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【漫画原作】「Golem Scholar ~真理求めし者~」第1話
あらすじ
地質学者 桜田光太朗は唯一の家族である妹 美緒が患う不治の病が治るという奇跡のような出来事に遭遇したその日、異世界であるセントレイア王国に召喚されてしまう。
光太朗を召喚した少女は告げる。「儀式の生贄となる姉を救ってほしい。救わなければ、あなたが得た奇跡は失われる」と。
妹の病を治した奇跡を失わないため、光太朗は少女の姉を救うために奮闘するが、それは始まりに過ぎなかった。
光太朗の持っていた鉱石が変質したゴーレム エメと共に、光太朗は世界の真理を解き明かす戦いに身を投じていく。
登場人物
桜田光太朗(23)地質学者
エメ(0)ゴーレム
レオナ・マルガレート(18)魔女
ミレイ・マルガレート(15)魔女
桜田美緒(18)女子高生
土師汐音(38)地質学者
アルフレート・セントレイア(20)王子
アルバート・セントレイア(55)国王
クレイン・オーランド(26)従者
バンタレイ・ムーア(50)司祭
セドリック・ムーア(18)バンタレイの息子
研究員(男性)
研究員(女性)
看護師1
看護師2
男性医師
ローブ姿の男1
ローブ姿の男2
第1話
〇タイフール岸壁(深夜)
切り立った岸壁の上に石で造られた祭壇がある。
松明が煌々と辺りを照らす中、ローブを着た初老の男性達が苛立たし気に各々叫んでいる。
光太朗N(儀式?しきたり?神の恩恵?祟り?ちゃんとわかってるのか?目的と理屈が)
ローブを着て、フードを被り、口元だけが見える状態のレオナ・マルガレート(18)が崖から海へ落下している。
レオナ、胸の前で祈るように両手を合わせ結んでいる。
学者風のローブ姿の桜田光太朗(23)、顔と服が土で汚れている。
光太朗、焦った様子でレオナに向かって手を伸ばすが、届かない。
光太朗「くそっ…!」
光太朗、悔しそうに顔を歪める。
光太朗N(バカバカしい。見えないモノを信じることに何の意味がある)
光太朗の右手が光り輝く。
光太朗N(しきたりなんて、くそくらえ!)
光太朗の右肩から黒い岩肌で内部からはエメラルドの光が漏れる巨大な片腕が伸びると、岸壁の上の石造りの祭壇を崩し、落ち行くレオナを手の平に受け止める。
ギラギラとエメラルド色に輝く光太朗の右眼。
光太朗N(俺が……正してやる!)
〇土師地質学研究所・外観
1階建てのコンクリートの建物。
入口に 「土師地質学研究所」と書かれた看板が立っている。
〇土師地質学研究所・実験室・内
眼鏡をかけ白衣姿の光太朗、1畳ほどの広さの机に座り、顕微鏡を覗きながら、手元のノートにメモを取っている。
顕微鏡の脇に、内側がうっすらと緑色に光った手の平サイズ黒い鉱石が置かれている。
机の上の顕微鏡とノート以外の場所は書類や専門書、白衣などが乱雑に置かれ散らかっている。
光太朗、黒い鉱石を片手に持ち、じっと見つめると、光にかざして鉱石を動かす。
鉱石、動きに併せて光る。
研究員(男性)、実験室にやって来ると、分厚い専門書を読んでいる研究員(女性)に話しかける。
研究員(男性)「……なぁ、桜田君、休憩してた?」
研究員(女性)「え。……あ。まだかも」
研究員(男性)、研究員(女性)、光太朗の方を見る。
光太朗、鉱石を削り、プレパラートに削った鉱石を乗せている。
〇同・実験室前廊下
ヒールの音を立てて歩く、土師汐音(38)の足元。
