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短編「変態」

オオサンショウウオには奇妙な生態がある。
それは共食いに特化した変態を遂げるというものである。オオサンショウウオは幼体が増えすぎたとき、餌の取り合いを辞め、短期間で頭蓋が急成長し、共食いを始める。その変態を遂げられなかったものは、生まれ故郷を共にする同胞に貪り食われるだけなのである。


私はオオサンショウウオとしてこの世に生を受けた。
私の同類の一部は「ウーパールーパー」という名前で恵まれた環境で生活しているらしい。大きな顔に小さな手足、それに加えて白とピンクの可愛らしい色合いがヒトという高度な文明を築いている生命体に人気らしい。その生物に気に入られると何もしなくてもご飯が食べられるらしいと風の噂で聞いた。羨ましい限りである。
そんな一部の同類と比較して私が生まれたのは小さな池だった。私の体は生まれつきくすんだ茶色をしていた。その池の水や地面が茶色だったため周りのオオサンショウウオも皆茶色だった。私も遺伝子には抗えなかったということだ。仕方ない。
私が生まれた池はオオサンショウウオが大量発生していた。池は大量のオオサンショウウオが生活するにはあまりに小さく、私が生まれて直ぐにその他の生物は姿を消しつつあった。私は幼体ながらに熾烈な食物戦争に巻き込まれた。死に物狂いで小魚を見つけては頭からかぶりついた。
しかし、それももう限界であった。多くの同胞が飢えて死に始めた。一匹、また一匹と倒れていく。そのさなか、一匹の同胞に異変が現れた。ほんの短時間に頭蓋がとてつもなく巨大化し、下顎は突き出し、牙のような歯が生え始めた。その姿はまるで怪物であった。
その同胞は、ゆっくりと重たそうにその首をこちらに傾けた。刹那、目の前にいたもう一匹の同胞を丸呑みにした。そこからは阿鼻叫喚の惨状であった。かつて助け合っていた同胞たちは尽くある一匹に捕食された。私は逃げた。ただひたすらに短い手足を動かして、逃げた。しかし全身に走る激痛にその動きを止めざるをえなかった。振り向けば私の尾はもうそこになく、ただ大きく開かれた口が目の前にあるだけだった。私は声を出す間もなく頭蓋を噛み潰された。
そこで私の命は絶えた。来世は頭の大きな個体に生まれ変われるようにと願いながら。

それから私は何の因果か、ヒトとして生まれ変わった。
今は仕事から帰ってきた一人暮らしの家で、お風呂上がりの顔パックを終え、ダラダラと過ごしている。片手にはスマホを持っていて、その画面には自称インフルエンサーの女が踊っている動画流れている。その動画に寄せられたコメントは彼女の容姿を喝采するもので溢れていた。その醜悪さにため息をつく。
「生まれつき顔の小さい女は楽でいいわね。」
私は脂肪吸引をした顔に、スマホを持っていないもう片方の手でローラー式美顔器をあてがいながら呟いた。

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