えてくれた。

「スマホの通知をすごい気にするの」「そういえば絆創膏、持ち歩くようになったね」

確かに、まともに「好きだ」なんて口に出さない彼だけど私が気にするLINEの返信速度は異様に早かったし、私が授業中に教科書で指を切った時、彼は無言で絆創膏を巻いてくれた。
そういう彼との一つ一つの出来事を答え合わせしてくれるのがお母さんだった。だから不器用な彼ともずっと一緒にいたいだなんて思えてたんだと思う。

「泣いてるの?」先に泣いてしまった私に彼がそう声をかける。
「お門違いだね。君の膵臓を食べたいだね」なんて言うと「ちょっとわからない」って返されてしまった。見ていないのか。お門違いで北村匠海が泣くシーン。私は君の膵臓を食べたいって、彼のことを思いながら本気で思ったのに。「お母さんの膵臓食べたかった。私が食べたかった」って言うと「別に膵臓の病気じゃなかったよ。くも膜下出血だよ」だなんてマジレスを喰らってしまった。「そうじゃない」って言いながら久しぶりに彼の肩を強く叩くと、その反動で倒れそうになってしまった。
「危ないよ」
彼が私の腕を引くとあの頃に戻れた、だなんて思わないけれど、一瞬だけ、何だか15歳の匂いがして、余計に泣けてきてしまった。悲しくないの?なんて聞いてしまうと彼を余計に苦しめてしまうきがしたから、なんとなくラインギフトでハーゲンダッツをプレゼントしておいた。
でも別れ際の「泣いたら本当にいなくなっちゃうから」って言葉が彼の弱さにも強さにも思えてきてしまって、何だかそれが人間らしくてちょっとだけ、今の彼の気持ちもあの頃の彼の気持ちもが見えた気がした。

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