〇同・実験室・内
汐音、ドアを勢いよく開けて実験室に入って来る。
研究員(男性)、研究員(女性)、驚いた様子でドアを見る。
光太朗、ドアの音には気が付かず、顕微鏡を見る動作とノートに記録する動作を黙々と繰り返している。
汐音、手に持った雑誌を丸めながら大股で光太朗に近付く。
汐音が脇に立っても気が付かない光太朗の横顔。
汐音、無表情のまま丸めた雑誌で光太朗の額辺りをポコンと叩く。
汐音「昼休憩は取れっつったろ」
光太朗「あたっ」
光太朗、額を押さえながら汐音を見上げる
光太朗「所長でしたか」
汐音「所長でしたか。じゃないんだなぁ。桜田光太朗君」
汐音、丸めた雑誌で自分の肩をポンポンと叩いている。
光太朗のお腹から盛大な腹の音が鳴る。
汐音「正直でよろしい」
光太朗、腕時計を見ながら。
光太朗「……む。思いの外時間が立っていましたか」
光太朗、汐音を見上げて。
光太朗「すみません。これから昼休憩に入っても?」
汐音「ぜひ、そうしてくれたまえ」
光太朗、立ち上がる。
汐音、手に持っていた雑誌を平らに戻す。
「地層分析と地震予測の関連性 / 著:土師汐音」と書かれた科学雑誌の表紙。
光太朗の声「あ。そういえば、所長の論文、読みましたよ」
汐音の声「あー、あれな。最近地震多いから、結構ウケが良かったよ……」
汐音、机の上の黒い鉱石に触れ、小さく動かす。
汐音「……あの山から出土した石か」
苦笑している光太朗の横顔。
光太朗「ええ。あの山はホント……不思議な事ばかりですよ」
汐音、黒い鉱石に触れるのを止め、顕微鏡脇に置かれたびっしりと文字が描かれたノートを見つめる。
汐音「ホントに君は子供の頃からデータ収集に熱心だなぁ」
光太朗、顕微鏡をしまう箱を持ってくる。
光太朗「ええ。データは明確な答えを導きます。いくらあっても困りません」
光太朗、顕微鏡を箱に仕舞い、黒い鉱石を手に持つ。
汐音、物思いに耽るように、片付けをする光太朗の横顔を見つめる。
汐音「データだけではたどり着けないこともあるぞ」
光太朗、貼り付けたような笑顔で。
光太朗「いつものあれですか。『会話しろ』」
汐音「わかってるじゃないか……いや、わかってないなぁ、お前」
汐音、ため息をつく。
光太朗「ええ、理論派の俺にはさっぱり」
汐音「いいか、光太朗」
汐音、無表情のまま光太朗の顎を片手でがしりと掴む。
光太朗、表情を変えず、されるがまま。
汐音「積み上がった理屈は紛れもない武器だ。だが、伝え方を誤れば」
光太朗「正しく相手に伝わらず、ただの鉄屑と同じ」
汐音、チラリと実験室の壁を見る。
実験室の壁に3枚の表彰状が貼られており、2つの無骨なトロフィーが置かれている。
いずれも光太朗の名前が書かれており、賞状は「第1回 地質学科学討論会 最優秀賞」、「第2回 地質学科学討論会 最優秀賞」、「第3回 地質学科学討論会 最優秀賞」と書かれている。
汐音の声「さすが、討論会連覇記録保持者殿」
汐音、貼り付けた笑顔になりながら。
汐音「達者だよなぁ。口だけは」
光太朗「滅相もない」
光太朗と汐音、見つめ合い緊張感が流れる。
研究員(男性)、研究員(女性)、光太朗と汐音の背後で震える。
汐音、真剣な表情になる。
汐音「お前のそれは『論破』で『会話』じゃない。それは自覚しておけ」
光太朗、やれやれと言った表情をしている。
ポケット内で振動する光太朗のスマートフォン。
光太朗「すみません」
