ウイスキーをめぐる冒険 episode1 ブッシュミルズ
真っ直ぐな農道を走る車の中で、ノイズ混じりのカーラジオからかすかな音楽が聞こえてきた。
周波数は78.4。今まで何も拾っていなかったラジオは、ある道を境に鳴り出した。
自動で周波数を合わせてくれる機能が付いていない古い車のカーラジオは、いつも同じ78.4に設定されたままだ。
始めは雑音の合間を縫いながら遠くの方で鳴っていた音楽。
なんの曲か分からないまましばらくハンドルを握っていると、急にノイズがなくなり音楽の輪郭がパッと姿を現した。
フロントガラスを真っ直ぐ見つめる私の目は、一瞬大きくなり、思わず「おっ」と小さな吐息まじりの声が漏れました。
聞こえてきた曲は、はっぴいえんどの「風をあつめて」
この曲は、多くのアーティストにもカバーされている名曲中の名曲です。
(はっぴいえんどとは、1969年〜1970年代初頭に活躍した日本の伝説的なバンドです。)
有名な曲なので、ラジオで流れることは決して珍しいことではありません。
しかし、このラジオから流れる「風をあつめて」は、これまで何十回、何百回と聴いてきた曲のはずなのに、とても新鮮で、私の感情を大きく揺さぶりました。
いつも身近にあるはずのものが、家や自分のテリトリー外で不意に出会った時のなんとも言えないうれしさ。胸が熱くなりました。こんな経験ありませんか?
二十代半ばの頃、出張で知らない土地へ行った時のことです。
仕事を終わらせた私は、軽く飲みながら夕飯を食べられるお店を探して街を歩いていました。
しばらく歩いていると、少し奥まったところに、OPENとだけ看板がでている小さなお店をみつけました。
店の情報は何もありません。飲食店であることは確かでした。
私は好奇心から、お店のドアを開けて中へ入りました。
「いらっしゃいませ!」思っていたより元気な声が店内に響き、一瞬ドキっとしたことを覚えています。
カウンター数席と、小さなテーブルが3つほどの狭い店内には、若いカップル、スーツ姿の男性2人、おしゃれな女性2人、年配のダンディーな男性1人が料理とお酒、会話を楽しんでいました。
感じのいい爽やかなマスターが、私を笑顔でカウンターの席に迎えてくれました。
メニューに目を通して、私は簡単なツマミを注文しました。
ウイスキーでも頼もうかと、カウンター越しの並んだウイスキーを眺めていると、瓶と瓶の間に静かに佇むブッシュミルズ10年を見つけたのです。
ブッシュミルズ10年は伝統的なウイスキーですが、置いてるバーやレストランは以外と少なかったりします。
このブッシュミルズ10年を見つけた時の感覚は、まるで、カーラジオから流れてきた「風をあつめて」と出会った時似ていました。
なんだか幸せな気持ちになったことを今でも覚えています。
私に小さな幸せを導いてくれるウイスキー、それがブッシュミルズです。
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