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雨あがりて #4


☆-HIRO-☆ 第四話
2024年7月1日(月)

第三話はこちら


第四話 診察室にて

「洲崎さん、中へお入り下さい…」
事務員さんが出てきて診察室を手で示してから、受け付けの方へ戻って行く。

「お願いします…」と軽く会釈してから診察室に入る。
医師は机に向かい、モニターを見ながらキーボードを叩いていた。そのままの姿勢で返事した後、椅子を回してこちらに向き、前の丸椅子に座るよう促された。
「ええと、具合が悪くなった前後の事をもう一度お聞かせ下さい…」と尋ねられた。
…昨晩ダルくて普段より早く床についたこと…何故かなかなか寝付けなかったこと…明け方に喉が乾いて目覚めたこと…起き上がると目眩がして歩けなかったこと…たくさん寝汗をかいていたこと…ムカムカして息苦しくなり、心臓のあたりが締め付けるように痛んだこと…などをゆっくりと話した。

医師は右手を肘掛けに乗せ、何故か手のひらだけこちらに向けてジッと見ている。穏やかな表情だが、その目は相手の心をも見透かすような力を感じた。
やましい事は何もないのに、まるで取り調べでも受けてるようにドギマギとした。

「ちょっと音を聞きたいので、胸を出して下さい」と言われ、Tシャツを肩まで持ち上げた。
聴診器を何度か当てられる。医師は何も言わず難しい顔をしている。“何か良くない事を言われるのかな”と少し緊張した。

「今は苦しくはないのですね…うーん、特に異常は見当たりませんが…」なんかホッとしたような、肩すかしを食らったような気がした。
「ちょっとエコーで心臓の動きを診てみましょう…上だけ脱いでそちらへ…仰向けに寝て下さい…」と診察台を指差される。

「ちょっとヒヤリとしますよ…」
確かに検査用のゼリーは少し冷たく感じた。医師はモニターを振り返りながら画像を記録しているのか、時々カチッ、カチッと操作音がする。

「特に何もないけど…この白い影は何だろうか」…白いものが心臓の脇に写っている。心臓とは違う動きで蠢いているような感じもする。

この機器で血流音とかも聴けるようだ。唐突にモニターから大きな拍動音が聞こえだし、少し驚いた。
心臓が拍動する合間に、何か変な音が聞こえてくる。
くぐもったった声のように…
「ぅぉぅ…ぅぉぅ…ぅおぅ…ぅおう…うおう…ぅぉぅ…ぅぉぅ…」 
大きくなったり、小さくなったりする音(叫び声?)を聞きながら、白いモヤモヤした影を見ていると、頭の中に昨夜の般若面が蘇ってきた。
視野が暗転して気が遠くなり…気を失っていた。

呼びかけられる声で気が付くと、厚手の大きいタオルが体にかけられていた。
事務員さんが診察室に入って来ていて誰かと電話で話している。
「まだ帰れそうにないですか?…先生が早く戻って欲しいと言ってるんです…宿流さんの手が要るって…」
どうやら外出中の看護士さんと連絡を取っているようだ。

目を閉じたまま、「看護士さんもおられたんですね…」と尋ねた。
「ああ、気が付きましたね…」
医師はホッとしたようだ。
電話を終えた事務員さんが後ろから小声で何やら医師に話しかけていた。

「いや、看護士は私をここへ送ってから4-5軒、薬を届けるだけの所に行かせたんですけど…途中で車が故障したらしくて…何にしてもすぐ意識が戻ってくれて良かった…」

上体を起こそうとしたが、クラクラしてまた横になる。
「まだしばらくは動かないで安静にしてて下さい…ところで昨日、具合悪くなった前後に何か普段と違う事はありましたか?」
「いや、変な夢を見て…目の前に般若の面がグルグルと何度も飛んできて…起きると目眩がしてたんです。夢を見てて目を回すなんてことあるんですかね…」
冗談を言ったつもりだったが、医師は厳しい顔のまま何か考え込んでいるようだ。

「いずれにしても詳しく検査する必要があります…ここでは簡単なことしかできませんので、設備の整った病院へ行かれるのがいいでしょう」
「どこがいいでしょう?…」
「うーん、本院なら…ちょっと場所が遠くて交通の便も悪いんですけど…ここは中々通院できない患者さんのために、訪問診察できるよう作った分院みたいなものなんです…ただ本院はちょっと遠いからなぁ…」
「それでもいいなら連絡してみますけど…今送り届ける車もないし…救急車を呼ぶまでのケースでもないし、タクシーを呼びましょうかね…」

医師は受け付けに戻ろうとしていた事務員さんを呼び止める。
「木俣さん、本院に行ってもらうからタクシー手配して…」
「あら、それでしたら私が送って行きましょうか?…もう書類整理も終わりましたし…」
「いや、そうしてもらうと助かるよ…宿流さんはすぐ戻れそうにないし…なんか悪いなあ…埋め合わせに今度また…」
「いえ、久しぶりに姉とも会ってみたいですし…」

医師はこちらに振り返り…
「すぐに紹介状を書くからお待ち下さい…それから電話して連絡もつけておきます…」と言ってくれた。

枕元に来て医師が尋ねる。
「今はどんな具合ですか?…」

「ええ、だいぶ良くなりました…もう大丈夫だと思います」

言われてみると、目眩はいつの間にか収まっている事に気がついた。
血圧が測定されたが問題はなさそうだ。先程はかなり低くなっていたらしい。

ふと見ると、ブラインド越しに外は強い陽射しが降り注いでいるようだった。


次回は「第五話 車中にて」
ご期待下さい。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門















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