光太朗、鉱石を白衣のポケットに仕舞い、逆のポケットからスマートフォンを取り出し、電話に出る。
汐音、不機嫌そうな表情で机の上に並んだプレパラートを見ている。
光太朗「……はい。……はい?……えぇ!?」
汐音、ビクリと肩を震わせ、驚いた表情で光太朗を見る。
汐音「どうした?」
光太朗「し……」
光太朗、呆然としつつも高揚した様子で。
光太朗「……汐音さん、美緒の……足が」
〇白鶴病院・外観
「白鶴病院」と書かれた石碑が置かれた門の奥に、3階建ての清潔感のある白い建物がある。
〇同・病院内廊下
白衣姿の光太朗、病院の廊下を前のめりになりながら早歩きしている。
看護師1の声「聞いた?305号室の患者さんの件」
看護師2の声「聞いた聞いた!あの、マラソン選手の女の子でしょ?突然治ったって」
看護師1の声「リハビリ頑張ってたし、良かったけど……先生方、大騒ぎよね」
〇同・桜田美緒の病室・内
「桜田美緒様」とプレートが書かれた入口。
光太朗、入口のドアを勢いよく掴むが、静かに開ける。
看護師1の声「ありえないって」
光太朗、眩しそうな表情。
光太朗「美緒……?」
開いたドアの向こうに、逆光の中、病院着姿の桜田美緒(18)が立っている。美緒の隣には車椅子が置かれている。
美緒、勢いよく振り返る。笑顔だがボロボロと涙を流している
美緒「お兄ちゃん…!!」
美緒、光太朗に駆け寄る。
病院着から覗く、踵から太ももに向かい痛々しい傷跡が走る美緒の両足。
光太朗、美緒に数歩近付き、美緒を抱きとめる。
美緒、嗚咽を溢しながら。
美緒「見て!私!立てた!歩けてる!!……奇跡だよ!!」
光太朗、無表情を装いつつ、高揚を隠し切れない様子で美緒をゆっくりと抱きしめる。
光太朗「……馬鹿言うな。奇跡なんてない。……お前が頑張ったからだ」
光太朗の胸に顔をうずめながら、小さく微笑む美緒。
美緒「ううん。違う。……わかってたんだ。治らないって」
美緒、光太朗を見上げる。
美緒「だから、奇跡なの」
光太朗、美緒の頭をゆっくりと優しく撫でる。
美緒、何か違和感を感じたような表情。
美緒「……ん。ちょっと……お兄ちゃん、何か痛いんだけど」
光太朗「足か!?」
光太朗、焦りつつ、ゆっくり美緒から身体を話す。
美緒「ううん。多分……」
美緒、光太朗の白衣の前側を探り、ポケットに手を入れると光太朗が研究室で調べていた黒い鉱石を取り出す。
光太朗、ほっとした様子の後、口元に手をやり気まずように。
光太朗「……片付け忘れた」
美緒、鉱石を両手で包み、柔らかく笑う。
美緒「ふふ。お兄ちゃん、焦り過ぎなんだけど」
光太朗、笑う美緒を優しいまなざしで見る。
〇同・病院前の庭(夕)
光太朗、背後にある病院を見上げる。
3階の窓から美緒が顔を出し、手を振っている。
美緒「退院したら!約束してた遊園地だからねーー!!汐音さんにも言っといてーー!!」
光太朗、手を大きく振り返すと、片手を口元に添え叫ぶ。
光太朗「わかってる!冷えるから!もう戻れー!」
美緒、眩しそうに微笑みながら光太朗を見ると、頷いて病室に戻る。
光太朗、美緒が部屋に戻ったのを見届けると小さく笑う。
〇同・出入り口へ向かう道(夕)
ブックマークの一覧が開かれたスマートフォンの画面。
光太朗、スマートフォンの画面の「白紅テーマパーク」という項目をタップする。
光太朗M(改めて調べ直さないと……これから何かイベントは……)
スマートフォンの画面にイルミネーションに照らされた遊園地の外観が映る。
光太朗、スマートフォンの画面を見て微笑む。
〇同・出入り口の外(夕)
光太朗、病院の外に踏み出すと、一筋の風と共に姿が消える。
光太朗N(何かを成すためには、何かを犠牲にしなければならない)
〇マルガレート家・倉庫・内(夜)
壁際に物が積まれた倉庫。
床には大きな魔方陣が描かれており、魔方陣の外枠に沿ってロウソクが立っている。
魔方陣の外側に黒いローブを羽織ったミレイ・マルガレート(15)がしゃがみ込み、苦悶の表情を浮かべている。
光太朗、スマートフォンを片手に、ややズレた眼鏡は直さないまま、魔方陣の中心に立ち、呆然とミレイを見つめている。
光太朗N(俺はこれから、それを嫌というほど実感することになる)
ミレイ、床に置いた両手をきつく握り締め、顔を勢いよく上げる。
ミレイ「お願いします!姉を助けてください!!」
光太朗、呆然としたまま。
光太朗「は?」
光太朗N(異世界に喚び出された、この日から)
光太朗、眼鏡の端を持ちながら。
光太朗「お断りします」
ミレイ、表情が固まる。
ミレイ「え」
光太朗、腕を組みながら。
光太朗「いや、突然、言われても、何のことやらですよ」
ミレイ、光太朗から目を逸らし、浅く呼吸している。
光太朗、何かを喋り続けている。
ミレイ「(小声で)第一声で断られるとかある?この状況を打破できる適切な人物を召喚したはずなのに?」
光太朗、警戒した様子で無表情のままミレイから視線は外さず。
光太朗「……あの、聞いてます?ここはどこで、あなたはどなたですか」
ミレイ、戸惑った表情で光太朗を見る。
〇同・外(夜)
満月になる直前の月が空に浮かんでおり、樹がざわざわと風で揺れる。
〇同・倉庫・内(夜)
光太朗、男性物のハンカチを敷き、魔方陣の中央に正座し、手帳にメモを取っている。
ミレイ、魔方陣の外側にしゃがみ込んだまま、気まずそうに下を向いている。
光太朗、手帳を見ながら。
光太朗「話を整理します」
ミレイ、不安そうに顔を上げる。
ミレイ「は、はい」
光太朗、手帳から視線は逸らさないまま。
光太朗「あなたは、ミレイ・マルガレートさん。お姉さんのレオナ・マルガレートさんとセントレイアという街の外れの森で暮らしている」
ミレイ「……はい」
光太朗、手帳の向こうに俯いたミレイを見ながら。
光太朗M(信じられないが、客観的に見た事実を口にすることも……必要だ)
光太朗、小さく喉を鳴らし、唾を呑み込む。
光太朗「僕は、いわゆる、その、異世界に喚ばれた……というやつですか」
ミレイ、申し訳なそうに。
ミレイ「そう……ですね」
光太朗M(そう……なのか。いや、落ち着くんだ。俺)
光太朗、冷静さを装い続ける。
光太朗「……っ、あなたは魔女で、あなたが僕をこの世界に召喚した」
光太朗、手帳のページをめくり、ミレイの方を見る。
光太朗「明日の満月の夜。100年に一度行われる国の平和を祈願した儀式で、生贄として死んでしまうお姉さんを救うために」
ミレイ、顔を上げ、光太朗を真っ直ぐ見る。
ミレイ「はい」
ミレイ、悲しそうな表情になる。
ミレイ「本当は私が生贄になるはずでした。……でも、姉は私を庇って」
光太朗M(姉妹……か)
光太朗、何か想うところがある表情をしつつ、細くため息をつく。
光太朗「同情はします。ただ、僕が役に立つとは思えません」
ミレイ「いいえ。違います」
光太朗、怪訝そうな表情で。
光太朗「違うとは?」
ミレイ「条件が合ったのが、あなただから」
ミレイ、真剣な表情で光太朗を見る。
ミレイ「あなたは必ず姉を救ってくれますし、救わなければならない」
ミレイ、目を伏せる。
光太朗、何か引っ掛かった様子で。
光太朗「救わなければならない……?どういうことですか?」
ミレイ「あなたを召喚した魔法は特別なものなんです」
片方に「事態の収束」、「対価」が釣り合った状態の天秤。
背後に目を伏せたミレイ。
ミレイ「召喚の目的を『特定の事象を解決すること』 に限定して、確実に解決にできる人物を喚び出し、対価として召喚者である私がその人物が最も望む対価を与える。というもの」
微かに呆れた様子を見せる光太朗と目を伏せて話をしているミレイ。
光太朗「押し売り販売みたいですね」
ミレイ、光太朗の発言は気にせず続ける。
ミレイ「該当する人物がいない。いても私が対価を提示できない。といった場合、召喚は行われません」
光太朗、顎に右手をあて、考える素振りをする。
光太朗「……裏を返せば、俺はあなたのお姉さんを確実に救えると」
ミレイ「ええ」
ミレイ、畳んでいる自身の足に触れる。
ミレイ「そして、あなたを喚んでから……動かなくなりました。私の両足が」
光太朗、目を見開き驚いた様子。
光太朗「……え」
ミレイ「私は誰かの肩代わりをしたと思っています」
視線が下がる光太朗の眼元。
美緒の両足と同じような傷跡が走っている傷跡が見えるミレイの足元。
ミレイ、光太朗を見つめる。
ミレイ「心当たり……ありますよね?」
光太朗、戸惑った表情を隠そうとしているが、隠し切れない。
〇白鶴病院・桜田美緒の病室・内
涙を流しながら満面の笑みの美緒。
光太朗M(美緒……!)
〇同・診察室・内
診察机の前に座り、向かい合っている白衣の光太朗と男性医師。
診察机の上のモニターには両足のレントゲンが映っている。
光太朗、男性医師に頭を下げている。
光太朗「先生、ありがとうございます」
男性医師、笑いながらも複雑な表情。
男性医師「……い、いえ、とんでもない」
光太朗、顔を上げる。
光太朗「……先生、妹はなぜ治ったんでしょうか」
男性医師、口を引き結び、気まずい様子。
光太朗、不安そうな様子で男性医師を見る。
光太朗「喜ばしい事なのですが……その、要因がはっきりしないのは……再発も心配で」
男性医師、顔をしかめる。
男性医師「お兄さんには正直にお伝えしますが……我々にもさっぱりなんです」
男性医師、モニターのレントゲンを見ながら。
光太朗、男性医師に次ぎ、モニターに視線を向ける。
踵のあたりに大きなヒビや傷の見えるレントゲン。
男性医師の声「以前からお伝えしていた通り、妹さんの足の復帰は絶望的でした。今回のことは……そうですね」
男性医師、不可解な表情で目を伏せる。
男性医師「まるで、健康な誰かの足とそっくり入れ替えたような。そのようなレベルの話です」
〇もとのマルガレート家・倉庫・内(夜)
光太朗、自嘲気味に笑いながら片手で頭を抱える。
光太朗「奇跡だとは思っていましたが……」
ミレイ、冷静な表情で。
ミレイ「あなたを還すことはできます。ただ、私が提示した事象が解決されないまま還ると、対価は私に返還され、あなたは対価を失います」
俯き、唇を引き結んだ光太朗の口元。
光太朗「(小声で)選択肢はないか……」
光太朗、敷いていたハンカチを回収しつつゆっくりと立ち上がると、ミレイに歩み寄り、片膝をついてしゃがみ込む。
光太朗「あなたはいいんですか?おそらく……一生、そのままですよ」
ミレイ、迷いのない瞳で光太朗を見ながら。
ミレイ「姉を救えるなら、構いません」
光太朗、ゆっくりと頷く。
光太朗「……わかりました」
光太朗、ミレイに手を差し出しながら。
光太朗「俺が得た対価のためです。……誠心誠意、尽力しましょう」
ミレイ、光太朗の手を取る。
ミレイ「お願いします」
光太朗、思い出したように。
光太朗「そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺は桜田光太朗です。よろしくお願いします」
ミレイ、小さく笑う。
ミレイ「よろしくお願いします。コウタローさん」
光太朗の白衣のポケットの中で何かがごそごそと動き、ぼんやりと光る。
〇牢獄・内(深夜)
白いローブを深く被り、口元のみが見えるレオナが、鎖で片足を繋がれ、座り込んでいる。
牢獄の壁の上部には窓があり、満月になる直前の月が見えている。
レオナ、口を小さく開く
レオナ「(小声で)……100年に一度、贄を捧げよ。捧げねば、神の怒りにより、セントレイアは滅びる。神の怒りは大地を暴風で凪ぎ荒らし、灼熱に晒された大地は死に絶え。海より現れし鳴神がすべてを飲み攫い、終焉となろう。新たなる月が在りし芽吹きの時節、贄を捧げ、神の怒りを鎮めよ」
レオナ、膝を両手で抱え、顔を両ひざに埋めると、小さく震える。
レオナ「……ミレイ。どうか元気で」
牢屋から少し離れた壁から、セドリック・ムーア(18)が心配しつつも何とも言えないといった様子でレオナを見ている。
〇マルガレート家・外観(朝)
煉瓦作りで2階建ての小さな家。
〇同・リビング・内(朝)
白衣姿の光太朗、リビング中央の机に突っ伏して寝ている。
光太朗の肩にはブランケットが掛けられ、光太朗の顔の脇には眼鏡が置かれている。
机の上には古びた本が山積みになり、光太朗の手元には文字が書かれた紙が散乱している。
小さな影が光太朗に近付く。
〇同・ミレイの私室・内(朝)
本が詰まった本棚が2つと実験器具が並ぶ机、ベッド、部屋の隅に小さな鏡台が置かれた部屋。
ミレイ、車椅子に座った状態で鏡台の前におり、目を伏せている。
ミレイM(……嘘、ついた)
〇(フラッシュ)(回想)マルガレート家・倉庫・内(夜)
光太朗、自嘲気味な笑顔でミレイを見ている。
ミレイの声「あなたを還すことはできます。ただ、私が提示した事象が解決されないまま還ると、対価は私に返還され、あなたは対価を失います」
〇もとのミレイの私室・内(朝)
ミレイ、目を伏せたまま。
ミレイM(本当は……還せない。コウタローさんの言う ”押し売り販売” が正しい。この召喚は一方通行)
ミレイ、首を左右に振る。
ミレイM(仕方ないよ。帰れないって言ったら……助けてくれないかもしれない)
険しい表情になったミレイが鏡に映る。
ミレイM(私は何を犠牲にしてでも姉さんを助ける!姉さんは……私の唯一の家族だもの)
ミレイ、壁に立てかけられた漆黒の柄に赤い宝珠の付いた杖を見る。
ミレイM(もし、万が一、コウタローさんが失敗したら、国を滅ぼしてでも一緒に逃げる!……それで、姉さんが悲しんでも)
ミレイの正面の鏡に、ミレイの背後にボンヤリと影が浮かび、ミレイの形に成っていく様が映る。
ミレイの影「……本当に?」
ミレイ、驚いて鏡を見ると、口元を引き結ぶ。
影は揺ら揺らと揺れ、口の位置が白く三日月形に歪む。
ミレイの影「本当は、新しいことを試したいだけなんじゃない?」
ミレイM(……そんなことない)
ミレイの影「コウタローさんを召喚したのだって、ホントはやってみたかっただけでしょ?」
ミレイM(そんなこと…!)
ミレイの影「ねぇ、国を滅ぼすレベルの魔法ってどんなものなんだろ。知りたいよね?」
ミレイ、頭を抱える。
ミレイ「違う!」
コウタローの声「……何だ!?」
ミレイ、はっとして顔を上げる。
鏡の中にいた影は消えている。
〇同・リビング・内(朝)
光太朗、椅子から落ちそうになりながら身を引いている。
木の車椅子に乗ったミレイ、扉を開け、リビングに入って来る。
車椅子の車輪からキラキラと光が零れ、地面からやや浮いている。
ミレイ「どうしました!?」
机の上に、手の平サイズの黒く内側に緑の石を内包した鉱石から手足が生えたエメ(0)が万歳の動作を繰り返している。
光太朗、机の上にいるエメを指さし、ミレイを見る。
ミレイ、見定めるような表情をした後、車椅子ごと机の脇に浮遊移動し、エメを見つめる。
ミレイ「これは……ゴーレムですね。随分小さいですが」
光太朗「……ゴーレム?」
光太朗、距離を取ったままエメを見定めるように見る。
ミレイ「あ、大丈夫ですよ。大人しい種族です」
ミレイ、顎に手をあて、考える仕草。
ミレイ「魔法を扱う者が眷属として召喚することがありますが……いったい誰の……?」
光太朗、ミレイの説明を聴きながら、エメを見つめる。
光太朗M(この形……配色……)
光太朗、白衣のポケットを探る。ポケットの中には何もない。
光太朗、エメに近付きながら。
〇(フラッシュ)(回想)土師地質学研究所・実験室・内
机に置かれた顕微鏡の脇に、内側がうっすらと緑色に光った手の平サイズ黒い鉱石が置かれている。
〇もとのリビング・内(朝)
光太朗、確信を得たような表情で。
光太朗「ミレイさん、このゴーレム……俺が持ってた鉱石……のような気がします。形が同じです」
ミレイ「え!?」
光太朗「白衣のポケットに入れていたんですが……」
光太朗、白衣のポケットをひっくり返し、空であることをミレイに見せる。
ミレイ、驚きながらも目をキラキラとさせる。
ミレイ「召喚された時に……眷属化した?」
ミレイ、車椅子を浮遊させ、車椅子ごとウロウロと動き回りながらブツブツと呟き続けている。
ミレイ「そんな事例、見たことない、どういう仕組み?召喚に伴ってこっちの世界のエネルギーが被召喚者に取り込まれるから、その時のエネルギーの余波?あ。そうだ。似た話は何かの本で読んだ気が……なんだったかな、歴史書の類だったかも?」
光太朗、エメ、ウロウロとするミレイを視線で追う。
ミレイ、何かに気が付いたように。
ミレイ「はっ!」
ミレイ、光太朗に向き直り、勢いよく頭を下げる。
ミレイ「ご、ごめんなさい!」
ミレイ、顔を上げる。
ミレイ「私、知らないこととかすぐ調べたくなっちゃって、その……夢中に……」
ミレイ、俯き、瞳に涙を溜めると、絶望的な表情になり、更に俯く。
ミレイ「変、ですよね……姉さんの命が危ない時にまで……こんな……」
ミレイの頭にゆっくりと置かれる光太朗の手。
ミレイ、驚いた表情で顔を上げると、正面に両膝を追ってしゃがみ込んだ光太朗がいる。
ミレイの頭の上の光太朗の手がゆっくりと動く。
光太朗、ミレイを真っ直ぐ見ながら。
光太朗「ミレイさんが色んな事を知ってたから、俺を喚べたんですよね?だったら、いいんじゃないですか」
光太朗、優しく笑う。
光太朗「俺だって、最高の対価をいただいてます」
光太朗、苦笑しながら。
光太朗「それに、気持ちわかりますよ。俺も……やりますから」
ミレイ、目を見開くと、瞳から涙が落ちる。
エメ、机の上から、光太朗とミレイを交互に見ている。
光太朗、ミレイの頭から手を離す。
光太朗「さて、俺なりにお姉さんを助けるプランを立ててみました。提案しても?」
ミレイ「はい」
光太朗、立ち上がり白衣の襟元を正す。
ミレイ、光太朗を見上げ、涙を堪えながら頷く。
〇牢獄・内(朝)
白いローブを深く被ったレオナ、朝日が零れる窓を見上げている。
(第1話 了)
第2話:https://note.com/famous_fairy801/n/n1454518d6a04
第3話:https://note.com/famous_fairy801/n/n27486c960445